「兄貴、ほんとにいいのぉ〜?」
弟の名は、この世界ではどういう意味や由来があるのか『V』と呼ばれている。そしてその兄は、こちらもまた二つ名のようなものであろう『セバスチャン』という呼び名があった。彼らにとって本当の名前というのは記号のようなもので、無意味であった。
というのも、本名がとにかく平凡でダサイのでこういう血生臭い世界でハクがつくのには『横文字でかっちょいい名前』が欲しかった。理由なんかそんなもんだ。
二人まとめてドロレス兄弟と呼ばれているが、彼らは腹違いの兄弟であり血は繋がっていない。母親が違うせいなのか、こうも顔や風体が似ていないのは――まあ、どちらもムカつく野郎なのは変わりがない、と首藤は座席に鎮座しつつ運転席の二人の頭部を交互に見比べた。
「……まだちょっと時間があるし、いいよ」
「時間とかの問題だけじゃないよー。あいつ、このまま逃げるんじゃない?」
「それはねえよ。まだ報酬も支払ってないのにトンズラしたって意味がねえだろ、好きにさせとけや」
車から降りたその男――先程の黒づくめの用心棒・ジョーの背中を見つめながらVは今一つ納得のいかないように眉間に皺を寄せた。
「え〜……兄貴、何かちょっと甘くなーい? ひょっとしてあのワンちゃんにビビってんの?」
「びびびびびビビってねぇし! ビビってねぇからな!!」
「フーン」
兄セバスチャンの訴えを聞き流し、Vはやや面白くなさそうにその場で一つ伸びをした。あくびを一つかますと、Vは脚を組み替えつつ退屈そうに窓の外を眺めた。
何が起きたのかと言えば、あれからの事。
ジョーは何を思ったのか例のニュースを見てから、自分もその場に向かう等と言い始めた。当然冗談だとは考えにくく、それを笑い飛ばす者などは一人もいなかったがそれをあっさり許可するのは……と、首藤もVも考えていた。が、彼を雇った本人であるセバスチャンはいともスンナリとそれにオッケーを出したのだから驚きである。
「けどさあ、兄貴……あいつ何なの? 素性がよく分からないんだよね」
「どこにも属さない、金さえ積めば何でも引き受けてくれるっていう何でも屋さ。伝説の殺し屋なんて言われてる、元々服役中だったらしいんだがその腕前を聞いた奴らに買収されて今じゃこの世界でああやって生きてる。どだ、お前の好きな三流の漫画やゲームに出てきそうな人物だろ」
「あああああ・兄貴はいつもそうやって漫画やアニメを小馬鹿にするっ! また今バカにしたんだねっ、それ! 言っておくけど日本が海外に誇れる文化なんてアニメ・マンガ・ヘンタイくらいしかないのに、貴重な収入源なのに、日本の未来なのに、そうやってやんややんやと鬼の首取ったみたいに騒ぎ立てるからどんどん規制が厳しくなってくるんだよ!!」
「あーあー、悪かった。悪かったから。続きを話させろ」
面倒くさそうに取り繕うセバスチャンだったが、二人の会話を聞きながら首藤自身も奴――番犬ジョーの存在に興味を示しているようだった。
「奴は自分の事はほとんど話さないし謎に包まれているようだが――、まあ腕さえ立てば問題はない。あとは仕事さえこなしてくれればな。ただし、アイツを雇うのにはちょっとばかりのルールがあった」
「ルール?」
Vが尋ね返す背後で、首藤も眉根を潜めてその続きを待った。セバスチャンがフッと煙草の煙を吐き出すと「ああ」と一つ頷いた。
「女・子どもを殺すような依頼だけは受けない、傷つけるのもNGだそうだ。ついでに子どもを攫うような行為も一切引き受けない、とな」
「ひゅ〜っ、硬派だねぇ。痺れちゃう。……へえー、ソレって何気取ってるのかなぁ? なーんもできない女とガキを犯すような仕事が一番派手で盛り上がって楽しいのに♪」
「お前の意見は聞いてないぞ、V。ま、そういうワケで番犬ジョーの素性は知らん、あっちもこっちについては深くは聞いてこない。そういう奴なんだよ、そしてそういう関係でいいんだ。俺達と、あいつも」
聞き耳を立てながら首藤も、全く興味がないわけではない。それは単なる好奇心によるものなのか、それとも同じ男として何か響くものでもあったのか――。
「でもさぁ、今みたいに子どもを救うって何か笑っちゃうよね。そういうの。カッコつけてるけど結局あいつがいる世界は殺しの場所だし、罪滅ぼしのつもりなのかな?」
「知らん。俺は深く奴と関わる気はねえんだよ、とっととこの仕事が全部片付いたらおさらばするつもりだからな。……しかしV、お前なら結構気に入るかと思ったがそうでもないな? もうアニメやゲームは卒業かい?」
「やだなあ、兄貴。俺がいつの時代も空想ごとに対して求めるのは立派なヒーローなんかじゃなく『純粋な悪役』だぜ。そこに落ちぶれる事になった理由だとか、生い立ちだとか、そういうのはいらないんだよ。よくあるでしょー、ドラマなんか見ててもさぁ最後の最後で大量殺人を行ったヒデー悪役が実はそうなってしまった要因があった! っての。嫌いなんだよね、マジで。ヒールはやっぱり最後まで純粋にヒールでいなくちゃ! 実はいい人でした、なんて後付けはいらないんだよ、あからさまな人気狙いに過ぎない」
「……相変わらずお前の美学はよく分からんなぁ、今に始まった事じゃないが」
熱弁を奮うVとは対照的にセバスチャンの顔はとても落ち着いていて、あまり真剣に相手をするつもりはなさそうであった。
そして、そんな風に自分が噂されている事など当然知らず、番犬ジョーはゾンビ達で溢れ返っているというその小学校目指して足を進め続けていた。
先に報道されていたよう、近づく程にその気配は色濃くなり始めたようだ。血の匂い、火薬の匂いが途端に強くなり、ジョーはまず向かってきたゾンビの腕を払うと、距離を詰めて後頭部を鷲掴みにした。片手のカランビットナイフを滑らせて、首筋を深く切り付けた。一体目を捌くと続けざま襲ってくるゾンビも、足元を蹴って転ばせると脳天めがけてナイフを振り下ろした。
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