「おや?少年久しぶりだね」

 怠惰に過ごす大学生は今日も今日とて重役出勤。
 学校に行く前に1本吸っていこうかなーと思った時に彼は現れ、私は手を挙げ言葉をかけた。

 並中生である以外何も知らないこの不良少年は私の数少ない喫煙友達だ。…うん、ホントはダメなんだけどね。ダメなんだけど、ライターを持ってくるのを忘れてて借りたってのがきっかけ。その次は煙草を切らして困ってた顔の少年に1本あげたし、まあ私達はそういう関係。何度も言うけど未成年者にこういうことをするとお咎めは大人である私に全部くるから良い子の皆は真似しちゃいけないよ。
 とまあそんな訳で、今日も今日とて一服したら大学へ向かおうとのんびりしている時だった。

 ふらりと現れた少年は私の顔を見ると「よう」と返事をよこしながらてこちらへやってくる。しかし最後に見た時とはまたちょっと雰囲気が変わっている。
 すっかり私とは慣れた様子だったけど身体はあちこち怪我だらけになってて見てる方が痛ましい。結構強そうなのかなと勝手に思ってたんだけど派手に小競り合いをしたのだろうか。そういやこの前は並中の商店街で黒曜生の子とすごい騒ぎになったって誰か言ってたしさらにこの前は爆弾が落ちてきただの何だので建物の損害が酷いことになってたっけ。並盛本当に大丈夫?って感じ。


「なにそれ喧嘩?痛そうなんだけど」
「風呂はちょっとしみる。痛え」
「だろうねー綺麗な顔が台無しじゃん」

 ちょっと染みるとかそんな問題じゃない。あーあ、男の子ってこんな感じなのだろうか。私は男兄弟もいないし分からないけどさ。
 …勿体無いなあ。
 煙草を銜えたまま鞄から絆創膏を取り出すと少年の右腕にぺたりとつけてあげた。この前映画行った時に貰った絆創膏。あれ、何だっけこれ。銀咎?うん、そんな感じのやつ。まあパッケージこそ銀髪の男が映ってるけど試供品って書かれた中身は本物だから大丈夫だって。「うわなんだそりゃ」と嫌そうな声が聞こえたけど無視無視。
 ぺしんと貼り終わった後に軽く叩くといってえ!なんてしゃがみこむ声が聞こえてこれ絆創膏よりも病院なのかなと私は彼を見下ろした。うんうん、元気なのは良いことだ。


「お姉さんは君を失いたくないんですよ」
「はあ?」
「大事な喫煙友達だからね。ま、ここで1人君の心配してる見知らぬ人間がいたと思ってさ、覚えとかなくていいけど」

 そう言って笑うとしばらく少年は呆けた顔をした。キョトンとした顔でも整ってるんだから本当にずるいよなぁ。そんなふうに見ていると少年はそうか、とぽつり呟いた。
 そうか、そういうことか。少年の独り言の意味は私は知らず。


「獄寺隼人」
「ん?」
「…オレの名前」
「あ、そうなんだ。私はミョウジナマエ。よろしくね」

 そういえば名前って知らなかったんだっけ。大体ここですれ違う人間ってそういう感じ。こういう喫煙所コミュニティってそんな感じ。ここを出ればもう知らない人。すれ違うこともなければ生きている世界だって違う。
 このコミュニティとはそういうものだ。だけど名乗られたならばそれを無視するわけにもいかない。思わず私も名乗ると少年、獄寺隼人くんはおもむろに立ち上がった。近くで話すことはなかったけど案外背は高い。これが中学生なんてほんと信じられないんだけど。
 思わず後ずさりしながら真面目そうな顔をした獄寺くんはいつの間にか私が貼ってあげた絆創膏の上に手を置いていた。やっぱり痛かったのだろうか。


「オレ、絶対勝つから」
「ん?え、まだ喧嘩終わってないの?」
「勝って、帰ってくるから」

 何のことだか私にはさっぱり分からない。え、なに。負けたら死ぬようなそんなやばい喧嘩なの?今生の別れってやつ?
 混乱極めた私はああ、だのうう、だの訳の分からない言葉しか出ない。いつの間にか手元の煙草は火種を落としている。何だこれ、何で私メンチ切られているんだ。近付く獄寺くん、同じタイミングで一歩下がる私。伸ばされた手にギクリと身体をこわばらせたけど別に殴られるわけでも何でもなく私の銜えていた用済みとなった煙草が灰皿へとポイっと捨てられ、代わりに煙草を1本口に含まされた。あ、何だ話している最中に自分の1本無駄にさせたと思ってくれたのか。何て律儀な。
 「あ、どうも」初めての獄寺くんの煙草。にっが。なんだこれ。


「…ええと、よく分からないけど頑張ってね?」
「これ、借りてく」

 私の目の前に突き出されたのは私の煙草ケース。胸ポケットに入れてたのにいつの間に取られたんだ。でも相変わらずポケットには箱の感触があり、まさかとポケットに手を伸ばすといつの間にかそれは私のものではなく獄寺くんの銘柄のものになっていた。っていうか残り僅かなんだけどどうしろっての。私のそれさっき買ったところのほぼ新品なんだけど。


「また明日な、ナマエ」
「……あ、うん」

 彼はいったい何なんだ。私の煙草を人質ならぬモノ質にしてどうするつもりなんだ。
 ぽかんとしたものの何故だかスッキリしたような顔をした獄寺くんから貰った煙草を吸い終わってから考えようと紫煙を吐き出す。そういやこれ間接キスだなと噎せたのは数秒後の話。
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