委員会には各顧問というものが存在する。どれだけしっかりしていてもやはり中学生で、ならばそれを管轄する人間が必要となる。
 新任教師だとしてもそれが見逃されるような措置などなく、しかし沢山ある委員会の中で風紀委員の顧問を押し付けられたのは嫌がらせに近いんじゃないかと思ってる。
 並中って決まった時は母校だったし嬉しかったんだけどなあ。風紀委員なんてなかったけど不良ばっかりで構成されてて恐ろしいだとか誰も刃向かえる者も居なかったっていうしどうせお飾りだけの顧問ですよってハゲ…じゃなかった、同じく3年の担任をしてる先生に言われてたんだけど実際そんな事はなくて驚いたっけ。


「うーん、なんだかなぁ」

 最近は確かにね、色んなことがあったみたい。
 風紀委員の子ばかりが狙われて朝の会議で顧問でしょうと怒られたけど雲雀くん達を目の当たりにしてそんなこと言えたのかハゲ!って暴言を吐いたのは記憶に新しい。まあその代わりそんな性格だから結婚出来ないんですなんて言われたからお互い生身の剣で刺しあって終わっている。どうせこの男勝りな性格なんだもの、別に気にはしてないんだからハゲ!
 そんな例の事件の真相は不良同士の喧嘩だと誰もが思っていた。
 だけど一般の優良学生まで狙われて、自主的に見回りをしていた風紀委員がただ狙われたんだって主張は通って今やもう風紀委員を悪くいう人はいない。それに、…並中を愛しているだけなのだ。そのやり方がほんの少し不器用なだけで。

 あの日から私はずっと後悔していることがある。
 あの時、嫌な予感があったのに私は彼らを止めることが出来なかった。もう少し強い言葉で忠告してあげればよかったんだ。隣の街、黒曜から嫌な空気が流れていると。

 昔からこの手の予感は当たるんだ。

 うちは代々霊感がある家庭らしく、お母さんもお婆ちゃんも界隈では有名な占い師をしている。本業は術士だとか言ってたし私もその血が流れてるんだって聞いたことはあるものの結局は教師の道を選んだ以上その力を発揮することはないと思っていたんだけど。

 だけどこの並中に赴任してから私の予感は当たるばかり。あの日から平穏だっていうのに少しずつまたあの時の、いや、あの時以上に嫌な予感はある。
 だから私はここ最近、風紀委員の子には言わず毎日1人で並中付近を見回りしていた。最悪お婆ちゃんからふんだくった「やばい生き物を召喚するお札」(税抜5万円)を使えば何とかなるって私は信じてる。


「あ、雲雀くん!」
「あなたも懲りないんだね」

 そういや最近雲雀くんを見ることもなく、代わりに学校付近で不審者を見かけるようになった。
 校舎に背を向けているものの嫌な気をまとわりつかせて何かに向けて集中していることは分かっていたの。お婆ちゃん特製の札を使って邪魔してみたら突然校舎がボロボロになっていて私は目玉が飛び出るかと思ったね!
 1度それを見て以来、私はようやく今の並中がすでに別のものに成り果てていることに気付く。

 誰だこんなことをやらかした奴は。
 何を目的にこんなことをしたのだ。

 窓なんかはいつの間にか綺麗なものに取り替えられ分かりにくかったけど、図書室の本棚なんてボロボロだった。体育館も結構酷いかな。全然使われることもない空き教室なんてもっと最悪。水浸しだし天井穴空いてるし。
 だけど普通の生徒や先生にはそれが見えることもない。どうやらこれが所謂幻術らしい。私みたいな力があれば見えるけど大概の人は分からないんだろうというのが母さんの見立てだ。

 つまり今現段階普通に見えている校舎はすべて幻覚で、実際のところ私が見えたあのボロボロの学校が本来の姿。
 それは日を追う事に壊れていった。私は何も、できなかった。
 だけど、……今度こそ。
 少しずつ塗り替えられていく、崩壊していく学校に戻ってきた雲雀くんは怒るだろうなと今日こそ見つけてやるんだと応接室で気合を入れたその時だったのだ。ようやく雲雀くんが現れたのは。


「雲雀くん、こんな時間に何してるの」
「あなたこそ。他の教師も帰っているのに何してるの」

 雲雀くんがどうやらこれまでの彼と違うように見えたのは久しぶりに会ったからなのか。
 たまに風邪をこじらせて入院するような子であるというのは知っている。だけどそうじゃないなと思ったのはあちこち擦り傷や切り傷が見えたからだ。…またこの子は何も言わずに並中の為に戦ってるのだろうか。

