容姿が整っていると何をしても許されるのだろうというのは本当のことで、それって随分と不公平なことなんだと私は思わずにはいられない。カウンター越しにカランと氷を鳴らしながらウイスキーを一気に呷る男は私の視線に気がついたのかニヤリと笑ってこちらを見返した。
「やっとオレに抱かれる気になったかあ?」
「あんたまだ言ってんの」
彼の名前をS・スクアーロという。饒舌に名乗ってくれてはいたけどまさかヴァリアーの男がこんな小さな店に来るなんてね。どうやら私が切り盛りしているこの店に並べてある酒の種類と、それから私を気に入ってくれているらしい。事あるごとに何だかんだと来てくれて有り難いとは思うんだけど酒が入るとこう手が伸びてくるものだから何だかなあと思う訳ですよ。
ま、それでもヴァリアーだ何だと脅しながら何かをしている訳でもないし寧ろこの店に彼が来てくれるようになってから店内の喧嘩はピタッと収まったから私は一応彼には感謝しているつもり。
もう一杯といつものように酒を注ごうとするともういいと手で止められる。明日はどうにも早いのかもしれない。時計をちらちらと確認するスクアーロは珍しくて思わず笑ってしまう。まあそこでぼんやりと聞かされたのが自分の夢が叶うかもしれないということ。相手に勝利すれば、自分達が勝利し続ければ叶うのだと。
ずっと通ってきてくれていたけど具体的にそれが何なのか教えて貰ったことはないんだけど話している彼の顔を見ているのは私は好きだった。勿論彼が暗殺部隊の人間っていうことは知っているしその勝利がもしかすると誰かの死に繋がっているかもしれないということも分かる。だけどこんなご時世、こんな組織だ。幾つになっても少年みたいだなと思うのは背景がどうあったとしても変わらないのだろう。
「へえ、で、日本へ?」
「ああ。また今から日本へ行く」
「じゃあ暫く帰って来ないのね」
驚いたことに、彼は今もまさに日本に居たのだという。で、私の酒を飲みに帰ってきたと。バカじゃないのと額を小突くとその手をとられ手のひらに口付けられた。あーあ、またこれだ。流されちゃならないと分かっているのに啄むようにされてしまえば無理に引き剥がされる訳もなく。
ちらり、とスクアーロが私の顔色を伺うようにこちらを向いた。恥ずかしがっている?ええ、そりゃ勿論。だけど生憎様、私はそういったことはなかなか表情に出ないタイプなもので。拘束が緩まったと同時に彼の手から逃げるとそれもまた、スクアーロには楽しかったことだったようでくつくつと喉を鳴らし、笑うばかり。
「寂しがってくれるか?」
「いーや、全然」
「……」
「だってどうせ勝つんでしょう?まあ、常連さんには早いこと此処に帰ってお金落としてもらわないと困るからね」
そりゃ大変だなあ、とスクアーロは更に笑う。もう明日の勝利は見えているようだった。楽しくて楽しくて仕方がないといったその様子に緊張感は、敗北するかもしれないという疑念は全く見られることはない。確かに彼は名前の通り傲慢なのだろう。負けるはずもない、手に入らないものが何もないと思っているに違いないのだ。…そうだなあ、だったらせめて私は彼の思惑通りにならないよう抵抗してみようかなと思ったこともあるけどきっと無駄に終わるだろう。
「はーい、じゃあこれ前祝いね」
「…勝利の女神に、祝福を貰ったんなら勝つしかねえよなあ」
勘定をさっさと済ませ出ていこうとしたスクアーロに珍しくも私はカウンターから離れその頬に口付けをし、見送った。カウンター越しじゃない私なんて初めてだもんね。驚くその顔も悪くないけれど。
今は気が急いているから私からのこの行動、何も思ってもいないでしょうけど。そうだね、次に会いに来てくれた時はちょっと態度、改めてみようかなと思ったりするわけですよ。
「行ってらっしゃい、スクアーロ」
「ああ」
彼が自分の勝利を信じているように、私は彼の勝利を信じている。軽い足取りで闇夜に消えていく彼の背中を見送りながら、脳内では聞き出した彼の好物をどう用意しようかと考えていた。