なまえ

「ユリカ」

 その日、爆豪くんが私の教室にやってきた。
 彼はヒーロー科、私はサポート科。小学校のときに親の仕事の都合で転校してしまったもののいわゆる幼馴染である彼と雄英高校で再会する日が来るとは思わなかったけど今となってはこれも縁だなあと思う。おかげさまでヒーロー科の実験体…おっと、パートナーが簡単にできてしまったのだから。もっとも爆豪くんは便利グッズ、そう好きじゃないから受け取ってくれないんだけどね。身体能力向上グッズは初っ端でぶっ壊されてしまったので私もさすがに学んでいる。だけどわざわざここまで来たってことは。

「あ、もしかして私の発明品使う気になった?」
「ちげえわ」
「ぁ痛っ!」

 ペシっと指の腹でおでこをたたかれる。どうやら違うらしい。残念。非常に残念である。そして地味に痛い。じゃあ一体何なんだと思ったらどうやら今日は放課後に余裕があるらしく、この前私がギャイギャイ騒いでいた雑貨屋について来てくれるらしい。一応友達もいるんだけど何しろここは変わり者がこれまた多くクセの強い人だらけのサポート科、放課後になれば自分の好きなもののために部屋にこもる人ばっかりなので遊んでくれる人が少なかったりするのである。
 覚えてくれてたんだなあ、と喜びながら私もさっさと鞄を持ち、教室を出る。まあ爆豪くん、いつも聞き流しているようでそうじゃないってことは知っていたんだけどね。でも嬉しいのは確かなのでこれ以上不必要なことを言って気が変わらないよう、私は黙って、にこにこと笑みを浮かべながら爆豪くんの後を追う。



 無駄なものは買わない、買わないと決めているものはそもそも見ない、欲しいものがあればひたすら吟味。それが私のモットーだ。
 おかげで買い物はものの十数分で終え、さて解散しようかと思ったらそれまで黙ったまま大人しく付き合ってくれていた爆豪くんが「疲れた」と言ったので近くにあるカフェへと移動した。この場合体力があるとか無いだとかそういう問題じゃない。自分の興味があるものなら私だって数時間ぐらい余裕だけど例えば爆豪くんの買い物に付き合ったらきっとすぐに見飽きて、暇になって、たかだか数分が数時間ぐらいに思えるかもしれない。爆豪くんの買い物なんて付き合ったことないから分かんないんだけど。
 そう思うとこれぐらい可愛いものなのだ。しかも今のところ彼のご機嫌は全然悪いようにも見えないし。むしろ、

「なんか機嫌、いい?」
「…あ?」
「ううん、気のせいだったのでいいです」

 いや、でも多分気のせいじゃないんだろうなあ。小さい頃もちょっとしか一緒にいなかったけど何となく爆豪くんのことは分かる。というか割と言動を見ていたら想像はつく。今は可愛らしい雑貨屋にいたせいで気が滅入ってしまったものの、そこまで嫌な気分になってもおらず静かなカフェにありつけて嬉しい…とまではいかないけど気分がリセットされた、ってところじゃないだろうか。外れとまではいかない気がする。

「そういえば授業はどうなの? ヒーロー科たのしい?」
「普通」
「…へえ?」

 爆豪くんがそう表現するのは珍しいような気がする。つまらなかったらきっとつまらないというだろうし。面白いと思っても言ってくれないとも思うけど。つまりなんというか、まあ今の生活は気に入っているんだと思う。それは私としてもなんだか嬉しい。
 でも残念ながらそれ以上の話を爆豪くんは教えてくれない。コーヒーを飲んで大人しく座っているだけ。

「でも科が違っても会いに来てくれるの嬉しいな」
「そうかよ」
「また来てね」
「気が向いたらな」

 減らず口は相変わらず。これも慣れたというか、今から爆豪くんと知り合う人は怖がったり苛立ったりするかもしれないんだけど爆豪くんらしすぎて全然何も思わないと言うか。むしろ緑谷くんからすればこれは多弁な方だと私と同じ評価をしてくれるんじゃないかと思う。実際結構喋ってくれたりするし相槌も打ってくれたりするし。
 結局そんな感じで実のある話なんかはなく、ただの雑談で小一時間。話が尽きないというよりはどちらかというと私の話をメインに聞いてくれていたりしたんだけど、チラッと時計を見たのは私の注文したジュースがなくなったときだった。爆豪くんとお話するのは楽しい。喋っているうちに新しいことも思い浮かんだりするしとっても有意義な時間だった。もう今日はこの辺で終わるんだろうな、と思うとちょっと寂しいけれど。
 
「帰んぞユリカ」
「…はあい」

 やっぱり時間切れ。ここまでらしい。ここから寮に帰るだけなんだから帰り道も一緒なんだけど。けどやっぱ学校で会うのとこうやって外で会うのとは全然違うから惜しいといえば惜しい。

 …そういえば、爆豪くんって他の人のことも名前であんまり呼ばないんだよね。

 なんで今そんなことを思い出したのかよく分かっていない。緑谷くんのことはデクって呼ぶし、たまに爆豪くんの口から出てくる登場人物も名前じゃなくて容姿や個性からとったんだろうなっていう単語ばっかり。でも私のことは名前で呼んでくれるってことは多少は認めてもらっているんだろうか。……きっと容姿も個性も特筆するところがないからなのだろうなとは思うんだけど、それに関してはあまり気付かなかったことにして。

「ね、もっかい」
「あ?」
「私の名前なんていうんだっけ?」
「ボケてんのか。とっとと帰って寝ろ」

 ひどーい、なんてちょっと唇を尖らせてみたら爆豪くんはハッていつものように鼻で笑った。本当にひどい。でも、やっぱりちょっと機嫌はよさそう。それに頭をわしゃわしゃって撫でてくれる手は乱暴だけど痛くなくて、やっぱり好きだなあって思う。

「爆豪くん」
「何だ」
「…へへ、なんでもない」

 …名前呼ばれるの嬉しいんだよって言ったら、怒っちゃうのかな。今は怒られたくないから明日にでもちょっと言ってみようかなあ。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -