「何だぁここは」
「いかがわしい事をするところならばあなたの得意分野でしょう」
「お前俺の事を何と思ってやがる」
「聞きたいですか?」
「……いや、いい」

 別に今まで真尋と共に居たわけじゃない。
さっきまでこいつとは別の任務に行っていたし何ならそれも無事に終え、ベッドに転がりこんだところまでは記憶にある。随分と疲れていてすぐに眠りに落ちたことも分かっている。
 気がつけば俺は四角四面、真っ白な部屋に閉じ込められていたというわけだ。
 あまりにもの白さにどこまでがその奥行きがあるのか分からないほどで、しかし壁に手を添え歩いていると思ったよりも狭い部屋であることに気付く。

 そして驚くことに、俺一人じゃなかった。
 まさかそこに真尋がいて、俺と同じような事を考え壁伝いに歩いていたとは思ってもおらず突然のその顔に俺は悲鳴をあげかけたし、真尋も真尋で目をまんまるにしてこちらを睨みつけている。そんな有様だった。
 ちなみにこれはもしかしなくとも夢かと思った俺は欲望のままに真尋に触れようとしこれでもかというぐらい思い切り横っ面を叩かれた。
 XANXUSにはよく瓶をぶつけられたりテーブルの角で額をやられていた過去もあり、俺としては痛みになかなか強くなったつもりだがまさか惚れた女に手を出しかけたとは言え未遂の状態で大きく振りかぶられるとは思ってもみない。

 結果、精神に大ダメージ。
 ついでに今鏡があるのであれば俺の頬は真尋の手の形に腫れ上がっているに違いない。拳で殴る女なんざ聞いたことねえよ。さすがの真尋もこれには申し訳ないと思ったのかすぐに謝罪はしてきたが元はと言えばお前だろうという表情は止めはしなかった。
 まあそんな感じで、今に至る。

「――…ヒントはこれだけ、か」
「扉はあるものの我々の武器も匣もなし。素手ではアレの破壊も難しそうですね」

 小難しい顔をしている俺たちの前にはいかにも頑丈そうな扉が一つ。恐ろしいことにそれしかなかったのだ。通気口もなければカメラのようなものもない。ならば俺達2人を閉じ込めたのは一体どういう目的なのか。そもそもどうやって俺達は連れてこられたのか。
 訳も分からないままとりあえず大人しくいるのは俺も真尋も武器一つ何も持っていない手ぶら状態だったからだ。そうでなければ今頃この扉をどうにかしようと斬りかかっているに違いねえ。

 今のところ何もかも分からなかったがその扉の前には同じく真っ白な紙に、恐らくこの扉が開かれるであろうヒントが残されていた。
 最初は俺が見つけ、それに目を通し固まっていたところに真尋がひったくって同じように固まったのをこの目で見た。ピシリ、と。完全に音を立てて固まる姿を俺は初めて見た。
 今はどうにか復活したのかその紙切れを手で弄びどうしたものかと溜息をついている。

「好きなところを言い合うって…無い場合というのを考えていない浅はかすぎるお題ですね」
「…ああ、そうだなあ」

 非常に面倒な事に巻き込まれた。そう感じ取れる表情を真尋は一切隠すことはなかった。
 腕を組み扉を見つめること数秒。俺はその横顔を見ながら別にこいつとならばいつまでも閉じ込められても構わないとすら思えるわけだがそうなると今度は理性が保たないことに気付く。本当にその紙切れに書いてある通りのことをすれば出してもらえるのであれば俺にとっては簡単なことだった。要はいつも思っていることを言えばいいというわけだろ?
 問題はこの隣にいる真尋がそんなこと一つたりとも思ってもいないということだった。
 無い場合云々と本人の目の前で言うお前のその人を思いやる心ってのもないことは俺もわかっていた。こいつにコミュニケーション能力たるものを望んではならねえし気遣いなんかも微塵も、特に俺相手にはないということはわかっていた。
 が、改めて口に出されると傷つくモンは傷つく。
 …終わった。どうすりゃいい。
 ここで俺が何か見返すようなイベントが発生すりゃいいんだがそんな事まで期待はしていられねえ。

