※リクエストを頂いて書いたお話です。内容は短編置き場にあるものと同じですが、こちらにも載せておきます。



「ふ、不二くん…私、私…どうしよう!どうしたらいいかなあ!?」
「おう!?ど、どした?宿題でも忘れたか?」
「あの、あのね…ああもう、どうしよう私のバカ!!」
「ちょ、落ち着けってミョウジ!」

朝練を終えて一息つく暇もなく教室へ向かうと、そこには練習よりも疲れる出来事が待ち受けていた。

いつもなら、おはよう不二くん!と明るく声を掛けてくるはずのミョウジが、真っ青な顔で話しかけてきたのだ。…すげえ関わりたくない。だってこいつがこんな顔で俺のとこに来るなんて、絶対観月さん絡みに決まってる。

観月さんとミョウジのお茶会に思いがけずお呼ばれしてから、そろそろ一月が経つ。あれからミョウジは部活中の観月さんの様子を聞いてきたり、初デートの服はどんなのがいいか、なんて相談をしてきたり…まあバレてしまった手前もあるのか、色々と開けっぴろげになっていた。

そういうのは女子の友達に聞けよ、と言ったことはあったけれど、だって不二くんのが観月先輩のことよく知ってるでしょう?、と返されてしまったのだ。そしてそれはその通りだから、面倒だなあと思いつつも相談役を続けてきたんだけれど。

こんな深刻な顔して相談に来たことはなかったぞ、一体なにがあったんだ。

「ちょっとこっち来い、まだ先生来ないだろ」
「う、うん…ごめん不二くん…」

まるで理由を話そうとしないところを見ると、多分他の奴らには聞かれたくない話なんだろう。どうして私はあんなことを…!と頭を抱えるミョウジの腕を掴んで、興味津々でこっちを見ているクラスメイトばかりの教室を抜け出した。

「で?どうせ観月さん絡みなんだろ、どうしたんだよ」
「…ええと…それは…ごめん、言えない…」
「はあ!?なんだよ、言えないって!」

人気のない廊下の端っこで、壁を背にして座りこむ。藤村もそれに倣って腰を下ろしたものの、話を切り出せば言えない、ときたもんだ。理由は言えないけどどうしよう、ってお前、俺はエスパーじゃないんだぞ。

「そ、そうだよね。理由がわからなくちゃ相談にも乗れないよね」
「当たり前だろ、早く言わねえと教室戻るぞ。いい加減先生来るし」
「う、うん…あのね……」
「おう」
「…や、やっぱり駄目!不二くんにこんな恥ずかしいこと言えないよ!!」
「あーもう、何なんだよお前!!」

結局、ミョウジは膝を抱えて丸くなってしまった。もう放っておいて教室に戻ろうか、いや、でもなあ…この状態のミョウジ一人を残して行ってしまったら、なんか俺が悪者みたいに見えるじゃないか。ああもう、やっぱり関わらない方がよかったか。

なんで朝からこんな目に遭ってるんだろう、と自分の運の悪さを呪っていると、ようやくミョウジが顔を上げた。

「…不二くん、恥ずかしいけど我慢して言うからちゃんと聞いてね」
「もうわかったから早くしろよ」
「あのね、観月先輩に…キス、されそうになった。…で、びっくりして逃げちゃった」
「…は?…え、えええ!!?」
「い、嫌だったわけじゃないんだよ!?むしろ嬉しいっていうか、でもびっくりしたし恥ずかしくて逃げちゃったの!どうしよう嫌われたかなあ、ねえどうしよう不二くん!!」

いや、どうしようって…そんなこと聞かされた俺の方がどうしようなんだけど。だって観月さんとミョウジがキス、って…相談されるのはまあ、いいとしよう。だけどそんな生々しい話をされても困る、色々想像しちまうだろうが!大体俺にそんな話をされてもなあ…こっちだって、そんなの未経験なんだし。

「…嫌われちゃったかなあ、私」

ついつい二人のそんなシーンを想像して頭を抱えていると、ミョウジは今にも泣きだしそうな表情でそう呟いた。さっきまで騒がしかったのが嘘みたいに、沈んだ表情になっている。アドバイスはできないけど、なにか元気づけるようなことくらいは言ってやった方がいいだろうか。

「大丈夫だろ、ちゃんと理由話して謝ればさ。そんなことで人を嫌ったりしねえよ、観月さんは」
「うん…そうだよね、ちゃんとすれば大丈夫だよね。ありがとう不二くん!」

そう言って笑うミョウジは、いつもの明るさを取り戻していた。…こいつが元に戻ったのはいいんだけど、俺は大丈夫だろうか。あんな話を聞いてしまって、観月さんにいつも通りにできるだろうか。

まだ朝のHRも始まってないというのに、放課後のことを考えると…気が重い。めちゃくちゃ重い。それはもう、まるで大きな石が背中に乗っているかのように。






そしてミョウジから衝撃の事実を聞かされたその後には、どんなに嫌でも部活の時間がやって来る。幸いにも今日は合同練習だ、スクールでの練習よりは観月さんと関わる時間が少なくて済むのは不幸中の幸いだろう。実際に練習中は二言三言、言葉を交わしただけで済んでいた。

