私の心臓が止まるまで


 はーい貸し出しね。じゃあ2週間以内に返却お願いします。あ、ここに日付と本の題名書いてくれるかな。あ、その本の続き?うーん、今は貸出中みたい。返ってきたら呼ぼうか?了解、じゃあこの予約票に名前とクラスを書いてください。…ん?あ、この前のオススメした本良かった?やっぱり!選んでる本の雰囲気からだったけどきっと好きだと思ったんだよ。またいつでも聞いてね。あ、はーい次の人。あー…それ閉架書庫の分だから後で来てもらっていいかな?先生が来たら伝えておくから。ごめんね。

「……よし、終わった」

 いい加減私は給与というものを要求しても文句が言われないんじゃないか。カウンターに並ぶ人が全員居なくなったことを確認してからようやく息をついた。
 週明けの月曜日なんていっつもそうだ。土日に読み終わった本を返しに、新しい本を借りに図書室へやって来てくれるのは嬉しいことだけどせめてもう少し人の多い時間帯を避けるだとか何とかしないとこちらとしても授業があるから困ったもので。

 ちらりと時計を見てまだ授業の始まる10分前であることを確認するとカウンターの前にこの時間帯は貸出出来ませんと書いたミニ看板を立てて私もそそくさと立ち上がる。大体昼休みに図書室へとやってくる人と言えば常連なものでカウンターに私が居なくても図書室で私の姿を見ればこっそりと本を持ってくるという有様。私も本好きの同志を無碍にすることはできず結局貸出処理をしてしまうのだけど、それでも立ち上がるのは一応些細な抵抗なわけだ。

「副委員長、では先に失礼します」
「ん、お疲れー。じゃあまた放課後によろしくね」
「はい!」

 大体、こんなに人が居るというのに私一人に負担が大きいとは思っている。中学3年生となれば受験もあるしもう少し他の人も手伝ってもらったらいいのに。
 本来であれば図書委員長がこの昼休みを、そして放課後になれば他の図書委員と副委員長がペアになってこの貸出処理を行うというのが私達図書委員の役割なんだけどその副委員長である私が毎日のように出っぱなしなのも大きな理由がある。

 図書委員長、入院中。

 何とも情けない理由だったけど去年から笑えないほどに物騒な事件が何度も起きた。風紀委員が狙われたり、いかにも強そうな子達が入院になったり。それが落ち着いたと思えば今度は全ての委員会の委員長が狙われてしまった。
 しかもうちの図書委員長、少し柔道の心得があったらしく少し奮闘したものの最終的には図書室に行くまでの廊下で半裸血まみれで倒れていたと。
 これはどう説明したらいいんだろう…と委員長会議に出たところ他の委員会の委員長も全員そういう目にあっていたらしく出席はまさかの雲雀くん以外全員が副委員長という思わず笑ってしまう事態になったのだ。

 まあ雲雀くん曰く『もうこんな事はない』らしいので安心はしているんだけど、委員長がいなくなったとあれば結局副委員長の私が実質のトップ。本当は補佐の方が色々自由に動けて便利だったんだけどなあ、と思いながら日々本好きの皆の相手をしている、というわけだ。

 本のことは大好きだ。
 昨今はインターネットで読める小説なんかが流行っているようだけどぺらりぺらりと手でめくるあの紙の感触が好きだし鼻孔をくすぐる印刷の独特な匂いも、随分と昔に発行された本特有の黄ばみも、何もかもが好き。私みたいな普通の人間でも本を開けばたちまち魔法使いにもなれるし、犯罪者にもなるし警察にもなる。突然猫にもなったこともあれば吸血鬼になる。そんな空想に耽る時間が好きで、結局3年間図書委員を続けたのだけどまあ去年からの事件に文化系委員会も体術が必要かしらと本気で思いはじめてもいる。あ、もちろん運動は苦手だしそんな事出来やしないんだけど。

「まだ行け、…ますか」
「ああ、いらっしゃい。本、決めてあるなら待つよ」
「……ッス」

 突然本好きがにょきっと現れる訳がなく、結局図書委員は毎年同じような顔ぶれが集まってくるし、図書室を利用する人間だってあまり変わりはしない。大体ここを通る人間を私はやっぱりずっと見てきたし、そうなれば借りている本を見てどんなお話を好むのかっていうのも分かるようになる。趣味は人間観察です、なんてこっそり言えちゃうがぐらいだし例えばこの眼の前にいる少年の事を当ててみせよう。

