夕日差し込む教室。既に教室に残るのはこの二人だけだった。
その一人、半田は座って机に腕を組み真剣に考え込んでいた。身に纏うオーラは悩みか悔やみか。ただ撃沈しているようにも見られた。
そんな半田にもう一人共に教室に残っていた風丸は声をかける。

「今日ホワイトデーだよな」

その一言は半田の心臓を貫くには容易いものだった。ビクリと肩が跳ねる。
風丸の視線。冷たさを帯びている。これは拷問だろうか。顔を上げる事も出来ずに冷や汗が流れるのを感じた。

「っ…ああ」

忘れていた訳ではない。忘れていた訳ではないのに。どうして、

「何一人でポッキー食ってるんだよ。今日、三倍返ししくれるんじゃなかったのかよ」

どうしてこうなったのだろうか。

遡るは先月のバレンタインデー。顔をほんのりと染めた風丸が半田と目を合わせずに渡した物。綺麗にラッピングされた手作りのチョコレート。

『風丸…これって』

『三倍返し、待ってるから』

『あ、ああ』

今でも鮮明に思い出せる。一月前の契約。あれは確かに契約を交わしたのだった。
半田は愚かだった。貰えた嬉しさのあまり今日という日の契約内容を忘れていたのだ。

風丸は焦らす様にガタガタと机を揺らす。半田は組んでいた腕を崩され、恐る恐る風丸を見上げる。その目はやはり凍りの様だった。
沈黙。机の上には開封されたポッキーの箱が置かれているだけ。

半田は沈黙に耐え切れず白状するように言い訳を吐き出した。

「三倍返しを何にするか迷った末に何も出来ずにポッキー買っちゃったんだよ!!」

とても今日を忘れていたとは言えない。だが覚えていた所で彼に何が出来ただろうか。
教室に響く声。ヤケになって叫ぶ姿はどことなく悲しいものであった。

「なんでだよ」

「わからねぇ…俺にもわからねぇ…。頼むからそんな可哀想なものを見るような目で見ないでくれ。…俺が悪かった」

うなだれる半田を数秒間見下ろす。しばらくして風丸は呆れたように溜め息をついてからぽつりと呟いた。

「…楽しみにしてたのにな」

零れた本音は酷く残念そうで。チクリ。流石に罪悪感を覚えた。

「…ごめん、もう少し待ってくれ」

半田は何気なくポッキーを加えた。流石にこれを風丸にあげて代わりにする訳にはいかない。後日何か別に用意して渡すか…いや、今日だからこそ意味があるというのに。

俺だって、風丸の気持ちに答えたい。

考えろ、考えるんだ。もう少し時間が欲しい。でもこうも見つめられて(見下されて?)いると変に彼を意識してしまい思考が働かない。

「………」

風丸は半田をまじまじと見つめる。上からだった視線を下げ向かい合った。
風丸は今の半田に約束を果たしてくれる用意はしていないのをうっすらと気付いた。その横に反らした目を見れば分かる。
少し憤りを覚える。あの手作りチョコを作るのにどれだけ苦労したか。あれを渡すのにどれだけ心臓が破裂しそうになったか。
しかしこれ以上彼を責めるのも可哀相に思えてきた。今の彼の手元にはポッキーしかない。
でも半田から何も貰えないのは想われていないみたいで嫌だと意地を張る心。

…ん?ポッキー
目を反らす彼の口にサクサクと入っていく美味しそうなチョコの細い棒。

あ、そうだ。

風丸はニヤリと笑った。半田はそれに危機感を覚える。何をされるんだろうか。
風丸は警戒する半田にぐっと顔を近付けて、半田の加えていたポッキーを先からサクサクと食べ始めた。

「?!!」

それはあまりにもいきなりな事で。半田が呆気に取られてるうちに、二人の距離が縮まっていく。
近付いてくる美しい顔に半田の脈は急速になっていく。

互いの唇が触れそうになる瞬間、ポッキーが折れ風丸は口を離した。
折れたのではない。風丸が故意に折ったのだ。
口を離してからもぐもぐとポッキーを食べる。半田はただ唖然としていた。

「…今はこれだけで許してやる。今度どっか連れていけよ?」

何事もなかったかのようにサラリと言う風丸。

「え、あ、ああ…」

風丸は曖昧な返事しか出来なかった半田を置いて教室を出ていった。
一人残られた静かな教室。後々から半田の顔の熱が上昇した。

今の風丸、すっげー可愛かった…!

あの触れそうになった自分の唇を指でなぞる。もしも風丸の唇が自分の唇と重なったなら…。そんな妄想ににやけが止まらない。隠すべく口元を手で覆う。
半田はしばらく椅子から立ち上がれず、悶えていた。

落ち着いて深呼吸をしてから最後に言われた言葉の意味を考える。
もしかしてデートしてくれって言ったのか?
そうだ、その時に風丸に三倍以上のお礼をしよう。彼が心から楽しめるようなデートプランを考えてやろう。

そしてその時に、今度こそこっちからお前の唇を奪ってやる!!

それからしばらく教室では恐ろしいくらいに真剣に腕を組みながら考え込んでいる半田が見掛けられたそうだ。




俺、半田に何してるんだよ!!!
いくら衝動とはいえポッキーゲームじみたことするなんて!これから半田とどうやって顔を合わせればいいんだ!
教室を去った風丸は夕日より真っ赤な顔を手で覆い隠していた。

でも、いつかどこか連れていってくれるよな?デートとか連れていってくれるよな?
その時にはきちんとキスを…
って何考えてんだ俺!!
風丸は廊下でしゃがみ込んで熱が冷めるのを待った。
同時に彼への期待が高まって少し微笑んだ。






終わり!





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