 雲雀くんは真面目な子だ。
 風紀委員の顧問になってから別に私は言いなりになることもなく積極的に彼らの行動の糧となるものを探り、それがただ愛する並中のためだけに動いているだけなのだと知った時、私は心底感動した。どうやったらこの子達の為になれるかを考え、大人側じゃないと出来ないようなサポートをすると約束して以来私たちの関係は友好的だった。
 だからこそ今回の件は不甲斐なくて、雲雀くんの姿が見えたと同時に目の前まで駆け寄った。
 むすっとしているのはやっぱりこの校舎のことに気付いているからなのだろう。


「怪我してるね。また、…何かしてるの?」
「別に何もしてないよ」
「嘘おっしゃい。ならどうして学校に来なかったの」

 それに対して雲雀くんは答えてくれなかった。
 だけど近寄ったことで見えてくるのは顔だけじゃなく腕にも見える傷。痛いかなと思ったけど雲雀くんに何とか言わせるために腕をとり、その手を掴む。
 触れたことなんて無かったけど、中学生とはいえ私よりも背が大きいし手だって大きい。私の行動に対して驚いたのかほんの少し目を丸くしたのが見え、だけど私が睨めつけるように彼の腕に残る傷を見ながら雲雀くんを見上げるとふいっと目を逸らされた。ほら、やっぱりこれはそうだってことなのね。否定はしないんだ。


「危ないことに首を突っ込まないで」
「い、いやいや君の方がどう見ても危ないからね!?私なんて…モガッ」

 雲雀くんは最後まで言わせてくれなかった。「黙って」と静かに一言、私の口を覆うように手を被せられるとそれ以上話すことも出来ず。
 気が付けばそのまま後ろにポンと押されソファへと座り込む。相変わらず柔らかく座り心地も抜群だったんだけど雲雀くんぐらいしか座らない特等席だ。

 ギシリと響くスプリング音。
 雲雀くんはそのまま私の足の間へと自分の膝を割入れ、私へと更に近づく。な、何だろう元々大人っぽい子だなと思ってはいたけど夜の所為なのか色気があって思わずゴクリと生唾を飲む。
 「ナマエ」耳元で聞こえてくる小さな声。それは間違いなく私の名前であり、彼にそんな風に呼ばれたこともなくぞわっと身体が震えた。気付きたくなかったけど今のその声は、ただただ呼ぶだけのものじゃなかった。切ないような、…真摯な声。求めるような声に私は何の反応も出来ないでいる。


「あなたはこれからも、…隣にいてくれないと困るから」
「雲雀、くん…?」
「僕が何とかするから、この件から身を引いて」

 断らせてくれやしない。これが演技だったならば彼はとんだ役者になれるだろう。
 だけど私に身を弾けという。何もないから帰れと言われていないのであればきっと私が予想した嫌な予感というものは多分当たるのだろう。そしてそれが、雲雀くんを巻き込むことであることも。

 ふと見上げた雲雀くんはじっとこちらを見下ろしていた。その黒い瞳は何を考えているのか分からないけど、私の反応を伺っているようにも見える。
 その瞳にこれから起こるかもしれない、彼の身に降りかかるかもしれない災厄を不安がっている様子はなく、まさに私が彼の提示した話について頷くか否かを、また私のことを案じてくれているのがわかる。


 ――敵わない、なあ。

 若いって怖いよ本当に。
 ドキドキとしているのは私だけじゃない。うっすらと汗ばんだ雲雀くんの手は、きっとそういうことって自惚れてしまいそうになる、から。
 私からは決して歩み寄ってはならないその感情に関しては今はまだ置いておくことにして、私の頬に触れる雲雀くんの手に自分の手を重ねた。君はまだこれからやることがあるんでしょう。私なんて放っておけばいいのに、並中のことばかり考えておけばいいのに君は欲張りなんだね。


「…行ってらっしゃい、雲雀くん」
「うん」

 じゃあ、また明日。
 先程までの表情はどこへやら、こちらの返答を聞くなり素早く私の額へと口付けた彼は応接室を後にする。私?私はその突然の行動に対して全く反応ができなくて、腰が抜けたんですよ。暫くこのソファから立ち上がれる自信ははっきり言って、ない。
×