シナリオ通り、必ず勝利を手にしてご覧にいれますよ。


その言葉と微笑みを信じて、観月先輩からの勝利報告を待っていた土曜日。…だけど連絡はなかった。それどころか日曜日になっても休み明けの月曜日になっても、電話どころかメールすら入ってこない。

もやもやした気持ちを抱えて登校し、観月先輩のことばかり考えながら授業を受けていたら上の空なのを見抜かれたのか、午前の授業は毎回難しい問題ばかりあてられてしまった。

「なあ、お前なんか今日変じゃねえ?」

昼休みもいつもなら友達とおしゃべりに夢中だけど、今日はとてもそんな気分になれそうもない。女子の輪から抜け出してぼんやりと携帯を眺めていると、斜め前の席の不二くんがこちらを振り返って訝しげな表情を浮かべている。

「そうかなぁ?」
「いつも以上にぼけっとしてるっつーかさ」
「…それじゃ私がいつもぼーっとしてる間抜けな人みたいじゃない」
「その通りだろ、今日だって数学であてられてアホみてえな声出してたし」
「それはお願いだから忘れてください!」

目を細めて笑う不二くんを見てふと気付く、そうだよ不二くんに聞けばいいんじゃない!

同じテニス部の補強組だし、たまに部活のことが話題になったりもする。試合の結果とか観月先輩の様子とか、聞いても不自然なことはないよね。

「ね、ねぇ不二くん!そうえいばさ、土曜日って都大会の準々決勝だったんでしょ?」
「ああ、青学って知ってるか?」
「確か…不二くんが前に通ってたところだっけ」

声が上擦らないように、そういえばちょっと小耳に挟んだんだけど、みたいな気軽さで切り出してみた。今までテニス部のことなんて気にもかけなかったのに、いきなりこんなこと聞くのはおかしいかな?なんて思ったけど不二くんは気にしてないみたいだ。

「そうそう。俺の兄貴がいて、あと手塚さんっていう全国区の選手と、それから1年のルーキーがすっげぇんだせ!」
「そ、そうなんだ!」

テニスの話となると、不二くんの瞳がキラキラと輝きだした。本当に好きなんだなあ、テニス。
そういえば観月先輩がテニスの話をしているとき、こんな表情を見せてくれたことはあったかな。なんだかいつも難しい顔してブツブツ言ってた気がする。

「でさ、そのルーキーのショットがさ…ってオイ!自分で話振っといて聞いてんのか?」
「あっごめん!それでその、結果はどうだったのかなー…なんて」
「…負けたよ」
「えっ」
「負けたんだよ!部長と金田のダブルスは勝ったけど、柳沢先輩と木更津先輩のダブルスは棄権負け!俺もダメだったし…そんで観月さんは、兄貴に負けた」
「…観月先輩も?」
「ああ。でも1週間後には5位決定戦があるし、それに勝てば関東大会に行けるんだ。観月さんも急いでデータ収集してるとこだぜ」

だからまだ終わりじゃない。

そう言った不二くんの表情は強い意志と決意に溢れていて、何が何でも勝つんだ、そんな思いが伝わってくる。
1週間後に試合ということは、観月先輩は不二くんの言うとおりデータ収集に明け暮れていて、連絡がないのはきっとそのせいだ。

観月先輩、頑張ってるんだ。今度こそシナリオを本当にするために、きっとひとりで頑張ってる。

大丈夫かな、疲れてないかな。試合に負けた悔しさとか、次の試合への熱意とか、色んな感情を溜めこんで心がぐちゃぐちゃになってないかな。

だってあの人は、誰にも弱いところを見せられないから。

「…無理、しないで」
「えっ?あぁうん、サンキュな」
「えっ?不二くんに言ったんじゃないよ」
「はあ?今俺と喋ってたろ。お前まじで変だぞ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫」

ごめんね不二くん、違うの。今のは観月先輩に言ったの。

観月先輩、無理しないでください。一人で頑張りすぎないでください。
電話をくれたらいつだって話を聞きに飛んでいくのに。でも私はナナシさんだから、自分から何かを言うことはできない。


先輩、みづきせんぱい。


その時私は、自分で作った"ナナシさん"という制約を、はじめて煩わしいと思った。







((2013.4.11 / 2015.01.26修正))

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