「ふーん……まあ、頑張れ」

「もうちょっとなんかねえのかよ」


何やらヴァリアー幹部が総出で日本に行ってドンパチかましてくるらしい。我らがヴァリアーのボスが、ボンゴレのボスになるための戦いだそうだ。かなりの一大イベントである、しかしそれで幹部が皆アジトを離れるというのも、残された私達の苦労も考えてくれと思わないこともない。今回の戦いはスクアーロがボンゴレのリングどうのこうのと日本に渡っていたのと関係があるとか。取り敢えずはうちのボスのための戦いだということだろう。幹部でない私はそこまで詳しい話を聞いてはいないし聞きもしない。どうせ聞いても教えてもらえないだろうから。
本来であればスクアーロの部下にあたる私は彼に対して敬意を払った態度を取るべきなのだろうけれど、生憎そういう真面目なキャラは学生時代に置いてきてしまった。それなりの付き合いということもあってか、彼もこうして馴れ馴れしく接する私を咎めないからそれに甘えているのだ。


「大変だね。ボスも、もちろんみんなも」

「どうせオレらが勝つんだから戦うまでもねえような気がするが、ここでオレらの強さってのを知らしめておくのも悪くねえ」

「天下のヴァリアーの力、見せつけちゃう感じですか」

「相手はガキだぜぇ。一方的にいたぶるようなことにならなきゃいいがなぁ!」


スクアーロは楽しそうに自分の剣の手入れをしている。今日の夜にはイタリアを発って日本へと向かうのだとか。その間下っ端である私達はお留守番。下っ端より多少は偉い位置にいる私は、ボスや幹部が不在の間に何かあったらこの身を呈してヴァリアーという存在を守らねばならない。なんというか、そこまでしたくはないので出来れば早いところ帰ってきて欲しいのが本音である。


「楽しそうじゃん」

「当たり前だろぉ。今までどれだけ我慢してきたと思ってやがる」


愛剣を見つめる瞳は真っ直ぐ、鋭く光っている。こいつの視線は剣に似ていると思う。人を刺すような視線と言うか、自分の持つ力に自信があるからこそ瞳に宿る光も強いのだろうと思うが。作り物のように整った横顔をぼんやりと見る。机に派手にぶつけられた鼻も何事もなかったかのように綺麗に治っているあたり、こいつの回復力は色々と常人を超えている気もする。


「まあ、お前はいつも通り必死こいて仕事してろ。どうせオレらが勝利を収めて帰ってくるんだからな」

「はいはい」


――そんな会話をしてスクアーロを見送った数日後の早朝のこと。
枕元に置いていた私の携帯が唐突に鳴り響いた。こんな朝早くに誰だ。こっちはまだ寝ているってのに。寝ぼけた頭で電話に出ると、鼓膜が破れるどころか消し飛ぶんじゃないかという大声が耳に飛び込んできた。


「ゔお゙ぉい!!」

「うるさ……何……まだ寝てたんだけど……」


もっと自分の声量というものを考えてくれないだろうか。自分の声の大きさを理解して欲しい。それと時差というものも理解して欲しい。だと言うのに私の状況など全く気にしないといった感じで、スクアーロは大声のまま電話口で話し始める。周りに誰かいたら絶対ヤバイ奴だと思われてそうだな。


「今晩の戦いはオレだぁ!!やっと出番だぜぇ!!」

「……その興奮を伝えるためだけに電話を……?」


子供か。遠足前に興奮して眠れない子供か。スクアーロの声は明らかにテンションが高くいつもより声も大きい。どれだけ溜まっていたんだろう。あ、いや、なんか変な言い方をしてしまった。深い意味はないんだ。それにしてもすごい声だよね。寝ぼけていた頭がスクアーロの大声で一気に目覚めてしまう。
今晩の戦い、やっと出番、と言うことは乱闘システムではなく一人ずつ順番に戦っていくシステムだったということか。スクアーロも良くいい子にして待っていたものだ。そうなれば、やっと自分が戦えるとテンションが上がってしまうのも仕方がないこと…なのか、な?
だからといってわざわざ私に電話することもないと思うんだけれど。


「いや、戦いの前にお前の声を聞いておこうと思ってなぁ!」

「何その死亡フラグ。まあなんでもいいけど、お土産は日本のお菓子がいいな」

「任せとけ。今のオレは機嫌がいい。山のように菓子を持って帰ってやるから待ってろぉ!」

「うん、楽しみにしてるね」

「……感謝の気持ちがあるなら、なんかもっと可愛い応援はねーのかぁ」

「え?可愛い応援?うーん……がんばれぇ、がんばれぇ」

「なんなんだその間の抜けた応援」

「応援する気持ちはあるけど、でも、私が応援しなくたってどうせ勝っちゃうんでしょ?」

「そりゃあそうだが、分かってねえな」


くつくつとご機嫌そうに笑う声を聞くのはなんだか心地いい。いつもそうやって静かに笑ったり話したりしてくれれば皆の鼓膜に優しいイケメン暗殺者になるというのに。いや、暗殺者だからそういうのはいらないのか。彼が欲しいのは強さだけだろう。自分の見目の良さも分かっているくせにそれよりも力を求めるなんて、ある意味贅沢な男だと思うね。


「ねえスクアーロ」

「何だぁ」

「帰ってきたら豪華に、マグロとステーキでパーティーをしよう」

「祝勝会ってことか?良いじゃねえかぁ!!魚と肉が同時の出てくるっつうのはなんとも言えねえ感じではあるが、まあ豪勢であることには変わりねえ!」


私が応援しなくたって別に勝つときは勝つだろうし負けるときは負ける。スクアーロが負けるとは思ってないけどね。私も案外素直じゃないもので茶化してごまかした応援しか出来ないままではいるけれど、内心きちんと応援しているとも。本当だよ。頑張れスクアーロ。だからまあ、無事で帰ってきてくれたらそれでいいから。生きて帰ってこないことには、マグロもステーキも食べられないんだからね。
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