「悪いわね、また仕事を頼めるかしら」

 慣れぬ者がこの部屋へやって来たならば独特の空気と匂いに耐えきれずすぐさま逃げ出すことだろう。部屋の中は薄暗く、また、少し肌寒い。それだけならまだしも、ここが誰の部屋で、その部屋の持ち主の趣味を理解していないまま忍び込んだのであれば数秒も経たぬ間に悲鳴をあげるに違いない。晴部隊をまとめあげるルッスーリアの部屋というものは異質で、気に入った肉体を持った男性のコレクションで埋め尽くされているのだから。
 とはいえそれもヴァリアー内では有名な話である。おかげで同じく晴部隊の人間であっても、彼に用事があったとしてもその部屋へ居ると分かれば誰も足を運ぶことはない。そのコレクションは既に死んでいると分かっていてもどうしてもそれだけは、彼の性格がいかに好感を抱かせるもので、どの幹部よりも格段に話しやすいとはいえそう簡単に受け入れられるものではないのである。ほんのひと握りの人間を除いては。

「構わないけど、」

 そんなコレクションの間から靴音を鳴らすことも気配をまったく感じさせることもなく姿を現したのはその部屋には不釣り合いな一人の女だった。東洋の人間だと分かる黒い髪、瞳。背はすらりと高く、華奢な体躯。そしてここに所属しているとわかるヴァリアーの隊服…それも何故か数年前に更新された新しいものではなく旧の隊服を身につけた女である。本来なら他所で悪用されぬよう破棄されるものであったがそれを唯一ゆるされた女であった。
 彼女の名が真尋と言うことを、はたしてこのヴァリアーの中で幾人知っているだろうか。晴れ属性の人間としてルッスーリアの雑用を主立って受けている彼女は決して誰の前にも姿を現さないというわけではない。むしろ事務員として働いている以上、誰の目にも留まる存在であるしある種有名人でもあった。
 回復用の晴匣をルッスーリアから借り受ける程度に信頼を得ている―お気に入りである、と外野からは揶揄されている―彼女は特例で事務員でありながら回復要員扱いで有事の際に任務について行くことを許可されている。それだけでも異例であるのだが彼女が異質で、周りから距離を置かれているのはその理由からではない。彼女がついて行く任務は全て、どのような難易度の任務であるにも関わらず死人が出ると。その確率、百パーセント。故に彼女はこう呼ばれているのである。――死神、と。

「最近、多いんだね」
「ええ。一気に締め上げるとのことよ」

 しかしながら彼女はそう呼ばれていることを知りつつも否定はしない。そうではないのだと声を荒げることはない。実際そうなのだから。事故のように、或いは敵襲に見せかけヴァリアーの精鋭部隊の人間を殺す。もちろん頭目であるXANXUSからの命であるし、その対象と言うのはヴァリアーに所属している隊員と言えど実際はヴァリアーに入り込み情報を盗まんとするどこぞのマフィアの連中。敵を、異端を一度取り込みそれがどこの組織の者なのかはっきりした後、排除する。それが彼女・真尋に与えられた、秘した任務なのである。
 ヴァリアーの闇。底の底。先代であるテュールが存命していた頃までは存在していたその機関の名を咎と言うがそれを知る者はごく僅かだ。今となっては所属しているのは真尋のみで今後増える予定はなく、しかしそれでも命令が下される以上必ず動く。

 今回はまた大規模な掃除を任されたようである。
 ルッスーリアから手渡された書類にはここ数年で入ってきた隊員十数名の名前が連ねられており、さらに敵対しているファミリーに所属していたという情報までも詳細に書かれている。もちろん当人たちはそれがこちら側に漏洩しているなど知る由もなく今頃せっせとヴァリアー内で信頼を得ながら情報をかき集めているところなのだろうけれど。
 任務に向かわせるうち七割が屠る対象という大掛かりなものはそういえば初めてだなと真尋は無表情のまましっかりと人間の名前を把握し、ルッスーリアの前で心得たと書類を燃やす。今回ばかりは骨が折れそうだ。そんな予感しかしないが知らず知らず真尋の口元は少しばかり歪んでいる。

「楽しむのはいいことだけど…間違いなくこれを遂行することによりさらにあなたは孤立するわ。それでも?」
「…死神説をいっそう深めるのにちょうどいい」
「真尋ならそう言うと思っていたけど。…ああ、でも残念ね。その中には数人、私のお気に入りがいたのに」

 彼らは知らない。
 ルッスーリアという人間がどういう性質を持った獣であるかということを。如何に気に入っていた人間であったとは言え情け容赦なく切り捨てる。それが彼の本質ということを。ただ目前の快楽を愉しんでいるように見えてその実途方もない未来を見据え、耐えることが出来る人間であるということを。

 また、彼らは知らない。
 真尋という女がどういう役割を担っているかということを。使えない事務員など今回の任務で殺してしまおうかと思っている相手こそヴァリアーのある種切り札とされていることを。現剣帝と呼ばれた彼とほぼ互角の実力を持っているということを。

「…だから、残念だわあ」

 だけどヴァリアーを壊そうとする輩は死んでも当然よね。
 そう微笑むルッスーリアへ真尋も言葉を返さない。ただ黙って腰に提げた剣へ手を添えるだけ。共に大事なものはヴァリアーという存在。それだけであり、それを守るために男は大事に扱っている部下を死地に追いやることを厭わないし女は理解っていながら剣を振り続けるのである。

「じゃあよろしくね、真尋」
「―――異物は必ず、排除する」

 これはまだ、彼と彼女が出会う前の物語。
 一部の人間どころかヴァリアーの大多数に疎まれる事件が起こる、数日前の出来事である。


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