※童話「シンデレラ」のパロディです






いつかの時代、どこかの世界の話。



今日も起きれば地獄が始まる。

「シンデレラ、早く掃除しろ!」

「シンデレラー、水くんできて。いますぐに」

「遅い!何故そんなに遅いのだ!!!」

「仕事増やすよ?」

意地悪な義姉と義兄にこき使われ一日を過ごす。与えられたのは寝室として汚い屋根裏、一枚のパンと灰の中に投げ入れられた豆。ただそれだけ。
灰から豆を拾う姿から軽蔑の意を込めシンデレラ――灰を被った娘――と呼ばれる始末。本当の俺の名前"風丸"とは呼ばれない。
寝る時間も少なく、疲れは消えない。それでも起きればまた同じ苦痛の日々を繰り返す。逆らえば鞭で叩かれるか、ただでさえ少ない食事を抜かれるか仕事が厳しくなるかのどちらかだ。
この家に来て二年は過ぎる。いつまでこんな生活が続くのだろうか…永遠に続きそうで、死にたくなる。

「私達をなんだと思っているのだ、シンデレラ」

「申し訳ありません」

「まぁまぁ、ウルビダ。そんな傷付けないでよ?これでも一応円堂君の頼みなんだから」

「グラン、その円堂がいない今、こいつをどのように扱おうと勝手だろう。別に死んでも構わん」

「円堂君が帰ってきた時のためにも、適当に生かしておいたほうが良くない?」

「やつはどうせ帰ってこない。シンデレラよ、恨むならお前を私達に預けた円堂を恨むのだな」

そう、俺はこの家に唯一の家族であった円堂に預けられた。
生活が苦しい今は一緒に暮らせないから、ここでお世話になって待っていてくれ、と。
しかし円堂は稼ぎに行ってから行方不明だと言う。この地域には狼も多いから何があるか分からない。
この家のグランは円堂と仲が良かった。だから俺を預ける願いを快く引き受けた。円堂はグラン一家を信用していた。
しかし実際は、俺の事が邪魔でしょうがないらしい。無理もない。グランは円堂が病弱だった俺を気遣い仕事に出た事、つまり俺のために頑張っていたのが気にくわないようだ。
ウルビダも俺を快く思っていない。邪魔者でしかないらしい。だからといって俺を奴隷のように扱っていいというのはどうだろうか。
俺は円堂が大好きだ。俺のために考えて、悩んだすえにこの家に頭を下げたのだから。
でもそんな円堂の信用を裏切るかのように俺を苦しめ楽しむ二人。
俺は本気でこの二人が憎い。
いつか殺してやると誓った。




今日は国の王子の嫁を決める舞踏会があるらしい。二人ともはりきっている。

「…グラン、何故お前も女のドレスを着て参加するのだ」

「そりゃ、少しでもこの家の誰かが王子と結婚する確率を上げた方が良いだろ?本命は円堂君だけどぉ」

「そうではあるが、おかしいだろ。まあ問題ない、私も自信はある」

二人とも家柄のため、地位のため、金目当てのようだ。噂に聞くと王子は冷酷で何も興味を示さないらしい。確かにある意味狙うにはいい獲物だろう。
まぁ、そんなもの俺には興味無いし、関係無い。
これはチャンスなのだ。二人が舞踏会に行くとき、家には俺一人になる。つまり唯一の仕返のチャンス。家や畑に火をつけてやろうと思う。そういうことで夜になるのが楽しみだった。

