03.後日・再会
「じゃーね、スクアーロありがと」
「ここまででいいのかあ゛」
だってあなた、相変わらず煩いんだもの。今度会うときまでに少しはその声量をもう少し調節できるようになってもらわないと。お昼間にこんな平穏な場所で大声で叫ばれたら困るに決まってるでしょう。
「ユウ、言い忘れてたが」
「ん?」
車から降りようとした私の腕を掴みとどめるスクアーロの手。真面目な顔をするものだから何事かと思えば私をジッと見て、それから私の大好きな楽しげな笑みを浮かべ。
「似合ってんぜえ、それ」
「当然でしょう!」
3ヶ月ぶりに戻ってきた黒曜中学は綺麗に更生され私や真人くんの憧れていたかつての進学校に、
――――なっているわけがなかった。
「Mamma mia!」
あまりボキャブラリーに富んだ訳ではない私ですら大げさに表現してみせる程度に目の前の風景は衝撃的だった。あらやだ私って生粋の日本人の筈なのに暫くイタリアに居たらまた戻っちゃったというわけだ。
長い移動のせいで軋む身体をうーんと広げながら今の気分を表す最適な言葉を考える。
「もう少しでスクアーロにトドメの一撃を食らわせられると思った瞬間それが実はただの夢でしたっていう落ちを見せられた気分ですよ。ほんとに。何というか興醒め。因みに別にスクアーロが嫌いってわけじゃないし寧ろ彼の事は好きだけどそれとはまた別の話だしそもそも、」
少しだけ期待したけど期待も期待も大ハズレ。
この前捕まえた子に掃除させたというのにどうして汚いの。許されないんだけど。学校名のところに落書きした大馬鹿者は後で探し出して懲らしめてやらなきゃ。
私は少しだけ期待をしてしまったのだ。
変わらないものは無いのだということは前回でよーく分かったつもり。だけど変わるものは変わるけれど、それでも元に戻るには日にちというものが必要だったわ。ハア。
「あら、真人くん」
「!」
残念なことに感慨に耽っている間も悲劇のヒロインである私には与えられなかった。
わあっというタダゴトではない悲鳴が聞こえたのでそちらに目をやると正面玄関から走ってくる男子を追いかける数名。先頭を走る彼は、久々に会えた真人くんだ。
少しだけ前よりも顔の傷は減ったようにも見えるしおどおどとした表情は見当たらない。私と目が合うとびっくりした顔はそのままで私の前に立ち、追いかけてきた男の子たちと対峙する。
「日辻よう、女の前では格好付けるつもりか?」
「…そうだよ、八木沼」
ふっと息をついて構えるのは空手の、久々に見た彼の綺麗なフォーム。
身を守るため、人を守る為に使う力。今までどうして使わなかったのか分からないけれど、それでもぎくりと彼の前に立つ男達が体をこわばらせ、笑みを浮かべる真人くんは形勢逆転。
「例え全身怪我を負って包帯まみれで格好悪かったとしても、それからこの学校がどうしようもなく腐ってたもしても。僕はユウの前だけではもう背中を見せて逃げないと決めているんだ。その為に振るう力は、僕は何も怖くない」
真人くんは少しだけ、強くなったみたい。
ふふと思わず笑う私に真人くんは複雑そうな表情を浮かべた。
「かば…六道はいつものところだよ。ユウが来ているのを知っていたみたいだ」
「ありがと真人くん」
「おかえり、ユウ。お土産はあとからもらうから」
「ただいま。後からチョコレートケーキと交換ね」
いつもの場所、だなんて真人くんは骸さんとそんな仲だったのだろうか。不思議に思いながら途中犬くんと千種くんにも会い、お土産のお菓子を渡すと真人くんと同様笑みを浮かべ、さっき屋上へと向かったことを教えてくれた。まあ珍しいことで。
駆け上がり屋上へと向かうとそこには私の目的の人が一人、こちらに背を向けていた。声をかけるまでもない。振り向いた彼はもうすでに笑みを浮かべていたのだから。
「…やはり君は焦らせるのが得意みたいですね」
「女は待たせた方がいいのよ」
「言ってくれる」
さらりと流れる彼の柔らかな髪。青と赤色の瞳。ぱちりと指を鳴らすと幻術で作られたヴァリアーの隊服は解け、少しの間着慣れた、そして昔から憧れていた緑色の制服に。「どうやら腕を上げたようですね」と微笑む彼からみえるのはかろうじて及第点といったところかしら。見せてあげたかったの。この、隊服姿を。私はただの非戦闘員じゃなくなったのだから。それは骸さんと完全に対立するであろう事を示していたけれどそれでも構わなかった。
だって、私達は元々敵同士なのだから。
「似合っているでしょう」
「ええ、とても」
互いの利き手に現れたナイフと三叉槍、口元が綻ぶのはもう戦士の定め。
――――キィンッ!
交わる槍と剣。絡まる視線に憎しみも憎悪も含まれてはおらず。
あなたは本当に変わっていないのね。変わらずにずっと、私の事を。
「待っていましたよ、羊飼い」
その声を皮切りに消える両方の武器。私の腰に回されたのは細いけれどしっかりとした腕。楽しげに笑う彼の瞳にはあの頃にはないものが含まれているのを感じながら私も笑みを浮かべ彼の背へと腕を回す。
「待ってくれてありがと」
「君のお陰で慣れましたから」
どちらからともなく閉じた瞳と触れる唇はあの頃の約束を果たすため。
空は皮肉なほど、鮮やかに青い。
【後日・再会】