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 生憎と風の強い日だった。
 今日に限ってボスからジェットの許可が私に降りないだなんて本当にどうかしてる。またスクアーロからのお迎え待ち。早く来ないかしら、まったく。
 突然の任務撤退の命令に驚きながらも私はそれに背くことはできない。でも、ボスから日本に来るための任務の内容というものは案外大雑把で未だに私は理解してはいなかった。

 私に課せられた命は、ただ我々にとって邪魔なものを排除すること。そして、指定された場所は黒曜。だから私はその学校を支配する骸さんを倒すと決めたのに、まだ何にもしてないというのにボスはもう終わった、なんて言うものだから帰ったら怒られるんじゃないかと今から憂鬱だ。
 言われた通りのお酒はちゃんと買っておいたしこれは早めに渡そう。

「帰るのですか」

 聞きたかったような、そうでもないような声が背後から聞こえて諦めながら口元に笑みを貼り付け振り返った。
 伝えようか悩んだ結果、黙って消えることにしたというのにまた私の前に現れた骸さんは相変わらず私と同様黒曜中学の制服をきちんと着こなしていた。私を日本に引き止めるのはいい意味でも悪い意味でも彼の存在だと認めざるを得ない。

 此処は、閉院となった宮崎医院の裏。
 黒曜からは少し離れた場所になるし、ここならスクアーロの大きな声だって問題ないと私が指定した。本当は、骸さん達に会わないようにとわざわざ選んだというのに。

「任務があるから一旦は、ね」
「…そうですか」

 ふわりと優しい笑みを浮かべる彼に違和感はあった。初めて会ったときと、随分私たちは変化したものだ。
 遠回りして、憎んで、時に武器を交えて。とうとう最後は彼に救われてしまった。
随分色んな道を通ったけれど私達が理解し得るにはあの茨道が最適だったのだろう、なんて思えてしまう。もう一人の私が持っていただろう恨みの気持ちなんてすっかり取り払われてしまった。
 あの時の私はこんな事になるだなんて、思ってもみなかったんだけどなあ。

「ま、すぐに戻るわよ。何しろ私は羊飼いですから、ね」
「…君のすