「で、次のシナリオは考えたの?」
「…淳さ、興味なさげな顔して実は気になってるだーね?」
「暇つぶしには丁度いいやと思ってさ」
「ひどいだーね、俺は本気なのに!」

最初のシナリオが半分くらい本当になった次の日、淳がまたもや昼休みにその話を持ち出してきた。
どうでもよさそうな反応だったのに、その割には話題にしてきたから気になってるのか、と聞けば涼しい顔でチクリと刺される。
同じクラスで同じ部活、ダブルス組んでておまけに寮の部屋まで一緒なのに、まだまだこいつの性格は掴めそうもない。

「クスクス、ごめんってば。で、どうなの?」
「うーん、そうだな〜…」

腕組みして、今まで読んだ漫画や観たドラマで得た知識をフル動員して考える。
しかし結局行き着いたのはやっぱりベタ中のベタ、キングオブベタと言ってもいいようなシナリオだった。

「こんなのはどうだーね?落し物の手帳を拾ったら自分の写真が挟んであって、この持ち主俺のこと好きなの!?みたいな」
「また昔の漫画みたいな内容だなあ。クスクス、柳沢って頭の中が古いんだね」
「…王道と言ってほしいだーね」

使い古されたネタなのは否定できないけど、なにもそこまで言わなくても。またもや降ってきた辛辣な言葉に、俺って実は淳に嫌われてるだーね…?という考えすら浮かんでくる。

そんなネガティブな思考に肩を落としてため息をついていると、廊下の隅にポツンと何かが落ちているのが目に入った。なんだアレ。

「柳沢、どうかした?」
「いや、あそこになんか落ちてるだーね」

2、3メートル先に落ちている何かに駆け寄って拾いあげると、なんてことはない、それは見慣れた茶色い革張りの生徒手帳だった。
いや、なんてことなくはない。今の俺にとってはなんてことなくなんかないんだ、この落し物は!

だって昨日の昼に引き続き、また考えてたのと同じシナリオが!現実に!起きている!!だーねっ!!!

「淳、おい淳!これ見るだーね、生徒手帳だーね!!」
「ああ本当だーよかったじゃないか柳沢」
「なんだーね、その全然よくなさそうな棒読み!またシナリオが現実になってるんだぞ、ちょっとは反応示すだーね」
「いや、確かに手帳が落ちてたのはシナリオ通りだけどさ。中に柳沢の写真がなかったら意味ないよね」
「…はっ!盲点だーね!!」
「クスクス、自分で気付きなよ」

淳の言うとおり、手帳だけ拾ったって中に俺の写真が挟まってなければシナリオは崩壊だ。
まあそんな偶然あるわけないよな、と思いながらもちょっとだけ期待して生徒手帳を開いてみる。

するとちょうど開いたページから、一枚の写真がひらりと床へ落ちていった。

「あ、本当に写真が出てきた」
「何が写ってただーね!?俺にも早く見せるだーね!!」
「うーん、まあ…シナリオ通り、と言えなくもないな。見てみなよ」

俺よりも先に素早く拾い上げた淳から写真を受け取ると、そこには俺と淳、その他にもジャージ姿の数人の男女が写されていた。
全員見慣れた顔のクラスメイト達で、頭や手首にお揃いのハチマキを巻いて笑顔でポーズを決めている。

確かにシナリオ通りと言えなくもないけれど。俺もちゃんと写ってはいるけれど。

「人数多過ぎだーね!」
「球技大会の写真だね。うーん、これじゃ誰が目当てかわからないな」
「くっそー、なんて紛らわしい写真なんだーね」
「だけどさ、そもそもこの手帳の持ち主って女子なの?男子の可能性だってあるだろ」
「…はっ!盲点だーね!!」
「クスクス、さっきからそればっかりだなぁ」

そういえば勝手に女子だと決めつけてかかっていたけれど、もしかしたら男子ってこともあり得るよな。
一緒に写ってる女子の誰かを好きで、それでこの写真を入れていたのかもしれないし。

頼むから女子であってくれ!そして俺のことを好きであってくれ!!

そう祈るような気持ちで持ち主を確認しようとしていたら、あっ!あったー!!、という声が後ろから聞こえてきた。
あった、ってのはもしかしてこの生徒手帳のことだーね?そして聞こえた声の高さからして、これは確実に女子だーね!!

「探し物はこれだーね?」
「そう、それそれ!ありがとう!!」
「…えっ、またお前だーね?」
「あれ、柳沢だ!なんか昨日から縁があるね?」

いつもより3割増しのいい声とキメ顔で生徒手帳を差し出しながら振り返ると、そこにいたのは昨日に引き続きミョウジだった。またお前か!

