「っ!真尋、大丈夫か!」
「…痛いです、けど何とか」

 暗くかび臭い、誰もいない部屋に俺と真尋の2人だけ。先程まで激しい戦闘を行なっていた所為か荒い息をした真尋はいつもとは違って頬が赤く目が少し潤んでいるような気がする。またこれは俺も全力で否定したいがつい咄嗟に伸ばした俺の左腕の上に真尋の柔らかな体があるのだがこれは下心ではない。怪我をさせたくなかったから伸ばしただけだ。
 助けてくれ!
 すっかり忘れていた欲望が目を覚ます。やめてくれよ、今はンなことしてる場合じゃねえっつうのに! 俺の泣き言など無視した俺の身体は驚くほど正直だ。すっかり元気になっちまった下半身にどうか気付かれないよう祈りつつ俺は天を仰ぐ。


 何故こんなことになっちまったかというと話はつい数十分前まで遡る。
 久々の休暇を得たものの特にこれと言ってやることのなかった俺が向かったのは武器庫だった。以前から任務の度に使い勝手の良さそうな剣を拾っては持って帰り武器庫へ放り投げていたのを思い出し、たまにはそれの整備でもしてやろうかと思ったからだ。それともうひとつ、これは決して…そうだ、8割。あいつに会えるのではという8割ぐらいの下心を込めていたのも認めざるを得ない。

 真尋が武器庫の管理人のような役割まで担っていることを俺は知っている。これはルッスーリアから聞いた話なのだがどうやら真尋が所属していた咎の武器庫に置いてあったものをここへ移動させたのが武器庫として成り立った発端なのだと言う。そりゃここに愛着が湧くのも頷ける。もしかしたらあのフランベルジュもそうだったのかもしれない。またいずれそんな話をできればいいなと思いつつ武器庫への扉を開けると俺の期待は見事に当たり、トレーニングした後の真尋がそこに居た。そこで機嫌よく何言か喋っていたら真尋のそばにあった棚が倒れてきて、慌てて救出しようと手を伸ばし避けた結果が今、というわけだ。
 説明くさくなっちまったがまあそんなことがあり、今に至る。簡単に言えば俺の背中の上には棚があり、そして真尋を組み伏せている状態だ。押し倒すどころか未だ真尋にもっと俺を知ってもらいたいと思っているような中でこの突然の接近はさすがに想定外。ぱちぱちと瞬く真尋の上で、俺も呆然と声なく違うんだ違うんだと悲鳴をあげてしまっているという現状だ。

「スクアーロ隊長こそ大丈夫ですか」
「…い、一応なあ。変に動いて棚から武器が落ちてくるのは回避したいが」
「串刺しになるのは勘弁ですよね」
「縁起でもないことを言うじゃねえ!」

 今、俺の背中の上にある棚は恐らくナイフや何だの小さな武器ばかりを入れていたものだと思う。多少動いたところでこの近距離から落ちたものは俺たちに大した攻撃をしてくるわけでもないが真尋が傷ついたら俺が困る。そう考えると真尋の顔の横についた手が強張るのが自分でも分かった。
 こんな不注意で怪我なんざさせてたまるものか。ただ問題なのは慎重に動けばどうってことのないはずだってのに真尋を間近にした俺の頭が正常に動くのは非常に難しく、また理性が耐えきれるか不安だってことで。棚だってそうさほど重いわけじゃねえ。焦らなきゃすぐに開放してやれるってのにそれが惜しいと思う自分がいる。この欲望を浅ましいと思うか? 長年焦がれた女が目の前にいるっていう状況にどうも思わない男が居てたまるかっていう話だ。つったところで手を出せば最後、真尋にドン引かれるのは目に見えている。いや、それで終わればまだいい。まだ救われるが、問題はそれで嫌われた場合だ。他の女ならこんなシチュエーション、喜んで受けるだろうにこの女にはそれが通用しねえ。一刻も早く退いてくれと言わんばかりの顔。一応俺の身を案じる言葉を投げかけてはくれたものの本音はそれだろう。

