「うっ……嘘でしょぉ……!」
愕然とするかれんだったが、その間にも夢々は足元のツタをボウガンの矢で力ずくで毟り取る。音速で近づくや否や、夢々はボウガンの矢を腰だめに構えて、しかも心臓めがけて突き刺そうとする。そして慌ててかれんが日傘で応戦する――一般的に刃物というものは切りつけるよりも刺す事の方が殺傷力が上がるというが。
つまり、夢々は殺意ビンビンなのだろう。かれんに対して。
「っ、きゃあああ! ちょっと、何、何よこの野蛮人はぁ〜ッ! キィイー、何やってるのよ、可愛いリトル・ショップ・オブ・ホラーズ達、枯れてる場合じゃないわよ! さっさとこの女を潰しなさいいぃいッ」
「お・あ・に・く・さ・まッ! その変な魔法は通用しないんだからね、最後に勝つのは可愛い正義の魔法少女・シャリダン=レ=ロザリータ=ムムよ! 死ね、このクソアマッ! つーか悪しきはさっさと滅べよってこったオラァアッ!」
互いに一歩も退けぬ、ぎりぎりの鍔迫り合いだ。
夢々には何か、剣道の経験でもあるのではないかと思わせるくらいの、間合いの取り方、踏み込み方でかれんを圧倒する。隙が無いその攻め方からいって、有段者といってもおかしくはなさそうだ。何とかその刃物による猛攻を、かれんは日傘で必死こいて受け止めている。
「――林檎っ」
林檎の母親の叫び声がしたので、ぼんやりと夢々を見守っていた湊が振り返った。母親に抱き締められる形で、林檎がまるで魂でも抜けているみたいに放心しているのが見えた。
「林檎、貴女は悪くないのよ。お願いだから、自分を責めないで」
「あ、あ、あたし……あたし、は」
愕然とし震えている娘の身体を抱きとめながら、母親は何度も何度も彼女を慰めているようだった。
「あ、あの、大丈夫……!?」
熾烈な攻防戦を繰り広げる夢々はまあ大丈夫だろうとして、湊は林檎の元へと駆け寄った。母親の顔は何だか尋常ではないように見えた。
「あのぅ――」
「林檎、お願いだから母さんを見て!」
そのただ事では済まされぬ、鬼気迫る母親の様子に湊が声をかけるのも忘れ息を飲む。林檎を見れば、林檎も林檎で顔面蒼白なまま虚ろな目をしている。
「の、野々宮……」
なすすべもなく見守っていると、一際高い悲鳴が響いてきた。
「……きゃあぁああ! 蛮行よ、悪逆非道よぉおお! け、警察を呼んで頂戴〜! ひやぁあああ!」
「うるっさい、黙りやがれこのボケ女!……くらいな、正義の鉄拳制裁! テメーなんかにMP消費すんのがもったいねえんだよ鉄拳ッ!!」
お約束に長い必殺技名を叫びながら、夢々は握り拳を容赦なくかれんの顔面めがけて叩きつけるではないか。頬をバチコーンとぶん殴られたかれんが勢い良く後ろに飛んだ。その派手なドレスでは動きにくいのだろう、受身さえ取れずにすっ転ばされてしまう。
「ひゃぐうぅっ!」
「……さぁって、まずは一発目よ……お次は――」
両手の間接をバキバキと鳴らしながら夢々は赤々と燃える炎をバックに迫り行く。ぶん殴られた頬を押さえながら、かれんが涙ながらに絶叫した。
「ひぁあああ!? アンタ今情け容赦もなくお、女の命の顔を殴ったわねぇ!? ドン引きよもう! 女相手に顔面とか! 酷い、酷すぎる……それでも人間のやる事なの!?」
「やっかましいのよ! 人間捨てたアンタに言われたってなーんの情も動きやしないわよ、次はどーんなおしおき魔法を食らってみる?」
夢々の全身からあらゆる武術を極めた者のみ立ち昇る、闘気のようなオーラが燃え上がっているように見えた。鼻血をだばだばと流しながら、かれんは日傘でしっしと彼女を追いやろうとするがあまり意味はないらしい。
「ひ、ひぃい……っ、そ、それ以上やると背後にある、ちょー怖いイルゼ様が黙っちゃいない……」
「知るかこのクソおんどれが!」
腰の入ったフックが、抉るようにかれんのこめかみを撃ち抜いた。もはや魔法などとは関係が無い、只の暴力だ。容赦の無い一撃が叩き込まれ、かれんはその意識を手放しかける。
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