「うるせえ死ね!」

!プロヒーローの爆豪と夢主


 ヒーローとは何時いかなる時でも必要になった時は出動する。
 雄英に入る前は朝起きた時につけたニュースで朝方捕まった敵の話とか、夜中に暴れ回った敵の話とかが流れていても大して気にすることはなかった。高校に入った頃にはまあ夜でも朝でも、誰かが困っているのなら助けてあげるのが当然だと思ってた。なんというか、ヒーローに対する理想とかそういったものがいっぱいあったんだと思う。
 けど実際ヒーローになった今、私は自分の仕事に誇りを持ってはいるもののやっぱり違うことを思うわけ。

「眠すぎて無理」

 敵が私の起きている時間に合わせてくれるはずがない。当然平和な世の中なら私は無職に近かっただろう。けれどこの世は地獄。敵が現れなかった日なんてものはなく、となるとヒーローは毎日どこかへ駆り出され、倒し続けているというわけだ。幸い私の管轄する地域は小さな事件が多く、大きな怪我を負ったこともないんだけどそれでも出動しない理由にはならない。
 他のヒーローとこんにちはすることもあるけど、どっちが早く倒すのかが問題じゃないし、二人でも三人でもいいから確実に倒す方がいい。一部のヒーローはそんなことより自分が一人で倒しましたっていう実績が欲しいからそういうのを厭うらしいんだけど私は別にどうにも思わない派です。平和が一番だからね。

 ところで今の私は十五連勤の最後は二徹という非常に、ある意味学生時代でも経験してこなかったような結構やばい自己記録を更新している。
 立てこもり事件やら誘拐事件やら、まあこの地域では珍しくちょっと大きな事件が相次いだせいで私は事務所に缶詰状態、ろくに睡眠も取れずようやく他のヒーローがヘルプに入ってくれたので仮眠しに家へと戻ることを許された。正直眠過ぎて何も考えられない。
 理想だけじゃ生きていけない。夢や希望だけで食べていけない。年も二十を超え、ヒーロー歴も片手で足りなくもなると若干荒んだ思考になるのも仕方ないことだと許して欲しい。頼むから寝かせて欲しいと。その間誰も暴れてくれるなと願うことぐらいは許されて欲しい。

「てめえ、ちゃんと目ついてンのか!!」

 よろよろと帰る最中、突然服を引っ掴まれ道路に投げ飛ばされたのはまもなく家に着くってところだった。早くお風呂に入ろう、買っておいた新商品を食べよう、冷蔵庫の中身腐ってないかなあ…なんてそんなことをぽやぽや考えていたところの不意打ちに対応することなんて出来るはずもなく私は無様に後頭部を道路にしたたかぶつけたのだった。
 ゴツゴツしてるけどひんやりしている地面が心地よい。もう起き上がる元気すらなくそのまま目を瞑る程度には疲れていたらしい。あ、やばい今すぐ寝れそう。

「グズグズしてンじゃねえ! さっさと起きろ!」
「…ん、え?」

 あともう三秒もらえたら私は眠りにつくところだった。なのに目の前の喧しい人はそれを許してくれることもなく、私へ怒声を浴びせる。ついでに轟音。あ、これは長いヒーロー生活のせいでどんな爆音の中でも寝れるようになったおかげがあんまり気にはならないんだけど。
 やいやい煩いのでちらりと目を開けてみるとそこには私が住んでいる地域を主に活動している爆豪くんがこれ以上ないってぐらい蔑んだ表情で私を見下ろしている。気のせいじゃなければその額には青筋が見えるんだけどまあ見なかったことにしよう。

 爆豪くんといえば今や爆発的な火力とド派手な個性で子供から大人まで大人気のプロヒーローだ。同じくヒーローになった雄英時代のクラスメイトの中でも割と上位に食い込むほどの人気を持つ彼は学生時代同様特別優しいわけでもなく、またファンに対してサービスすることもなくそのストイックさが堪らないのだとうちの事務の子も言っていた。要はライバルだ。
 でもあんまり現場で鉢合わせすることがなく、爆豪とくんの姿を見るのは先週彼が映っていたニュース以来だろう。本物と、となると約半年ぐらいぶりの同窓会以来かな。

「わー、ヒーローだあ」
「ヒーローだあ、じゃねェわ! お前もヒーローだろうが!」
「今日はもう閉店したのだよ。今はブラック並の連勤で体力使い果たした一市民です。…ってのは置いといて、あれはなに?」

 今すぐベッドに転がり込みたいけれどそうはいかないらしい。爆豪くんの向こうには恐竜みたいな姿をした人間がいて、明らかにこちらへ殺意を向けている。ついでにその手には武器があり、さらにいうと、さっきまで私がいた場所はそれで攻撃でもしたのだろう地面には抉りとったような傷跡。あれ、私もしかして爆豪くんに引っ張られてなかったら内臓どころか原型すら残ってなかったのでは。

「まあいいや、爆豪くんに手柄は渡すからちょっと支援するよ」
「いらねェ」

 ピシャリと突き放されるような言葉も相変わらずだ。
 爆豪くんがそう言うなら私の手助けは本当にいらないんだろうけど如何せん、ここは家の近所だ。彼らがここらで戦っている以上私に安眠は訪れないのは必至。それだけは避けねばならない。

「まあそう言わずにさ。私の個性支援向きだ「うるせえ死ね!怪我したくなけりゃ引っ込んでろ!」……ええ、それどっちなの」

 死ねって言ってるくせに引っ込んでろって、そりゃアナタ矛盾ですよ。
 爆豪くんはすっかり臨戦モードだしこれ以上私は何も言うつもりはない。学生時代からちょっと憧れて、ちょっと好きだった人の背中は相変わらず大きくて格好いい。ドラマチックな再会には程遠いし口の中はジャリジャリしてるし状況的には最悪なんだけどまあ私なんて所詮そんなもんでしょ。

「ねえ爆豪くん、終わったらラーメンいこうよ。おごってあげるからさあ」
「…あ?」
「もうすぐねえ、美味しい激辛ラーメン屋が開くんだよ。あと三十分ぐらいで」

 ニヤリ、こっちに顔だけ向けた爆豪くんは敵も恐れ慄く笑みを浮かべていた。それはラーメン屋が嬉しかったのか、お腹が空いていたのか。それとも奢ってもらうことなのか、はたまた私が完全に観戦モードに入り戦闘の邪魔にならないことが分かったからなのか。
 どれも含まれているかもしれないなあ、なんて思いながら『三分で終わる』とカップラーメンもびっくりなコメントを残した爆豪くんは爆豪くんらしいって感じ。本当そういうところ変わってないよねえ。

「…さて、と」

 というわけで彼が単体で敵へ突っ込んでいくのを見守りつつ私も支援のために個性をフル活用すべく身構える。敵にほんの少し同情したけど私の安眠のためにもラーメンのためにも一刻も早く捕まってください。

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