「……やっちまった」
呪いが解けた。
いや、呪いっていうのかどうかそもそも俺には分からなかったがある時突然元に戻った。
アイツ…真尋。俺が長い間探していた深藍色をした女は、マリアと以前は名乗ったがそれが嘘でありあの真尋であったということを知った。
俺が追いかけるべき女が見定まった。
が、それはそれ。これはこれ。
今まではマリアという人間が、真尋という人間にしか勃たねえという俺には謎の呪いがかかっていたわけだがそれがようやく開放された。とはいったってあいつが何かしていたという訳ではなく、他の女を抱こうとする度に脳裏にあいつの姿が思い浮かび萎えた…いや、萎えたというよりはあいつに興奮しすぎて目の前の女が突然どうでもいいように思えたという謎の現象に襲われ俺は半年もの間、女を抱けずに居た。この、俺がだ。性欲大魔神だの何だの言われ続けたこの俺が半年の禁欲。ホトケになれるんじゃねえかってぐらい俺は我慢した。
自分で慰めることしかできなかったあの虚しさを忘れられるものか。他の女を抱こうとしてもし勃たなかったらどうしようなどと思ったあの恐怖を女は分からねえだろうが、あれは男としての沽券に関わる。
あいにく勃たねえ身体をしているわけじゃない。任務後は火照った身体を女を抱くことで紛らわせていた日課のようなものがある。それをふと思い出し大和には「行ってくる」とだけ告げ、俺はいつも行っていた娼婦のところへ足を運んだというわけだが。
結果を先に言えば、呪いは解けていた。いや、酔っていた所為か真尋の姿すら浮かばなかったという方が正しいのかもしれない。以前抱きそこねていた女を抱くことができたし、…まあ随分と人の身体を使うということ自体がご無沙汰ということもあり女が気絶するまで抱き続けた結果、近くには使用済みのゴムが数個、ゴミ箱に入れ損なったものが落ちているという有様。気持ちよかったかどうか、というよりは本当にさっき言葉に出したように”やってしまった”という感の方が非常に強い。
何つーか、別に俺は真尋の事が好きではあるがだからといって現状付き合ってもいない。これは浮気でも何でもないというのに、何故こうも痛むのか。娼婦はここじゃ珍しい東洋の女だった。どことなく似ていると言えば雰囲気も似ているこいつが悪い。俺は何も悪くねえ。
「スクアーロ隊長、今よろしいですか」
ガラリと窓が開いたのはその時だった。
確かに大和には行き先を告げてあった。この任務では真尋も連れていってないのに何故こいつがここにいるのだという驚きが一番、その次にこの今の様子を見られたことへの戸惑いが二番。キャッ、と俺の腕の中で寝ていた女が突然の侵入者に驚き顔を隠すように俺に抱きついてきたが俺はそれどころじゃない。
「…、まっ、ちょ、真尋!」
「ああ、そのまま素っ裸で結構です」
大和に言われて来ましたから、と前置きし報告されるのは確かに俺が調べておいてくれと言われた内容。別に誰に聞かれても平気なように暗号を入れ混じっているお陰で俺が抱いていた女は…って違うだろうが何か言うべきことがあるだろうが。
ちらりと真尋を見たがあいつはいつもと同じく淡々と報告書を読み上げるだけでそれ以外何も変わったことはない。声のトーンが変わることもなければ眉根をひそめる訳でもない。俺が泣きそうなのは何でだ。お前、何も感じていないのか。
数分、真尋はそれらを一定の速度で話し続けていた。その間にも女は震えているし俺は大丈夫だと一応こいつを落ち着かせるために頭を撫でるしかない。正直言って俺も震え上がっている。さっきまで起きたての生理現象で緩やかに勃ちあがっていたものが今は衝撃で縮み上がっている。それどころじゃない。
「…以上です。お楽しみ中すいませんでした」
読み上げた後、真尋は己が持っていた用紙を手から離す。何をする気か瞬いたその瞬間には剣が握られてあり、床に落ちる頃には用紙は修復不可能になっているぐらい細切れとなっていた。
剣を鞘に戻す。カチャリと鳴る鍔に、その見事な腕に思わず賛辞と拍手を送りたくもなったがそんな事出来ることもない。此方を冷ややかに見ていた黒曜石の瞳は全く笑っていなかったからだ。次はお前をこうするぞと言っているのか気持ち悪いと言われているのか分からなかったが間違いなく軽蔑している。これは俺の、男としての超直感だ。
「あ、おい……真尋、さん」
「では、スクアーロ隊長。どうぞそこの女性とごゆっくり」
失礼しました。
小さくいつものように礼を一つ。ゆっくりとした動作で来た時と同様窓から外に出ると冷たい風が頬を撫ぜる。
次の瞬間、ガタンと大きく閉じられる窓。蝶番がガチリと外れ壁がミシリと鳴った。女は「今の方、もしかして…」と恐る恐る聞いてきたが俺は最早何の返事もできずにヴァリアー邸に帰ったらどうあいつに話しかけようかと必死で考えていた。取り敢えずは何だ…その、
――…大和の野郎、たたっ斬ってやる。
back/