そろそろ帰って来るだろう、と食事の準備をし終えた頃、唐突に扉が蹴り開けられた。
宿として利用しているホテルの一室には似合わない、殺気と威圧感がその場に満ちる。
王がお帰りになられたのだ。


「お帰りなさいませ」


深く一礼してボスを迎える。
怒りを抑えられない様子の彼は不機嫌を通り越し、最早たった今殺しをしてきたかのような目をしていた。
それも当然だろう。つい一昨日に会ったらしい日本人が、彼が渇望していた10代目への椅子を掠め取ろうとしているのだから。
ベルさんに貰った写真から伝わってきたのは、愛を充分に受けた気弱そうな少年の笑顔だった。これでは彼の気に障るのも頷ける。


私が思案にくれていると軽食として用意したサンドイッチを完食したボスが私を手招いた。
最近の彼は眠りにつく際は私の手を握ってくる。
眉間の皺は消えないものの、どこか子供のような寝顔を覗かせる彼が堪らなく私は好きだ。


「……私は、」


咄嗟に口を突こうとした言葉を呑み込み、代わりに繋がれた手を強く握る。 珍しく酒に酔った彼から、ほんの少しだけ過去を聞いたことがある。
それはそれは酷く寂しい身の上だった。

けれどそんなもの関係ない。

能力は信用しようとも誰も信頼することはなく、裏切り者には容赦ない制裁を。
暴君と恐れられながらも私達が付き従う程の不屈の信念が彼にはある。
彼は、日陰でしか生きられない者を蔑まず平等に扱ってくれるのだから。
王族だろうと貴族だろうと下民であろうと孤児であろうと、彼にかかれば等しく"カス"なのだから。


そうして日中はずっと眠り、深夜になって彼は起き上がった。 私の手無しでは眠れない彼はどこにもおらず、ここにいるのは怒りに身を焦がしたボスがいる。

私を一瞥もしないまま、彼は部屋を出て行った。
今はもう見えなくなった広い背中に、私は本心を言葉にする。


「私は、何があろうとも貴方を守ってみせるわ。
 武力はないけど、交渉術には長けているのよ。
 何たって貴方から直々に教えてもらったのだから。
 富も名声も地位も、何もいらない。
 私には、貴方の傍にいられる許可さえあれば良い」


だから私はここで待つ。
生き延びることを最優先に。いつまでもXANXUSの傍にいられることを望みながら。

そうして誰にも知られず、牙を磨く。
恋人という立場をどこぞの女に奪われないように。
来客用の紅茶に毒でも混ぜれば容易いだろう。
それで彼に殺されたとしても本望だ。
だって最期に私の目に映るのは彼なんだから。


私――ナマエは今日も、愛しい彼をここで待つ。
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