「じゃあシンデレラ、畑のかぼちゃ全部収穫しといてね」

「出来なかったらただじゃおかないからな、覚悟しておけ」

夜、二人は馬車に乗り、城へ向かった。




一応畑に行ってみる。
とても広く、いくら時間があっても一人で収穫できるものではない。それを分かって命令するのだ、あの二人は。むかつく奴らだ。

「くそっ!」

いらついてひとつのかぼちゃを蹴とばす。少し割れた。
もしも二人が家に帰ってきたとき、ここ1面が焼け野原になっているのを見たときどう思うだろうか。立派な家、大切な物、住む場所を失えば絶望し、立ちすくむだろう。その表情はさぞ滑稽だろう。考えると口元が緩んだ。
さて、小屋で火をおこすか。小屋に行こうと畑に背を向けたとき、声が聞こえた。

「おーい、助けてくださーい」

しっかりとした男性の声、振り返っても誰もいない。
声は下から聞こえる。
足下を見て驚いた。先程蹴ったかぼちゃの割れ目から手が出ているのだ。

「ひぃ?!」

気味が悪いが何かと気になったのでしゃがんで見てみる。

「そこにいるんでしょう?なんでもいいから引っ張ってください!」

手はバタバタと動く。とてつもなく気持悪い。
しかし放っておく訳にもいかないと良心が呼び掛けるので俺は恐る恐る自分の手より大きめの手をつかんで、立ち上がりながら勢いよく引っ張ってみた。
ズボズボと土から抜けるようにそれは全部出てきた。

「ふぅ、助かりました。ありがとうございます」

それ、はしっかりと地面に立つ。どう見てもかぼちゃより、俺より大きい、黒い服を着た成人男性だ。どうやって出てきたんだ。それ以前にどうやって入っていたんだ。

「…誰ですか?」

一応聞いてみる。とにかく怪しすぎる。

「私の名は研崎竜一。妖精です」

胸に片手をあて深くお辞儀をする男性を見て、とても妖精には見えない…と言いかけた。

「今妖精には見えないとお思いになったでしょう?妖精でなかったらどうやってかぼちゃから出れるでしょうか?」

…妙に説得力があるな。

「さて、本題に入りましょう。私は強い負のエネルギーを感じてここに参りました。貴方、よっぽど強い恨みをお持ちで?」

初対面に本心を言い当てられ、ドキリとした。

「そうです。俺はこれからここに火をつけるつもりです。だから早くどこかに行ってもらえませんか」

さっさと計画を実行したくてしょうがなかった。早く仕返をしたい。

「ふむ、なるほど。ですが燃やすよりも相手をもっと残虐に苦しめる方法を、この私が教えてあげましょうか?」

にやりと笑う妖精。

「ほ、本当か…?!」

話に食い付いてしまった。自分に与えられた苦しみを、何倍にもして返したいと思っていたから。

「ええ、もちろん。貴方に復讐する力を授けましょう。ただし、私の言うことを聞くんですよ?」

「わかりました」

俺は躊躇せず答えた。何をすれば良いんだろうか。難しい事じゃなければいいが。

「では、これをつけてください」

妖精は小さなネックレスを取り出した。先には怪しく紫に光る石がついている。
俺はその光に惹かれるように石を手にとった。そしてそれを眺めてから首につけた。不気味に、綺麗な石が俺の胸で光る。

「その石は本人の思いの強さに比例して力を発揮します。例えば、」

妖精は側にあったバケツに入っている井戸の汲み水を持っていた透明な子瓶にいれた。それを俺の手に握らせる。

「ゆっくり、手を開いてください」

言われた通りにし、子瓶を見てみる。
透明な、ただの汲み水だったそれは、禍々しい紫の液体になっていた。

「…!」

「それは、この石の力で貴方の願望を映した物です。毒薬ですよ、それもとても強力な。すぐには殺さずに細胞をひとつずつ潰して、長時間苦しめてからじわじわと殺していく毒です。助けてくれ、苦しい、と叫びながら死んでいくのですよ」

