「えールッス行っちゃうの?」
「そうよー久々の日本だわ」
「私は行けないのに?」
「下っ端のナマエが来てどうするの」

 このおバカさん、と立てられた小指が私の額を小突くけどその痛みったら尋常じゃない。その衝撃に思わずルッスに入れてもらった紅茶を零しかけたけどそれを何とかテーブルに置いてからのたうち回った。ルッス的にはこれも可愛い戯れかと思っているが如何せんこの人はヴァリアーの幹部。対する私は普通の身体を持った、精鋭部隊でしかない。筋骨隆々の女子ではない。

 この馬鹿力。
 このバ怪力!

 口で罵ったところできっと怒りはしないんだろうけどめちゃくちゃ痛い。何てことするのだこの人は。おでこに穴が空いたかもしれない、と近くにある鏡で確認したら少しへこんでた。恋人に対してもコレって結構ひどくない!?


「うう、痛い」
「あらあら、それはごめんなさいね」

 確かに私は下っ端だ。精鋭部隊にも何とか入り込めて、今では晴属性の雑用係。日本に行ったところで何もできないだろうけど、相手ってたかだか日本の、私達より年下のお子ちゃまなんでしょう?なら私にだって殺せそうなのに。
 …いや、流石にボンゴレは掟だとかそういったことには堅苦しいからそんな事許されるはずはないんだけど。

 むう、と唇を尖らせるとルッスは仕方のない子ねと言わんばかりに肩を竦めて彼の座っていたソファの隣をぽんぽんと叩く。大人しくそこに腰を下ろすと撫でてくれるその手がとても優しい。
 大きくて、ゴツゴツとしている手。私はこの手が大好きだ。この手で作り出すコレクションも、料理も何もかも大好き。毎日楽しい思いをしているのに、いきなりリング争奪戦だなんて面倒くさそうなものに巻き込まれて皆も可哀想。とっとと本物の半分を寄越して死んじゃえばいいのにとぶつくさ文句を垂れるとルッスが困ったように笑った。


「あなたはちょっといつもお口が悪すぎるわね」
「…だって、本当のことだもん」
「大丈夫よ、私達が負けるはずないもの」
「分かってる。だけど、「ナマエ」…ハイ」

 本当は行ってほしくない。これは私の我儘。恋人としての我儘だ。
 任務なら一緒に行ける。連れていってもらえる。守ってばかりのお荷物ではないし、私はその為にルッスからも体術を学んでいるしそれなりに戦える自信だってある。

 だけどこればかりはどうしようもない。
 私は幹部様方には到底及ばないし、そのリングを所持するのにふさわしいなんて思っちゃいない。
 分かっているし聞き分けも良くありたかったけどルッスと離れるなんて嫌すぎて。しかも日程を聞いたら日帰りでもなく連泊するなんて言われれば私だって不安になる。1日1人ずつとかそんなまどろっこしい事しなくたって混戦にしてしまえばいいのに。暗殺者なのに何で真っ向から戦うシステムにしたんだか。

 私のそんな思いなんてルッスにはお見通しなのだろう。よしよしと背中を撫でてあやしてくれる。子供扱いしないでよと言いたくもなるけど、これはこれで好きなのだから仕方ない。「早く帰って来てね」と肩口に顔を埋めて返すのが精一杯。


「私を信じなさい」
「信じてるよ。だけど、…怪我せずに帰ってきてね」
「良い子ねナマエ。負けはしないわ。私はボンゴレもヴァリアーもあなたも照らす太陽になるのだから」

 私にとって十分、もう眩しいぐらいなのに。これ以上輝いてルッスが他の女の子に色目を使うのはやだなあ。
 そう言って甘えてみせると彼はサングラスの奥で妖しげに笑った。


「本当に可愛い子ねえナマエは」

 呟かれたと同時にこれ以上喋ることを許さないとでも言わんばかりに触れる唇、やらしく撫でられる太腿。
 ソファに組み敷かれ、覆い被されながら私はまだ行ってもいない彼が早く帰ってくることを心の底から願った。
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