「よかったー、今日中に見つからなかったら再発行しようと思ってたんだ」
「そうか、お役に立ててよかっただーね」
「ありがとね、柳沢。…だから早く返して?」
「お、おう!今返すだーね!!」

しかし今更だけど、いくら拾ったからとは言っても写真を勝手に見たのはまずかったんじゃないだろうか。
もし本当にこの中の誰かが好きなんだとしたら、やっぱりこれは見られたくなかったんじゃないだろうか。

写真は元のページに戻す暇もなく、後ろ手に隠した右手に持ったままだ。

「柳沢、ちょっとそれ貸して」
「え?あ、ちょ、淳!待つだーね!!」

どうしたもんかな、と言い訳を考えていると隣にいる淳の手が写真を奪って行った。
そして写真をミョウジにも見えるように顔の前に掲げ、にやりと笑う。

それを見たミョウジはというと、明らかにその表情に動揺を滲ませている。

「あっ、その写真!…二人とも、見ちゃった?」
「うん、勝手にごめんね。謝りついでに聞くけどさ、この写真に気になる奴でも写ってるの?」
「え!?えーっと…」
「淳、直球すぎるだーね!悪いミョウジ、答えなくていいからな!?」

淳のどストレートな質問に口ごもるミョウジの顔が、少しだけピンクに色付いていく。その反応ってもしかして、本当に好きな奴が写ってるってこと…だーね?そんな反応されたら余計に気になる。でも聞けない、聞けるわけがない。

恥じらうように俯いてしまったミョウジを見てソワソワしていると、淳がまさかの追い打ち発言を繰り出した。

「クスクス、やっぱりいるんだ。ねえ、それって誰?」

なんでこいつはこう、普通なら聞きにくいことをサラッと口に出せるんだ。しかも普段と変わらないクスクス笑いだし、尊敬の念すら抱きそう…って今はそんなこと考えてる場合じゃないだーね!

「ミョウジ、その、淳がごめんな?忘れてくれていいだーね」
「ち、違うの!その、柳沢がね…あの、えっと…」
「え、お、俺?俺がどうしたんだーね!?」

思いがけず出てきた俺の名前に、どくん、と心臓が跳ね上がる。
もしかして、いやこの反応はもしかしなくても…好きな奴ってのは俺のことだーね!?

何も言わずに向かい合っていると、淳がミョウジに写真を差し出した。
「ミョウジさん、ちゃんと自分の気持ち言った方がいいよ」、という珍しくまともな発言付きだ。
その言葉に背中を押されたのか、ミョウジは顔を上げて俺の目をまっすぐに見つめてきた。

これは…いよいよ来るだーね。人生で初めての告白されちゃう空気だーね。

ソワソワと落ちつかない気持ちで告白の言葉を待っていた、が。出てきたのは好きだとかそんな甘い言葉ではなく、何故かバカみたいに大笑いする声だった。

「あはははは!きっ、木更津くんやめて…その写真見ると笑っちゃ…あはははは!!」
「クスクス、気持ちわかるよミョウジさん。この写真の柳沢、変顔のクオリティが高すぎるよね」
「そう、そうなの!もう私、気になって気になって…なかなかできないよね、こんな顔!」
「ちょ、ちょっとその写真よく見せるだーねっ」

写真を見ながらゲラゲラと笑い転げるミョウジと、いつもより多めにクスクス笑う淳。ミョウジの手に渡った写真をひったくって、さっきはよく見なかった自分の顔を凝視してみる。

確かにこれは…ひどいだーね。

そういえばこの写真を撮る時、鼻がムズムズするのを我慢してたんだっけ。写真の中の俺は、今からクシャミします!的な見事なまでの変顔だった。

気になる奴ってそういう意味かよ!だーねっ!!

「あの、ごめんね柳沢。落ち込んだ時とかその写真見ると面白くて元気出るから、それでいつも持ってて…あははっ」
「笑うか謝るか、どっちかにして欲しいだーね…」

告白されるかもしれない、と勘違いしていただけにダメージは大きい。写真と手帳をミョウジの手に押し付けると、まだ笑ってる淳を置き去りにして教室へと歩き出した。

俺の恋は一体いつ始まるんだーね、始まる気配がまるで感じられないだーね。

そう考えて溜め息を吐いていると、後ろから腕を掴まれた。振り返ると、淳と笑い転げていたはずのミョウジが申し訳なさそうな顔で立っている。

「…なんだーね?」
「いや、拾ってくれたのにお礼の一割渡してないなぁ、と思って」
「生徒手帳の一割って…ページ破って寄越されても迷惑だーね」
「うん、だからこれあげる!」

昨日もらった分のお礼と笑っちゃったお詫びも込みでね、と手のひらに乗せられたキャラメルが五つ。俺があげたキャラメルのイチゴ味バージョンだ。

「昨日柳沢にもらったのがおいしくてさ、他の味買ってみたんだ」
「イチゴ味なんてあったのか。知らなかっただーね」
「新発売なんだって。おいしいから食べてみて!」

そう言ってミョウジは小さく手を振ると、待っていた友達のところへ駆けて行った。手のひらのキャラメルとミョウジの後ろ姿を交互に見つめて、笑った顔結構可愛いな、なんて思う。

「で、今日はどうなの?恋は始まりそうなの」
「始まるわけがないだーね!写真見て笑ってたんだぞ!?」

そうだーね、笑顔が可愛いだけじゃだめに決まってる。
だけどほぼシナリオ通りに進んでるのに、なかなか恋は始まらない。

俺の恋は一体どこから始まるんだーね?

ミョウジにもらったキャラメルを一つ口に放り込んでみると、甘いあまーい味の中にイチゴの酸味が感じられる。恋の味もこんな風だろうか、確かめる方法はまだまだわからない。




((2013.10.25))

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