「毒…」

「それが貴方の真の願望です。たとえ火をつけても本人たちが生きていては意味がないのでは?」

ああ、そうだった。俺は奴らを殺さなくては。家を焼くなど生ぬるい。俺の心は二人の断末魔の叫びを聞かなくては晴れないのだ。

「そうです、恨みを呼び覚ましなさい。これを舞踏会で二人に盛り、華やかな天国から恐怖の地獄へと突き落としてやりなさい」

なかなか良い話だ。俺の心は決まった。しかしどうやって舞踏会に忍び込むのだろう。舞踏会にふさわしい服など持ち合わせていない。

「おや、心配は不要ですよ?石の力を使うのです」

妖精が俺の首にさがる石に手を伸ばして、何かを呟いた。呪文だろうか。
すると石は強い光を放った。

「っ?!」

眩い光に目を閉じた。



しばらくして光が消えたようなので、瞼を開けた。
すると、

「なっ?!!!」

驚愕した。自分の服がみずぼらしい灰色の破れた服が、純白で立派なドレスに変わっていた。
結んでいた髪はほどけている。
唖然としていると妖精は楽しそうに拍手する。

「流石私の見込んだ通り、君には純白が似合いますね、とても美しい。これで問題なく舞踏会に忍び込めますよ」

「…何故ドレス?」

わざわざ女の格好じゃなくても良いと思うのだが。

「女装の方が義兄と義姉にばれないでしょう?」

言われてみるとそうかもしれない。
それにしても歩きにくい。踵の高いガラスの靴は綺麗ではあるが、スカートも長いため、これではいつ転んでもおかしくない。少し心配だ。

「これで舞踏会に行けばいいんですか」

「ええ、そうです。あ、ここから城まで少し距離があるので馬車と一応使いの者も用意しましょう」

また妖精が妙な呪文を唱えると今度は石から直線の光が現れた。それは割れたかぼちゃと月の光で出来ていた俺の影とその場に落ちていた栗に差し込んだ。
何故この場に栗が落ちていたのかは謎である。
すると、割れたかぼちゃは馬車ではなくもっと単純な乗り物になり、影と栗は人間になった。

「俺は闇の戦士シャドウです。お城まで貴方をお守りします」

影から現れた俺と同い年くらいの青年。背は俺より少し高く、騎士らしい服を来て俺に膝まづく姿はかっこよく立派だった。
もう一人の栗から現れた少年は俺よりも小さい。

「君は?」

「俺は栗松でヤンス!城まで運ぶでヤンス!」

「って人力車なのかよ!!!馬車じゃないじゃないか!!!」

城まで距離があるのに人間の力では俺と使いを乗せて走るのは流石に無理があるだろ!

「大丈夫ですよ。元は栗ですから、ガッツがあるので馬並に早く力もあります」

栗だからという理由がよく分からないのだが。気にしない事にしよう。

「では楽しんで来なさいね。ただ、12時には全ての魔法が解けてしまいます。くれぐれも時間には気を付けるように。12時、ですよ」

妖精は時間を強調して念を押す。つまり早めに片付ければいいんだな。毒を盛って、死ぬのを見届けたら帰ればいい。

「はい、ありがとうございます」

頭を下げてお礼を言った。

「いえいえ、どういたしまして。復讐が成功することを祈っています。失敗したら全てが元通りですからね」

俺は人力車に乗った。座り心地は悪くない。隣に使いの青年、シャドウが座る。

「出発でヤンス―!」

馬ならぬ、栗松が走り出した。
妖精は手を降り俺を見送った。俺は妖精にもう一度頭を下げた。




「哀れな少年ですね」

妖精の呟きと冷めた笑い声は俺には聞こえなかった。







彼は妖精ではなく悪魔で、人を殺すという大罪を犯して汚れた人間の魂を自分のものにしていた。
自分の欲しい魂の為なら多少の魔力の消費も構わない。

「あの美しい彼も私の手に…」

契約はあの石に触れた地点で成立してしまっていたのだ。
彼は自分が欲しいと思ったものは必ず得ないと気が済まないタイプである。
悪魔は口端を吊り上げて笑った。







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