記念の日などあってないようなものだ、というのが俺の持論だ。
 女側の誕生日だとかそういうのがあるとするならばまあ贈るべき物があるだろうがそれ以外は特に気にしたこともない。向こう側からやって来る場合は特にそうだ。どうせ向こうとすればそういった日にソワソワさせたりだとかするのかもしれねえが俺にとっちゃどうでもいい。
 覚えるのが面倒くせえし、何よりこっちはヴァリアーの人間。例え大事な日だろうが何だろうが任務があればそれを最優先するし極端に言えばセックスの最中であろうとも急を要した場合は予定を早める場合だって有り得る。途中で抜く?そんな事するかよ。出すモンはきっちり出していかねえと任務に響くからなあ。

「おや、こんなところで珍しい」

 その点、精鋭部隊の女と付き合っている時は非常に楽だった。俺の事を知っているともあり文句は不満はあったのかもしれねえがそういったことを表に出すこともなく結局あいつが任務で死ぬまで平穏に過ごせたような気がする。それも随分前のことで若干の美化はされていたのかもしれねえが。
 という訳で何つうか俺は記念日というものに非常に鈍感になっていた。最近に至っては行事ごとなんざ気にしたこともなく生きてきた訳で、それが何故かと言うと俺が気になっている女が全くそういったことを俺以上に気にすることがなかったからだ。

 真尋という女は、全てに対して頓着しない。

 敢えて言うのであれば武器ぐらいなのか?その程度ぐらいの認識しかなかったがそれは強ち間違いではないような気もする。あいつの存在を知ってから早半年以上が経過し何とか近付けないかと思案したがことごとく失敗に終え、今に至る。どころか今はまだ逃げられている最中で、姿を見つけすぐに追いかけたとしてもものの数秒、次の角を曲がられた瞬間には姿を消しているという有様。実はヴァリアー邸の至る所に隠し通路があってそれをあいつは全て把握しているんじゃねえかと思えるぐらいだったがまさかそんな事はねえだろう。

「真尋は此処に居ねえのか」
「え、真尋ですか?」

 てっきり大和の傍に居るものだと思ったが目論見は外れ、どうやら真尋は居ないらしい。武器庫へと出向けば高確率で会えると思惑は物の見事外れ、武器を選んでいる大和と鉢合わせになっただけだった。

「そういえば隊長、誕生日なんでしたっけ」
「祝うんじゃねえぞ。野郎からは受け取らねえと決めている」
「はは、そんな事言ったってめでたいことはめでたいですよ。おめでとうございます」

 野郎が年を食ったところで何も美味いことなんざねえ。
 ちなみに真尋の誕生日を調べようとしたが当の本人が言わないのはもちろん、事務所の方でも真尋の情報は既に棄却された上にあいつと仲のいい人間は残念ながら居なかった。ルッスーリアや大和ならば知っていただろうがこいつらが俺に情報を渡す訳がねえ。それなら本人に聞けと言われて振り出しに戻るという羽目になる。

「で、何ですか。真尋に祝ってもらおうと?」
「……」
「図星って訳ですね。まああいつも隊長の誕生日は知っていたと思いますよ。最近の隊長の言動を知ったお節介な隊員が知らせているのを見たことがありましたし」
「…知っている上で、逃げられているってことは」
「まあ、ご愁傷様ですって感じですね」

 ははは、と笑われ頭上からデカい石が落ちてきたような衝撃。分かっていたことだけに改めてショックを隠しきれない。世の女共なんざ俺には何も関係はなかったが少なくともこれまでに俺と付き合ってきた女はこんな気分を感じていたのだろうか。過去に戻る装置などねえしこれまでに後悔をしたことはなかったがほんの少しばかり奴らにすら同情する。

 こんな虚しい気分になるのか。
 こんなに焦がれているというのに何も得られることはねえのか。

 真尋と付き合っている訳じゃねえが少なからず俺の気持ちの一端はあいつも知っているはずだった。それでいて最近は出会った直後に比べると然程嫌われていないという自信もあり、今の状況は割と俺的には結構耐えきれないほどのダメージとなっている。

