それはいつもと変わらない一日のはずだった。クソめんどくせえ任務内容はいつもと変わらず、諜報員が持ってきやがった情報の通り敵対しているファミリーの根城に忍び込んだ後に殲滅。今日はいつもと同じメンバーを選抜した所為か俺が何もせずとも勝手に奴らが動き、終了。任務じゃない日は希望した奴に手ほどきしてやったりしているのが結果に繋がっているのかいつの間にか俺の指示なんざなくとも自分勝手に動くようになっていやがる。…まあ、喜ばしい結果といえばそうなる。人の指示がなければ動けない機械なんざヴァリアーには必要ねえ。任務中に指揮官がいなくとも動ける軍隊の指導。それは俺が求めていたことだからだ。
 だが、だから何かと言うと俺は非常に欲求不満に陥っている。せっかく身体でも動かすかと思った矢先あいつらが全部ぶっ壊してしまい、且つそれが当然であるかのように振る舞いやがった所為で俺は怒ることも出来ず「よくやった」と褒めるしかなくなっちまった。暴れることもできず、何だったら剣を振るうことすらなく。ただの引率の先生で終わってしまい結果疲労した隊員を先に帰し、俺はバールで一人飲んでいた。どうにも身体が疲れていない。娼婦のところで別の欲望を発散するも良いしトレーニングルームを借り切って疲れ切るまで身体を動かしてもいい。そんなことを思いながら酒をグビッと思い切り呷る。

「…いや、帰るか」

 人の思考なんざそう簡単に変えられるわけじゃねえ。なのにいつものように近場にある娼館へと足を向けることなくさっさと帰ることを決めたのは何も好みの女が居ないからというわけでも股間が元気じゃないというわけでも、金がないというわけでもない。何なら俺の息子はいつだって臨戦状態だ。
 真尋。
 俺の求めた女。あいつが居ればそれでいいと思えてからどれほど経っただろう。あいつが10年バズーカーの餌食となり過去の真尋と入れ違いやって来たというあの事件が1ヶ月前の出来事だとまだ信じられない。真尋と出会ってから毎日が怒涛だった。俺の気持ちがあいつにきちんと伝わってからは驚くほど穏やかな日々を過ごしている。
 つってもあいつの気持ちが俺と同じとは到底思ってもいない。どちらかっつーとこの気持ちに対し不快感を示されなくなったっていうところか。昔と違い嫌われてはいないというところか。そう考えるとヴァリアー邸内でも俺の気配を感じ取った瞬間隠し通路を利用し徹底して姿を現さなかった時代は相当あいつの中での俺の評価は最低だったのだと思う。鉢合わせればゲッという表情を隠すことはなかったが逃げられることはなくなったしな。

 俺はあいつが欲しい。あいつだけでいい。
 別に付き合っているわけでもないから正直俺が変わらず娼館へ通おうが女を引っ掛けようが問題はないはずだ。なのにどうしても真尋の顔がちらつく。そんな時、脳裏によぎるあいつの顔は無表情だったり苛立っている顔ではなくちょっと楽しげに笑った顔。…ああ、会いてえ。そういう気持ちに陥るのだ。
 まるで呪い。だが、それがどうしようもなく心地いい。

「…こんなところで、何をしているんですか」

 声をかけられたのはその時だ。バールで浴びるように呑んだ後、金を払い酔いを少し冷ますために店の外で煙草を吸いながら壁へもたれかけ。ああそういえばここは真尋と初めて会った場所だったな、なんて思いながら満月を見上げていたらふと聞こえる声。
 ここはヴァリアーの屋敷に一番近い町だ。だからここで隊員と会うことは何ら珍しくはない。だが真尋は滅多に外に出るタイプじゃないことを知っている俺からすれば仰天物。とうとう俺は幻覚を見るようになったのかと驚きもしたが、建物の影からぬっと現れた真尋が得物を持っていることで納得もした。

「何だあ、真尋。お前も任務だったか」

 美しい女、だと思う。その黒く癖のない髪も、黒曜石の瞳も。
 その顔には血の跡が見られたがこいつの腕を知っている俺は真尋が怪我をしたのかと慌てることはない。せいぜい返り血だろう。相手がすでに死んでいるとは言え真尋の顔を汚したことだけは許せることじゃねえが。
 「ええ、まあ」曖昧な返事であることは言及しない。何しろこいつの任務と言えば俺たちが受けるものとは違いXANXUSから直接命じられるものだ。かつて咎と呼ばれた、ヴァリアーの中でもさらに闇の部分を担う組織の生き残りである真尋は未だその役割を果たしている。とはいってももう俺もその存在を知っている。何をしているか知っているが故にさっきの質問には答えてくれた、というところだろう。

「お前も呑みに来たのか」
「…いえ、ただ通りかかっただけです。ここが近道なので」
「まあ確かにそうか。つーことはあの時もそうだったんだなあ」

 あの時の謎がまた一つ解ける。俺に会いに来たというわけではなくヴァリアー邸への近道として通っただけの真尋と、たまたま酔いをさますためにここへ居た俺。あの出会いがなければ俺は真尋と今、こうやって話すこともなかったのだろう。否、存在さえ知らなかったのかもしれない。

「俺も戻るし一緒に帰ろうぜえ」

 あの時はこうしていなかったら。
 あの時はああしていなかったら。

 そんな沢山のIfの上で俺たちは出会い、今に至る。沢山の奇跡の上で俺たちは成り立っている。未だ一緒になれないことを悔やむより、あの時こうしたらよかったと悔いることのないよう俺は正直に在ろうと思っている。
 煙草を揉み消し真尋の方へと歩むと別に拒否されることもなかった。至って普通のことかもしれないが大進歩、なのだ。大和に言えばそんな大げさなと笑われるかもしれないがかつての俺たちが歩幅を合わせ隣で歩くことなど有り得なかったわけであり。

(…でも、まあ。悪くない日々だ)

 俺たちヴァリアーに平和な日々など来ない。今あるのはただ偶然の上に成り立った少しの休日でしかない。だがたまにはこんな日があっても罰は当たらねえだろう。
 真尋の隣に立ち、ヴァリアーの屋敷へと向かう。あと10分もすりゃ着くだろうがもっと距離が伸びてしまえばいいのにと願ってしまうのも仕方ねえことだ。なあ真尋。俺はもっとお前のことが知りたい。お前にも俺のことを知って欲しい。…だからせめて。もう少しこの穏やかな日々が続けば良いと俺は願わずにはいられない。

「月が綺麗だなあ」
「?そうですね、今夜は明るいので闇夜に隠れるのが難しそうですが」
「だなあ。俺たちの天敵でしかねえ」
「…同意します」

 今夜は満月。俺たちを見守るのは、月に照らされ後ろに伸びた2つの影のみだ。

(2018.12.3)



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