このまま行けば何事もなく一日が終わるな、練習が終わって着替えを始めるまではそう思っていた。そう、ついさっきまでは。

「裕太くん、ちょっといいですか?」
「え、あ、はい…」

何故か今日に限って用事があるだの、校舎に忘れ物しただので早々と帰っていく部員たち。いつもはダラダラとバカ話をして残っている柳沢先輩や木更津先輩も、いつの間にか姿を消していた。

これはまずい、俺も早く着替えないと。そう思って急いでワイシャツに袖を通したところで、いつも通りデータ整理に精を出している観月さんに話しかけられてしまった。しかもその声には、なにやら深刻な響きが含まれている。…きっと、あの話だ。

「あの、ミョウジさんのこと、なんですが…」
「あー、っと…はい」
「僕のこと、なにか言ってませんでしたか?」
「まあ、色々と聞きはしましたけど…」
「な、色々って…全部喋ったんですか、彼女!?」
「えっ、いや、全部かどうかは…でもまあ、多分、大体のことは」
「…そう、ですか」

キスがどうとか、そんなことまで暴露されてるとは思わなかったんだろうな。少しだけ耳を赤くして、それきり黙ってしまった観月さんはまたノートパソコンの画面に目を走らせている。…だけどさっきまで軽やかにキーボードを叩いていた両手は止まったままだ。

よし、今のうちに帰ろう。このままここにいたら、更に巻き込まれてしまう気がする。急いでボタンを留めて適当にネクタイを結び、さあ帰るぞ、とバックを肩に掛ける。

「裕太くん」
「…はい」

しかし無情にも、またもや観月さんの口は開かれた。返事をしないわけにもいかないから、諦めて仕方なくそれに応じる。すると観月さんは、今まで聞いたことないような弱々しい声音でこう言った。嫌われてしまったんでしょうか、と。

「えっ」
「その、昨日色々あってから、電話も繋がらないしメールしても返事がないしで…嫌われてしまったのかな、と」
「いや…それは…ないと思いますけどね」

驚いた。

いつだって自信満々に背筋を伸ばして立っているこの人が、ミョウジのことになるとこんなにも弱気になるのか。あいつをきっかけに、観月さんの色んな一面が見えてくる。

赤くなったり落ち込んだり、誰にも見せない表情をあいつにだけは見せてるんだろう。この間も思ったけどさ、すげえなミョウジ、お前どんだけ観月さんに惚れられてるんだよ。

「大丈夫ですよ、だってあいつも同じこと言ってましたよ。嫌われちゃったかもしれないどうしようー、って」
「それ、本当ですか?」
「はい、朝一番に聞かされて…ちゃんと話せば大丈夫だって言っておきました」
「そうでしたか…それは、ありがとうございます」

そう言って笑う観月さんは、心から安心したといった様子だ。そりゃあそうだよな、キスしようとしたら逃げられた上に、電話もメールもなしじゃなあ…。ん?これってミョウジがさっさと謝れば済む話なんじゃないか?

そこまで思い至ったところで、部室のドアが音を立てて勢い良く開かれた。そこからひょっこり顔をのぞかせたのは柳沢先輩と木更津先輩、部内で一番やかましい二人だった。

「あっ、観月発見だーね!」
「あれ、裕太もまだいたの?」
「はあ、まあ…先輩たちこそ、帰ったんじゃなかったんすか?」
「ああ、そうそう。観月に用事があってね」
「僕に?」

クスクス笑う木更津先輩と、ニタニタと嫌な笑みを浮かべる柳沢先輩。悪い予感しかしない、と言う言葉がぴったりだ。そしてその悪い予感は、やっぱり当たってしまったらしい。柳沢先輩の口から、校門のところで可愛い彼女が待ってるだーね!、という言葉が飛び出したのだ。

「え、ミョウジさんが?…というか、どうして君たちが知ってるんだ!?まさか裕太くん…」
「いやいやいや、俺がバラしたとかじゃないっすよ!?」
「うん、前に見ちゃったんだよね、二人で会ってるの」
「観月も隅に置けないだーね。ほらほら、待ってるんだから早く行ってやるだーね!」
「謝りたいって言ってたけどケンカでもしたの?クスクス、だめだよ観月、女の子には優しくしなくちゃね」

ああもう、この人たちはどうしてこう引っ掻き回すのが好きなんだ。観月さんはさっきまでの笑顔から一転、苛立ちを露わにした顔で部室を出て行った。後で覚えていなさい、そんな言葉を残して。

「ちょっと二人とも、あんまりからかったらダメですって」
「クスクス、だってねえ、あの観月に彼女だよ?…すっごく面白いや」
「これ以上のネタはないだーね、特ダネだーね!!」
「ねえ?明日から楽しみだね、色々とさ」

勝手に盛り上がる先輩たちをよそに、観月さんとミョウジはどうなっただろうか、と考える。上手く仲直りできてるといいんだけれど。

…そして翌朝の教室で、これからも色々相談に乗ってね不二くん!、というこの上なく面倒な頼まれごとが待っているのは、また別の話だったりする。

あれ、なんかもう俺、今後も巻き込まれるの確定じゃね?…もう勝手にやってくれ。





((2013.7.20 / 2015.01.27修正))

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