それはとある任務の後の事だった。
 相変わらず用事を終えるととっとと姿をくらますか俺が追いかけようとするものならば驚くべき速度で逃げていく真尋だったが今日は俺も作戦がある。

「…砥げばいいんですね」
「ああ、悪いな」
「そういう事でしたら任せてください」

 こいつは俺のことには何の興味もなく、しかし恐ろしい程に剣に関しては愛着がある。
 あのフランベルジュの件も結局そうだった。真尋という剣士は少し変わっていて、俺のように同じ剣を振り続けることに対して何ら執着していない。あいつはあくまでも剣ならば何でもいいタイプなのだ。
 武器庫にぶちこまれているのは主に俺達雨部隊の人間が任務先にて気に入って持ち帰ってきた物ばかりで、基本的には申請すれば誰が何を使おうと自由だった。剣士であると申告した人間にはそれとは別にロングソードが支給されることになっているのだが真尋はそれだけじゃ飽き足らずその武器庫に置かれている剣を任務の際は日替わりと言っていいほどに持ってくる。お陰で俺もこんな武器があったのか、と驚く日々だ。

 今、そんな真尋は俺の部屋に居た。
 だからといって別に今から俺が長い間望んでいた事ができるわけでもない。そんな色事が出来るような事案ではない。
 正直そろそろ俺のこの努力も実を結び真尋を抱く事ができりゃいいんだが未だこいつの肌を見るどころか触れることすらままならねえ。否、その前にまず俺の気持ちがこいつにちゃんと届いているかどうかの問題か。

「流石、設備が整っていますね」
「真尋がまさかそんな器用だったとはな」
「…知っていますか隊長。こいつ本来は驚くほど不器よ「大和」…なんでもありません」

 大和を使い真尋を呼び込み共に3人仲良く並べてある多種多様の剣を砥いでいるという現状である。自分の得物を手段にしたのは若干気が引けたが形振り構ってなどいられるか。少しでも共通点があるのであれば、興味があるものが俺の手元にあるのであれば遠慮なんざしてられねえ。
 ガガガ、ギギギ、お世辞にもあまり心地いいとは言えない音が響く中、錆びた武器が磨き上げられていく。俺も自分の剣ぐらいはメンテナンスもするが流石に他の種類の武器となると若干手を加えにくい。
その点真尋は自身でも色んな武器を使っていた所為か器用に砥いでいくのをぼんやりと見ていた。

「……スクアーロ隊長」

 どれだけ経った頃だろうか。俺の部屋に持ち込んだ武器の大半が綺麗に磨き上げられた後、ふと真尋が顔を上げる。眉間に皺を寄せていたものの真尋が俺に声をかけることなんて滅多となく俺は少し不安になりながらも真尋を見返した。

 …何だあ?
 部屋は真尋を呼ぶと分かっていたからそれとなく片付け、見られりゃ困るものはクローゼットの中に全部ぶっこんだつもりだったが。
 真尋が座ったままの状態から四つん這いで俺の方へと2歩、3歩。一体何事かと思って、…つうかそのまま顔を上げられればかなり際どい場所に当たる訳なのだ、が。
 突然のことに何も反応出来ないでいる俺、面白そうに見守っている大和。一体真尋は何を見つけ、………

「これ、何ですか」

しかしながら俺はそこで時間が止まったような感覚に陥る訳である。真尋が見つけたのはベッドの下に隠したつもりだったものの一つであり、一番見つかってはならないものだったからだ。真尋の親指、人差し指に挟まれ持ち上げられたのは透明な袋。スライド式のジッパーによって保存されたものは深藍色の毛束。
 いつかの任務の時、俺の探し求めていたフランベルジュの女の名をマリアだと勘違いしていたあの日の任務のときに手に入れたものだ。マリアと名乗った真尋に対し貪るかのように口付け、そのまま髪に手を差し入れたまま気を失った俺の手に残されたもの。恐らくは俺が髪から手を離さなかったものだからこいつ自身が斬ったのだがそれを俺は持って帰ってきて律儀にこうやって保存していた訳だったがまさか今此処で見つかるなんて誰が思っただろうか。

―――不味い。

 つ、と流れる冷や汗。
 どうにか無関心を装ったものの笑いをこらえきれていない大和の顔が心底憎らしい。

「……きもちわる」

 真尋だってこれが誰のもので、いつ手に入れたか分かっているのだろう。だからこそ不愉快だという表情を隠すこともなくそう言い放たれる。

 …いや、そう言いたいのも分かる。非常にわかる。俺だって全然興味のねえ女に髪の毛を保存されそれを尚且つ寝室に置かれているだなんてわかったら背筋も凍る。
 何なら女であっても関係なく気持ち悪いと言い放ち金輪際関係なぞ持たねえに違いない。ならばこいつだってそう思っているのも当然な訳で。
 しかし現状、証拠を手に持たれている以上隠しようがない。俺のものだ返せなど誰が言える。これはやばい。これは非常に、不味い。何と言い訳をしてこの場を切り抜ければいい。
 「…仕方ないですね」真尋のピリピリした空気が不意に和らいだのはしばらく経ってからだった。
何だ、今回のことは不問にでもしてくれるつもりなのだろうか。よく分からねえが助かった!と顔をあげたその時だった。

「大和」
「合点承知之助」

――…シュボッ!

 俺が真尋と目があったその時には既に真尋の手にあったものは炎により勢いよく燃え上がっている。おい人の部屋で何をライターつけてやがる。臭え。焦げ臭え!まさか阿吽の呼吸でジッパー袋が燃やされるなど想像もつくものか。

「っおい!」

 慌てて立ち上がり真尋の手からそれを取り上げたが時既に遅く。
 燃えカスが俺の手のひらにハラリと落ちただけとなってしまった。俺が何をしたってんだ。この髪に何か罪でもあったっていうのか。お前もだ大和。何真尋の味方をしている。お前はコッチ側だろうがあ!

「う゛お゛ぉい!テメエらなんてことを…!」

 あの髪を見て何かいかがわしいことをしてきたつもりはない、とそれだけは神に誓ってやる。しかしあれを見ていつかマリアを、正体が分かってからは真尋をと思ってきたのにこの仕打ちは流石にねえだろう。鬼から、鬼畜の所業か!

「私の髪の毛ですけど、…文句があるならどうぞ」

 しかしながら、悲しきかな相手は真尋。
 言えるものならば、と冷めきった目でそう言われてしまえば俺は何も返すことが出来るはずもなく。がっくりと項垂れ「悪かった」と涙を飲むのだった。


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