「じっとしてろよ真尋」
「命が惜しいのでそうします」

 俺の下には惚れた女が、今なら睫毛の数すら数えられそうなほどに、吐息がかかるほどに近く。ちょっと気を抜けばすぐさまそこにある唇に噛みつけそうなこの状況。男にとってどれだけ待ってましたとスタンディングオベーションして歓迎されることか。しばらくはこの姿、このシチュエーションを思い出しては抜くこともやぶさかじゃねえ。
 だが欲求に従ってはならない。現実に起こしてはならない。
 よく考えろS・スクアーロ。お前の下には確かに好いた女がほぼ無抵抗の状態で寝転がっているわけで、お前は真尋に跨っている…ように見えなくもない。しかしその右膝が事故でちょっとでも当たってみろ。既にゆるく勃ちあがり始めたそいつが一生使い物にならない可能性が高い。非常に高い。何なら俺が行動するよりも早く動く可能性だってある。こいつの身体能力の高さは俺が実証済みだ。つーか今、もし触れられてもしたらまずい。男の経験があるのかは知らねえが流石にこれを勘付かれるのはまずい。こんな状況に興奮しているだなんて知られたら。これ以上評価が駄々下がりになるのも防ぎたい。

「…あの、スクアーロ隊長」
「な、なななんだ!」
「そんなに汗かくほど気を遣わせてしまってすいません。…肘、ついてもらっても大丈夫ですよ」

 どうやら真尋は俺の背中に乗っているものがとんでもなく重いものであると勘違いしているようだった。この辺りは鈍感で助かったと思う。そして俺もそれなりに筋トレには自信があったがこれ以上半腕立て伏せ状態を維持するのもなかなかキツかったのは確かだったしそれに甘えどうにか真尋の体に触れることのないよう、特に下半身には細心の注意を払って、肘を床につけた。
 どっと緊張した。どっと力が抜けた。
 おかげで背中にある重みがどっしりと増したような気もしないでもないがそれでも少し力を抜くことができたせいで幾分かマシだ。
 …真尋との距離はこれでもかってぐらいにさらに近付いてしまったのだが。顔を合わせるわけにはいかず真尋の顔の横の地面に額を擦り付け、膝と肘を完全に地へつけ。俺は腕立て伏せみたいな恰好から四つん這いへと変動したのだがこれがどれだけ楽な体勢になったことか。安堵からホッと息を吐く。あとはゆっくり考えるだけだ。このまま勢いよく棚を押し返すか、もう一度力を入れて持ち上げた瞬間に真尋をまずは移動させるか。

「くすぐったい」
「っ、わ、悪い!」

 クソ、また頭の中が真っ白になりやがった。こいつはもしかしてそういう計算だったのか? と問いかけたくもなる。身を捩らせ、困ったように話しかけてくるその口調も。近くで聞こえてくる声も。全てが俺を誘惑する。
 髪のいい匂い。ほんの少し触れる身体の柔らかさ。真尋の脇の下あたりにしか肘を置けなかったせいで真尋の腕が触れちまっているのはもう事故だ。それは真尋も言及しないだろう。

「ここへ来たばかりに大惨事ですね、スクアーロ隊長」
「…生殺しでしかねえ」
「? あの、今なにか」
「何でもねえよ!」

 だがもう少しこのまま居ても構わねえだろう。これは日々頑張っている俺への褒美だ。若干どころかそろそろ理性がブツンと切れかねないがこれは鍛錬。これは鍛錬でもあるのだ。そう思い込むことにし、なかなか俺が戻らず不審に思った大和に助けられるまであと数十分。俺はただこのどうしようもない状況の中、天国なのか地獄のような時間を過ごすことになったのである。

オマケ
(2018.12.18)



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