スクアーロが日本から帰ってきた。
ハーフボンゴレリングを持って。

指にハマる歪な形の指輪は半分では何の意味も持たないガラクタで、ふたつが合わさり初めて意味を持つ。

ずっとずっと信じて待っていたボスの復活。8年も待った。こうしてボスが帰ってきて、8年間座られることのなかった偉そうな椅子に偉そうに座っていてくれるとあっという間だったなぁと思う。
ベルと同い年の私がこーんなに大人な女になるくらいの時間だった。背も伸びてぐんと大人っぽくなってボスをびっくりさせてやろうと思っていたのに、8年ぶりのボスのほうがかっこよくて存在感があって逆にびっくりさせられたのよね。


「ね、ボス?私の持つ指輪は合わさると雲の形になるのよね?」

「あぁ」


日本に発ったスクアーロの帰りを待つ間にボスとした会話だった。







「日本へ発つ。奴らを根絶やしにする。」

「しししっ」

「フシュー」

「………チッ」


フシューじゃないのよ、誰よあんた。いや、誰ってそもそも兵器だし人じゃないんだけど、そんなことはどうでもよくて。
どうして私がつけるはずだった雲のボンゴレリングをこんな寸胴のフシューフシューしか言えない奴が持ってるの?ボスは何を血迷ってるの?
8年間ボスの帰りを待ち続けた私よりもこんなぽっと出の機械野郎に奪われるなんていったい何の冗談だって言うのよ。

目の前のデカイのをガコンと蹴飛ばしてやったけどうんともすんとも言わないし、へこむこともない。むかつく、むかつくむかつくむかつく!!!


「ボス!なんで私が雲じゃないの!?」

「かっ消されてぇならそう言えよ」

「っ、8年間ずっとこの日を待ってて、強くなったのに!」

「連れてきてやっただけでも感謝しろ。邪魔する奴はお前だろうとかっ消す」

「フシュー」


ボスの後ろに常に控えるゴーラ・モスカがまるで「やっちまいましょうよ」と言っているように唸る。
睨みつけてやっても当たり前だけど顔色ひとつ変えないし、澄ました顔しやがって。ボスの後ろで補佐面かよ。

ボスはもう言うことはないと目を瞑ってしまった。この状態のボスに何を言っても無駄なのはスクアーロに散々言い聞かされてるし、あんまり煩くするとうっかりコォーッと手が出ちゃうかもしれないことも散々スクアーロに聞かされて8年間過ごしてきたの。

そんなボスがかっこいいと思って、ボスが帰ってきた時に少しはマシになったって思ってもらいたくて強くなったんだ。
帰ってきて早々島ひとつ灰にしちゃうボスの役に立ちたい。ボスの駒のひとつでも良かったのに。


「ここにきて幹部から下ろされるとは思わなかったわ…」


ハハっと渇いた笑いが漏れる。笑ったのは私だけど誰かに後ろ指さされて笑われている気分になった。

ボンゴレリングを賭けた守護者同士の戦いは残すところ明日の雲戦とボス同士の戦いのみ。

ルッスーリアは負けた。
トドメをあいつに刺されて今もベッドの上。頑丈な彼女のことだからうっかり死んでしまうようなこともなかっただろうけど、ルッスーリアのこと、私達ヴァリアーのこと、何ひとつ分かってないモスカにやられるなんて私だったら発狂するわ。

レヴィは勝った。
ボスのことばっかりで8年間飽きもせず報告書を作成していたのを知っている。
まともな任務なんてなかったしそもそも報告するボスがいないのに、レヴィは律儀というかバカ真面目というか、読まれることのない報告書をずっとずっと書き続けていた。

ベルも勝った。
いつもスカした顔してるベルにしては泥臭い戦いぶりだったと思う。本人はぶっ飛んでたせいで記憶がないみたいだけど必死にリングに縋り付く姿は私が代わりに覚えていてあげようと思う。いつか笑って今回のことを話せる時がきたら「あ"っはぁ〜リングぅ〜」って真似してやるんだ。

スクアーロは、負けた。
剣の勝負なら圧倒的にスクアーロの勝利だった。剣士の端くれにもなりきれていない野球少年に剣士の中の剣士であるスクアーロが負けてしまうなんてね。
誰よりもボスが10代目になることを待ち望んでいたのはアンタじゃないの?

マーモンは逃げた。
プライドの高いマーモンは負けを悟って逃げてしまったみたい。またひょっこり現れるんだろうけど、それもこれも今回の結末次第だと思う。


いつも賑やかだった私達はボスが帰ってきてからさらに賑やかになるはずだったのに。ひとり、またひとりと減っていく。知らないデカイのが増えた。静かな部屋にフシューと響くのが不快で外に出れば日が暮れてもうすぐ夜がくるのがわかる。

今日は雲戦。
私なら勝てるとか、私の方が強いとかそういうんじゃない。そういうんじゃないけど、やっぱり何も知らないモスカがボスを守護する者の一角を担うのが気に入らなかった。


「フシュー フシュー」

「……なによ、笑いにきたってわけ?あっち行って、邪魔」

「…………フシュー」


このノロマがどんな戦いをするのかは知らない。興味もないしここまできたらどんな手を使ってでも勝ってもらわないと困る。
もうこちら側に後がないのだ。勝ってボスが10代目になったあとにこのモスカから雲の座を奪ってやるのも悪くない。


のしのしと歩きながら私の目の前を通り過ぎるモスカの手には一輪の花。
綺麗でもなんでもないしそこら辺に咲いてるなんの変哲も無い花は、モスカの大きな手の中にあるととても小さく感じる。

そっと花を置いた場所にはすでに5本の花があった。萎れ具合に差がある5本は1日一本ずつどこかから引っこ抜いてきてここに置いているのだろう。
もしかしなくてもこれはみんなへの花ってこと?


「ちょっと…タチ悪いことしないでよ…」

「…………」

「花、なんて…」


みんなを勝手に殺すな!って怒鳴ってやりたいのに声が出てこなかった。
今日置いたその6本目は自分の分なわけ?戦う前から自分のその先が分かっているのかしら。


「許さないわよ、負けたりしたら。」

「フシュー」

「アンタを倒すのは私よ。アンタから雲の座を奪い返してやる。」


だからこんなところで負けたりしたら許さないから。ボス戦まで繋ぐなんて大役じゃないのよ。本当できることなら私が代わってやりたいわ。ボスにいいとこ見せるまたとないチャンスじゃない?かっこよく決めてボスに褒めてもらいたいわよ。

一度地面に置いた花を再び拾い上げたモスカはこちらに振り返る。


「私に?」

「フシュー」

「なによ、こんな萎れた花をレディーに渡すなんて、なってないわね」


一瞬だけ触れた手は機械のくせに少し暖かくて、確かにモスカの温もりと意志を感じたんだ。


雲の守護者の対決 開幕!!
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