▼気まぐれなボスとわたし


「吸血鬼ってろくでもない生き物だと思ってたのに」

 わたしの母さんも父さんも吸血鬼退治を生業としていた影響で例に漏れずわたしだってそう思っている。目の前の吸血鬼を前にしてもやっぱりそう思うのだ、長年の刷り込みとは恐ろしい。目を瞑らせ、口も閉じさせればどこからどう見たって人間なのに吸血鬼なのだと分かるとどうしようもなく苛立ってしまうのだから。殺さなくてはならない、滅さなくてはならないと思ってしまうのだ。病気だ、と自分でもよく思う。
 「間違っちゃいねえよ」美しい吸血鬼はくつりと喉を鳴らして肯定した。本当に楽しいのかと疑いたくなる。じとりと睨み返すとそれすら面白いのか今度は赤い目を細め、私を見下ろす。

 私は彼となんだかんだ三年ほどの付き合いだ。もちろん恋人とかいう甘ったるい関係ではなく狩る側と狩られる側としての、生死をかけた関係。
 とはいえ吸血鬼としてすでに名高いXANXUSが私みたいな新米ハンターにどうにかされてくれるはずもなく遊ばれるというかオモチャにされていた感が非常に強い。力量が違いすぎると諦めるのも手だっていうのは知ってたんだけど私は生涯かけてこの吸血鬼を狩ってみせるのだと息巻いていたんだけどそれもどうやら実現できそうにない。

 え、どうして諦めたんだって? そりゃあ私が吸血鬼になったからだ。

「…本当に、吸血鬼になった、んだよね」
「新米の新米、カスのカスだがな」
「だけどXANXUSの眷属だ」

 一般的に人間が吸血鬼になる方法と言えば吸血鬼の吸血行為によって死ぬしかない。他は怪しげな儀式をこなして死なずともなれる、とも言われているけどこれは半端な魔族になるらしいので割愛する。
 私は死んだ。XANXUSに殺されたのだ。
 …ううん、そうじゃないか。殺してもらった、といった方が正しい。吸血鬼の数が少なくなってしまった昨今、吸血鬼ハンターなんて職業はもはや疎まれるようになってしまった。辞めてしまった人も数多く、またその大半はハンターであることを隠し、普通の生活を送っているのだという。だけど彼ら、私たち吸血鬼ハンターは魔族の血をたくさん浴びすぎてしまった。人間の敵であるとたくさん屠ってきてしまった。そうなると当然恨みは買う。その血の匂いを頼りに彼らは私たちを追いかけてくる。そんな時に仕事をやめ、ハンターの道具を手放せばどうなるかなんて火を見るよりも明らかな話。

 町の人たちが襲い掛かってきた魔族の大群に私を差し出したのは、間違いじゃないのだと思う。私は恨むけど。私は絶対に彼らを赦すことはないけど。

「……はー、嫌な事思い出しちゃった」
「てめえの傷は全部治っただろうが」
「治ってるけど! それはもちろん治ってるけど…ってやだやだ、また思い出しちゃうじゃない」

 ひどい怪我を負った。魔族は私を一瞬で殺すのではなく長く苦しめることを目的にした。指を折られ、髪をむしられ、足は切られ。お前たちはこうやって自分たちの仲間を狩ってきたのだと笑いながら転がされた。許しを乞えと嗤われた。謝って謝って、自分の行いと自分の生きている意味と価値と、やってきたことの意味のなさを感じて死ねと笑われた。
 町の広場で行われていたにも関わらず、どこの家も窓をぴしゃりと閉め、助けてくれることはなかった。
 そして乞うために残された声で最後に奴ら全員に呪い事でも叫んでやろうかと思ったその瞬間、XANXUSがあらわれたのだ。私を毎日小馬鹿にして、罠なんてなかったかのように潰して、たまには罠にかかったフリをしては私の反応を嘲笑っていたXANXUSが。

『散れ』

 XANXUSは別に力を放つことはなかった。あの力を使えば魔族どころか町すら吹っ飛んでいただろう。ただ一言、魔族たちに命じただけ。でもそれだけで十分で、悔しそうな顔をしていた魔族たちは私に怨嗟の言葉を吐きかけて去ってしまったのだった。
 そうして、2人になった広場でXANXUSは私を見下ろす。最初は笑うのかと思っていた。ザマアミロと私を見届けるのかと思ったのだ。吸血鬼ハンターが人間に裏切られ、吸血鬼以外の魔族に殺されるなんて滑稽だと言われるのかと思っていたのだ。
 だけどXANXUSはそうしなかった。ただひょいと私を血だまりの中から拾い上げ、私に問いかけた。

『死にたいか?』

 頷けばたぶん今すぐ首の骨でも折ってくれるのだと思った。XANXUSは冷酷で、本当の本当に冷たくて人の事を馬鹿にするのがお上手だけどその時の目ばかりは冗談を言っているように見えなかったのだ。
 だから私は、――私は、なけなしの力で『そんなバカな』と答えたのだ。

 『私はXANXUSを狩るまで死ねないのよ』と。



(……恥ずかしいことまで思い出してしまった)

 今おもえばなんて馬鹿なことを、とも思う。だけど実際そうだったのだ。人に裏切られたことで復讐しようとは思わない。さっきの魔族は皆殺しにしてやろうとも思うけどそれより優先させたかったのはこの美しい吸血鬼を狩ることだったのだから。

 そして、XANXUSは私の願いを叶えてくれた。首に牙を突き立てられ血を吸われる感覚。さっきまでの痛みはどこかへいってしまって、ただ睡魔が押し寄せ、眠れと言われるがままに眠り――今に至る。今、私は吸血鬼として1日目を迎えているというわけだ。傷はすっかり塞がり、力はみなぎっている。すん、と鼻を鳴らすと人間の血の匂いが近くの町で感じられる。XANXUSはいつもこんな感覚だったのだろうと思うと変な感じがする。これは、あまりにも人間っていうのは無防備が過ぎる。お腹がすいていない今でもふらふらと味見ぐらいしてもいいよね? とすら思えるのに。私に一切手を出さなかったXANXUSは常に満腹だったのかはたまた私の血には食欲を覚えなかったのか純粋に疑問に思ってしまうほど。どうして救ってくれたのか、また聞いてみようと思う。
 もっとも、この高慢で自己中心的で自分のことなんかちっとも喋ってくれない吸血鬼はきっと簡単に答えてくれないと思うけど。

「ねーXANXUS、おなかすいたんだけど」
「その辺の草でも食ってろ」
「……ひどくない?」

 一度死んでしまったけれど吸血鬼として生まれ変わって一日目。
 永遠に続く彼との生活はまだ始まったばかり。
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