人間、本気で驚いた時には何の反応も出来ないのだと身をもって知る。俺の目の前…つうか、俺の下には絶賛アタック中の真尋の姿。こいつもこいつで相当驚いているのかキョトンとした表情を浮かべていてそれがどうにも愛おしい。
 時が止まっているかのようだ。できることならあともう少しこれを堪能したいのだが。

「…真尋」

 俺の理性は、かなりギリギリだった。




 なんつーか、これは想像もつかなかった事故だ。
 たまたま真尋の機嫌がよく、たまたま俺の腰に引っ提げている剣が少しガタがきていて、研いでくれると自分から言ってくれたのだ。元々古いものだったが真尋との手合わせでトドメを刺した。そんな古い剣だ。正直言って何の変哲もない、特に思い入れもない、武器庫からたまたま見つかった在り来りのタイプ。手にはそこそこ馴染んだし、いつも任務で用いるものと形も似ていたから選んだって言うただそれだけだったんだが真尋の部屋へお呼ばれすることになったきっかけのモンになったわけだしこれは家宝レベルに引き上げてやってもいい。

「その辺に座っていてください」

 着替えるでもなく隊服を着たままの真尋は男を部屋に呼ぶことなど特に気にはしていないようだった。もう少し警戒心を持ってもいいとは思うが…まあこいつの実力があればやましい事をやらかそうとする輩などほとんどが返り討ちにあうことだろう。ただでさえ特化した素早さを持っている上にこいつは身の丈ほどある剣を片手で易々と振り回せるほどの腕力まで兼ね揃えている。襲い掛かるなら俺だって気合をいれなきゃならねえに違いない。もっとも嫌われることを恐れている以上、そんな無謀なことはやってられねえが。

 そんな中で真尋の身体がぐらりと倒れかけ、俺が手を伸ばしたのは珍しくも下心が一切含まれていない、単なる事故だった。

 恐らく、ただ足がもつれただけだ。それに転んだところで大した怪我になることもなかったはずだった。だが惚れた女が転びそうになったらそりゃ手だって伸ばす。自然なことだ。――ついでに俺も体勢を崩し、2人そろってベッドに向かってダイブすることになったこと。それだけは俺も想定外の出来事だった。

「…悪い」
「……いえ、こちらこそ」

 静かなものだった。
 俺の髪が真尋の黒い髪と交じり合い、まるで閨を共にしているような、そんな感覚にも陥る。それに加え、この近さ。手合わせ上がりで火照った2人の身体。――抵抗しなかった、というのは俺だけがそう感じ取っただけで後々考えれば真尋はただ驚いて何もできなかったのだと思う。あとは…そうだな、この一連の流れは自分が引き起こしたのだと判断し、どうしていいのか分からず困惑しきっていた。そういうところだろうか。
 だが、この時の俺は少なからず興奮していた。情けなく受け身を取れていなかったせいで俺は幸運…不幸……いや、これまでの頑張りに対する褒美なのか真尋の胸へ埋もれる形で硬直してしまっていたのだった。
 汗ばむ身体。
 浅く上下する小ぶりな胸。
 真尋の裸体を見たことはない。以前共に日本へ向かったときにはバスローブ姿を見ることとなり何度か迅速に抜く羽目になってしまった、という苦く青い記憶があるが、それよりも今の方が昂っている。つうか一瞬で勃った。驚きの反応速度だ。しかも、―――しかもだ。

「……っ!」

 顔をあげればあの真尋が顔を赤らめている、だと。
 これはさっきまでの運動のせいじゃねえ。間違いなく今の状況を理解した後の反応だ。どこに視線をやっていいのか分からず彷徨わせ、おろおろとしたその様子はまるで初な少女。…元々、こいつに男の経験がないってことは知っていた。そんな暇もなかっただろうしあの殺伐とした職場環境じゃ異性つっても大和とトレを除けば年の差はかなりあっただろう。あいつらと関係があったとは到底思えもしねえ。

 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

 理性はとっくにブチ切れている。真尋の部屋、真尋の匂い、そしてこの表情。何もかもが俺を魅了し、煽っているのだ。いつも通りの表情で俺を見上げていりゃこんな事にもならなかっただろうに、あろうことか俺の目の前でそんな無防備になっちまったこいつが悪い。

「……ん、」

 先に目を瞑ったのは真尋だった。
 これは受け入れる態勢なのだと俺はすぐに判断する。―――長かった。本当に、長かった。これまでどれだけアピールしてきたことだろう。これまでどれだけこいつに愛をささや…けまではしなかったが好きだと伝えてきたことだろう。触れたくても、怯えさせぬよう、嫌われぬよう我慢してきたことだろう。ようやくそれが実ったのだ。これで解禁されたようなもの。これでようやく真尋の身体を隅々まで貪ることができる。

「……真尋」

 そうして俺は、ゆっくりと真尋の頬へと手を遣り―――。


 バチンッッ!

 とんでもねえスピードで振りかざされた拳を避けることなどできるはずもなく。
 目を瞑ったのは俺を受け入れたわけではなくこれ以上近付けば殴ってやろうという真尋なりの意気込みであったらしく、また俺の視界の外ではそれはもう強く強く拳が握られていたようだった。興奮しきっていた俺がそんなことに気付くはずもなかったのだが。
 勢いよくベッドから転がり落ちる俺、虫を見るかのような冷たい眼差しで俺を見下ろす真尋。言い訳の余地などあるはずもなく。

 後日、ビックリして体が動かなかったのだと強く主張する真尋及びその保護者二名にこってりと絞られることになるがこれはまた次の機会にでも話してやろう。……そう、俺はガラにもなく傷心中なのだ。
(2020.8.27)



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