 せめて一言貰えれば満足、だったんだがなぁ。

 そう考える俺を女々しいと嘲笑いたければなら嘲笑えばいい。
 とはいえ人間とは欲深い生き物で、もし求めていた祝いの言葉が貰えれば貰えたで次にまた何かを求めちまうのは極々自然な欲求だと俺は思っている。ならば少しは飢えた状態の方が良いのかもしれねえがそれは俺が嫌だった。今すぐ会いたい。話したい。出来ることならこの手で抱きしめることが出来たなら。

「あいつが居ねえならここに用はねえ。邪魔したな」

 今年は収穫なしか。分かっていたっちゃ分かっていた結果にガックリと項垂れ部屋をあとにしようと回れ右をしたその背中から「スクアーロ隊長」と何も考えてはいないだろう大和ののんびりとした声がかけられる。

「今更ですが何か欲しいものはありますか」
「野郎からは何も受け取らねえ主義だっつってんだろ」
「じゃあ真尋からは?」
「……全部」
「ブフッ、あ、失礼。本当隊長って分かりやすいですね」

 じゃあ最後に、と楽しげな顔をしたこいつが恨めしい。お前は真尋と小さい頃から知り合ってるからそんなことが言えんだ。なんて悪態をついたところで俺と真尋の距離が未だ変わることはない。

「そういやさっき、真尋が例の墓の所へ行くと言ってましたよ」
「な、」
「今からゆっくり、隊長も墓を見に行くような振りをすれば出会えるんじゃないですか?」

 それを先に言え!
 突然の情報に思わず大和の頭をわしゃわしゃと撫で─当然嫌がられたが─俺は奴の言った通り墓を参りに行った風を装うために部屋へと猛ダッシュする。時間がねえ。時間が惜しい。今すぐ時を止めるスキルとか俺に宿ってくれ。手には何を持てばいい、不自然じゃねえ持ち物っつったらアイツらには酒か!?花なんざ用意もしてる訳でもねえ、その辺の雑草でいいか!?そういや新品の酒なんざ持ってねえが俺の飲み掛けでもいいだろ!急げ、急げ、急げ!真尋に自然にかち合うために。逃げられねえように!頑張ってくださいね〜なんて余計なエールを一応受け取り俺は部屋へと急ぐのだった。


ロマンチックにきましょう


「だとさ」
「……お節介な隊員、ね」

 誰のことだろうねと不満げな表情を浮かべながら物陰からふらりと現れた彼女は不機嫌そのもので長年の仲であるはずの思わず大和も苦く笑ってしまう。
 一応これでも応援はしているのだ。もちろん面白いからというのが一番だったし、応援の先は彼女ではなく上司であるスクアーロだったのだが。初耳と言った顔ではなかったのは先日から確かに大和を筆頭に他の隊員からもどうやら彼の誕生日なるものを言われ続けていたからなのだろうが、今日にしてようやくその意図を汲んだ…否、本人による欲望丸出しの台詞で分からされたと言うべきか。
 どうせ私から何をあげたって喜びはしないと決めつけていた彼女にとっては今の会話はさぞ頭が痛いことだろう。

「お世話になってる上司に一言いってやればいい」
「世話になってない」
「まあそうか。でもあんな隊長見てお前は放っておけないだろう?」
「……」

 無言は肯定。
 そうだ、彼女は確かに行事ごとなどには無関心ではあるが他人に対して無情だと言う訳ではない。寧ろ情を持つことを恐れるが故に一定の距離を取ろうとしていたぐらいなのだ。彼女は優しすぎる。そして、自身に好意を寄せる人間を本当の意味で拒絶することが出来ないのもまた、彼女の甘さなのである。
 「ほら、真尋」足でつついた先の壁がまるでそれを合図のようにして横に開く。この辺りの隠し通路に関しては大和の方が把握しているのだがまさかこんなところにもあったとは。そして、恐らくその先は。

「…先回りして、言えばいいの」
「それが何より隊長が喜ぶ」
「どうだか」

 未だ自分に自信がないのか、はたまた彼の好意を疑っているのか。どちらにせよ早く行かなければ自分の言葉が嘘になってしまうし、そうなると不機嫌な上司が自分に八つ当たりしてくるのも目に見えるようだ。ポンポンと彼女の背中を押し、早く行くよう促すとハアと大きな溜息一つ吐き出し彼女は言われるがままにその通路へと姿を消した。

 3月13日、S・スクアーロの誕生日。
 数分の後、彼の喧しい嬉し紛れの咆哮がヴァリアー邸に響いたのだがその詳細を知る者は誰も居ない。


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