大なく小なく並みがいい。平々凡々な並盛はここ最近とても騒がしい。

先月は隣町の中学生が起こしたらしい襲撃事件でいけすかないあの房に恭弥くんが一方的ともいえる暴力でぼこぼこにされた。
その場に一緒にいた私を庇って戦っていたせいで、思うように動けなかったのかいつもの恭弥くんらしくなかったと思う。
あの房が恭弥くんより強いだなんて絶対に認めない。
おまけにあの房ときたら「その女が君の弱点ですか」とかもう悪役全開フルスロットルで動けなくなった恭弥くんから私に狙いを定めた辺りで「やめろ!彼女は…彼女だけは……くっ…!」と恭弥くんがノリノリで過剰な演技を始めたところから話がおかしな方向に転がっていった。『フフフ、ウォーミングアップは済んだようね』と私もすっかりノリノリで応じてしまったのだ。
もちろん私は恭弥くんみたいに体術になんて長けていない。
迫りくる房の頭頂部を何とか掴んで毛を数本むしり取ったところで張り倒されて気を失い私は静かに役目を終えた。
そして目を覚ました時には全てが終わっていて、私は並盛病院のベッドの上で赤黒く腫れた頬を手鏡で見つめながら強く心に誓った。
本当にあの房、次に会ったら覚えとけよ。

しかしその騒ぎも終結したと思えば今度は2年生の沢田くんのご家庭の事情とやらで厄介なことに巻き込まれそうになっている。
イケメンのディーノさんにお願いされたからって私は恭弥くんを物騒なことには巻き込みたくない。あんな思いだけはもう…。
でもディーノさんが申し訳なさそうな顔をして「頼むよ…」なんて言われちゃったら『引っ張ってでも連れていきます!』と答えるしかないだろう。悲しい人間の性だ。

そんなわけで荒縄片手に恭弥くんを探しているのだが、一向に見つからない。応接室も覗いてみたけど草壁くんが観葉植物と並んで立っているだけで恭弥くんの姿はなかった。
他に行きそうな場所といえば………。

じっとその場所の前に立ちパネルを凝視する。いわゆる男の秘密の花園だ。こくりと喉をならして扉に手をかけようとしたところで異変は起こった。

すごい。

音もなく飛んできた恭弥くんご自慢の武器は、私の髪を数本巻き込んで深くドアに突き刺さっている。
余韻で小刻みに揺れる黒光りする黒い棒を眺めながら風紀の乱れにはずいぶんと厳しい我が学舎だが、恭弥くんが起こした学校の器物破損には尋常ではないくらい寛大なのはどうしてなんだろうと考えていた。
毎年、部活動の予算で揉めているんだからその補修費用を出すくらいなら恭弥くんが校内で暴れるのを一回我慢すればみんな幸せになれるのに。
いい加減そろそろ誰か本気で注意した方がいいと思う。無論私は御免こうむるが。

「そこは君の行くべき場所じゃないよ。わかっているはずでしょ」

ゆっくりと背後から近づいてきた恭弥くんは久しぶりに会ったせいかずいぶんと野性味に溢れていた。頭に葉っぱまでつけてなかなかワイルドだ。

「それでも行くというのなら僕を倒してから行けばいい」

ドアに刺さっていた武器を抜きサッと構える恭弥くんに私も負けじと睨み返す。

『私達が争うなんて馬鹿げているわ!でも、これが運命なのね…』

荒縄をぎゅっと両手で握りしめながら恭弥くんと対峙する。私が恭弥くんに抗うことが意外だったのか少しだけ目を丸くしたがそれもすぐに好戦的な光を宿し口の端を愉快そうにつり上げる。そう、その笑みを表現するならニタリが一番相応しい。……いや待って。そもそも私は恭弥くんに喧嘩を売りにきたわけじゃない。

『あっ、違う違う。恭弥くんのことディーノさんが探してたよ、って言いにきたの』
「さっきまであの人と一緒にいたよ」
『えー。私頑張って恭弥くんのこと探してたのに…』

恭弥くんもやる気を削がれたのか構えを解いて武器をどっかにしまった。毎回思うがどこに隠し持ってるんだろう。
それから歯切れ悪くもごもごと口を動かして「今日、ちょっと出掛けてくる」と一言。
それがなんとなくディーノさんが恭弥くんを探していたことと関係があるような気がして自然と眉間に皺がよる。

『……怪我、しないでね』
「うん」
『本当は恭弥くんが変なことに巻き込まれるの嫌なんだからね』
「うん」
『今日の晩ごはんはハンバーグだって母さんが言ってたからご飯までに帰らなかったら、兄さんの分も美味しくいただいておくね』
「うん………咬み殺す」

ハンバーグの辺りで殺気を増量させた恭弥くんが武器を振り回す前に距離をとる。体術には長けてはいないが、長年この兄といると異常に危機察知能力と逃げ足だけは発達してしまった。
住む環境って大切なんだなぁと改めて思った。
×