▼子ボスとわたし


 XANXUSは吸血鬼だ。
 だけど私が想像していた生き物とは違ってとっても人間くさく、太陽の出ている日中に出歩くのは嫌いらしいけど別に無理でもないし、ごはんは血より何より肉が好き。人の血を見たところで別になんともなさそうだしエ、本当に吸血鬼なの?とは思うんだけど影はないし数日に一度は輸血パックを口にしているのを私は見たことがある。
 そして何より、子どもの姿のくせにもう数十年も生きているらしい。ってのはうちのお母さんが言ってた。ずっと姿が変わってないんだって。

「いつになったら大人になるの?」
「……あ?」
「あ、ごめん。今のは言い方を間違えたね」

 いやー失敗失敗。さすがに今のは煽りでしかない。アハハ、と笑ってみせて今のは無しねとさっさと謝ってみる。

「ほら、XANXUSってずっと子供の姿じゃない? 私と出会った時から変わらないしさ」

 理由は分からないけどXANXUSは私が住んでいる村のはずれにある大きな城に1人で住んでいる。普段はあんまり出てこないみたいだから私がこうやって遊びに来て話し相手になってもらっているというわけ。…村、おじいちゃんおばあちゃんしかいないしね。そうなると同世代の友人というものはそもそも居らず、中身は誰よりも年上だけど見た目が子供だったXANXUSと仲良くしたいと思うのはまあ変な話じゃなかったのだと思う。
 そんな私とXANXUSだけど、出会ってもう十年目となる。子供にとって十年という月日はまあ程早く、私だって成長する。XANXUSの背なんてとっくに追い越しているしそろそろお母さんの仕事の手伝いだって一人前にできるようになる。XANXUSの城でかくれんぼもしなくなったし、童話は卒業してちょっと小難しい本だって読めるようにもなった。

「…お姉ちゃんと弟みたいに見えるのかなあって思って」
「てめえみたいな姉がいてたまるか」
「言うと思った」

 髪の毛を梳いてくれる彼の手は小さく、ちょっと乱暴だけど、温かくてやさしい。
 私はこの手に、XANXUSに、残念ながら淡い恋心を抱いている。お母さんや村の人には秘密の話だ。だって人間が吸血鬼に恋をするなんて聞いたこともない。童話で見せてもらった吸血鬼のお話はどれも怖くて、吸血鬼は人間のことをエサとしか見ていないんだって。日光を浴びたら灰になったり、銀にはとくべつ弱かったり、そういった情報はたくさん読んできたけどXANXUSはそのどれにも当てはまらない、気高い存在だった。きっと彼が人間でも恋をしたんだと思う。私はこの人の存在に絶対、恋をしてしまう運命だったのだとも思う。
 「ねえ、XANXUS」見た目は兄弟みたいだったとしても、例え私たちがちょっと年の離れた子供同士に見えたとしてもそんなことは気にしない。…すでにそんなことを気にする域を出てしまったのだ。椅子にふんぞり返るように座るXANXUSの膝に頬っぺたを乗せた私は床。たぶん他の大人が見たら私は哀れなエサにでも見えるだろう。だけどそれでもいい。私はXANXUSのためならどんな立場でも受け入れられる。

「吸って」
「……ああ」
「いっぱい、いいよ。お腹ふくれるまで、いいからさ」

 近所の男の子に口説かれたときより、何よりこの行為は気持ちがいい。XANXUSが一番密着するこの瞬間が、私には何よりも心地よい。 
 好き、すき、好き。愛してる。だから早く私のことを好きになって欲しい。そうじゃないなら早く私のことを殺して欲しい。XANXUSが何を考えているのかは分からないけれど。
 だけど、この時ばかりはXANXUSも綺麗な赤い瞳がさらにギラついて、とても綺麗なの。そう、まるで獣が餌を見つけたときのような。逃すものかと獲物を狙っているかのような。私はこの瞬間がたまらない。

「せいぜい、死なねえよう頑張るんだな」

 これはお母さんや村の人には秘密のハナシ。私とXANXUSだけの、秘密の話だ。
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