「真面目なところ」

 とん、とんと自分の腕を叩いていた真尋がそれを止め、俺の方を見ると突然口を開く。
 突然のことに何事かと思って真尋と視線も合わすが何を考えているのか相変わらず読めやしねえのはルッスーリアに似ているのか。

「いつも隊員全体を見て誰も遅れをとらぬよう見ているところ、それでいて自分は1歩後ろを歩み彼らに手柄をとらせるところ、実は匣兵器の動物とは仲良くしているところ、任務後には一人トレーニングルームに行き稽古をする勤勉なところ」
「…おい」
「意外と剣の扱いには繊細なところ。武器庫の剣を定期的に片付けに来ているところ。掃除も地味にしているところ。たまに墓場に話しかけに来ているところ」
「真尋」
「あと、…何ですか?扉開くまで続けなければならないのでしょう。ちょっと黙っていてください」

 貴方がない分は私がどうにかして言いますから。
 そう言われて俺は思わず自分でも驚くぐらい固まった。

 今、こいつは何を言った。

 何でこいつはそう思ったのか。

 俺が今まで真尋に対しアピールしていた全てが届いていなかったということでもあり、今ここで並べられているのは俺が誰かに評価されようとしていたことではなかったことであり、また、


 ――…真尋が、俺のことを見ていたことであり。

 それから、…俺の自惚れでなければ今発言しているのは俺の好きなところ、というわけで。
 理解したと同時に俺らしくもなく顔が赤くなっていくのを感じ思わず真尋から目を背け腕で自分の顔を隠す。
 …不意打ちだ。それはズルすぎんだろぉ。恋愛方面に、という訳ではないことは知っている。分かっている。流石にそこまでは思い上がっちゃいねえ。が俺の行動のことごとくを好意的に見てくれているということは。

 不思議そうな顔をしてこちらを見る真尋には説明することなく、締まりのない表情をこれ以上晒す事のないよう口に手を遣った。
 「スクアーロ隊長?」俺の行動に小首を傾げるお前に、この言動はきっとまだわからないだろう。お前の事で今後何度頭を悩ませるかたくさんあるだろうがそれだって構わねえさ。だから、

「待ってくれ。俺もあるから」
「…しかし」
「無理なんてしてねえし、お前があって俺に無い訳がねえだろう。だから…聞いてくれるか、真尋」

 触れられたら逃げるのであれば触らない。
 理性はもう小指の爪程度ぐらいしか残ってねえがお前に嫌われるぐらいならばそれでも耐えてみせる。

 俺がお前のどこが好きか、なんてお前の倍以上ある。数が全てではないが言葉にすりゃそれはそれは数え切れないぐらい、何もかも好きだ。全部全部、好きなんだ。その目も、俺には決して向けることのない笑みも、困った顔も、仲間の死を辛そうに耐えていたその表情も、剣を楽しげに振るうその様子も。

 今、それら全部を言えるという絶好の機会があるならば。


「真尋、俺は」

 ガチャン

 俺達の前にあった扉が大きな音をたてたのはその時だった。訝しげな表情を浮かべながら真尋がその扉に手をかざすと音もなくそれが開いていく。

「…開きましたね」
「……ああ」

 どうやらタイミングには見捨てられているらしい。そもそもここは好きなところを言い合うまで出れない部屋じゃなかったのかよ。
 俺はまだ何も言ってねえというのに…もしかして俺はサトラレか。この扉じゃなく俺は真尋に、知られたかったがな。

 ハアと大きく溜息をついた俺の後ろ、真尋はゆっくりついてくる。さてこの先どうすれば元の場所に戻れるのかは分からないが取り敢えず行くか。
 いつかお前に、俺が思った事全部聞かせるからな。絶対離すことはねえし、今はまだ無警戒で無防備なお前に手を出すことも、何も出来やしねえが。

 ――…覚えてやがれ。


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