 彼の名前は獄寺隼人くん。
 名前と学年、クラスは本を借りる時の貸出カードを見てしまうのでそれだけは間違いない。借りている本はことごとく不思議なものばかりで、怖そうなのに宇宙人とか信じているタイプと見た。
 性格は、…そうだなあ必要な事以外話した事はないけどちょっとぶっきらぼうだしあまり友達は居ないかも。もしくは上下関係とか究極に苦手そう。一応敬語を使おうとしてくれる意志はみてとれるので真面目なところもあるみたい。あとはその装飾品と言いきっと不良なんだろうな。通り過ぎたその横から仄かに香る煙草のにおい。よく先生に怒られないんだなと逆に感心してしまう。それに風紀委員からすればアレ、アウトでしょう。まだ雲雀くんの制裁に合っていないだけなのかもしれないけど。

 とまあそんな感じで去年からかな、図書室に通ってきてくれているとても容貌の整った年下少年が昼休みや放課後にちょろっと遊びに来てくれるのが実は少し楽しみだったりする。
 とにもかくにも、彼の借りる本の面白いこと面白いこと。誰も借りたことのないような本ばかりどうやって探してきたんだろうっていうものばかりカウンターに運ぶものだから申し訳ないけどもっと話しかけやすそうな顔をしていたならば私はきっと色々聞いていたことだろう。だけどカウンターを挟んで私は図書委員、彼はあくまでも利用者。時間も時間だし話す機会はないけどやっぱり今日も宇宙関係の図書を借りていてブレないなあと思いながら貸出処理を速やかに行う。

「いつも利用ありがとうね」
「…先輩は普段何読んでんすか」
「えっ」

 だと思っていたのに突然のそれにそのままうっかり手続きする手を止め、私に声をかけたのかと確認するために座ったまま彼のことを見上げた。
 いつも彼個人の貸出カードに書いている隙にちらっと見るだけだったけど真正面から見るととんでもなく整った容姿をしている。本当に年下かと思ってしまうほどの色気が感じられて思わずゴクンと生唾を飲む。

「あ、これ私の貸出カードなんだけどね」

 慌てたものの聞かれている内容には答えなきゃと私も自分の貸出カードを取り出してこんな感じであると見せた。ジャンルがバラバラすぎて説明も出来ないけどある程度本を読んだことのある人間ならば何となく私の好みが分かるんじゃないかと期待する。
 「どうも」ボソボソと話される獄寺くんの声は低くて少しだけ聞き取りにくい。そのまま私の事を見ることもなく視線が差し出した手元のカードへと走る。何というか…自分の趣味を目の当たりにされるのって少し恥ずかしいような気もしないでもない。変な本借りてなかったよね?と思わず不安になりながら改めて見返してみたけど別に何もなくて安堵する。

「えっと、私のオススメは」

 チャイムが鳴ったのはその時だった。ハッとしたように椅子から立ち上がり獄寺くんと一緒に図書室から出る。昼一の授業始まりの予鈴だからいいけど早くしなきゃここから私の教室は遠いんだった。
 ガチャガチャと鍵をかけながら、だけど後ろで獄寺くんが居ることにも気付いていた。待ってくれているのだと分かると余計焦ってしまうというのが人間である。

「獄寺くん気にせず教室に戻ってね。遅れたら怒られちゃうよ」
「じゃあまた明日」
「ああ、うんそれ2週間貸出だからごゆっくり!」
「明日来ます。ミョウジ先輩」

 ああうん了解。曖昧に返事をし、鍵をかけた後、私は今の獄寺くんの言葉を反芻しボッと顔が赤くなっていくのを感じていた。
 あれ、私何で名前呼ばれたんだっけ。名前、…名乗ったっけ。ああ、貸出カードの名前を見たのか。なら私と同じ知り方か。…ってあれ、私いつの間に獄寺くんと話すようになったっけ?
 バッと振り向けばすでにそこに獄寺くんは居なくて、何ということだと頭を抱えることになる。

 彼、きっと海外育ちの子なんだ。

 絶対そうだ。そうに違いない。きっと友好的な彼なりの挨拶だったのだ。だけど悲しきかな男の子とロクに話したことのない私には如何せん刺激が強すぎた。
 今のは狡すぎるんだと、私に対して別に何の意図もなかったに違いないのだからと言い聞かせながら赤らめてしまった頬を両手で挟み、教室に向かって猛ダッシュする。



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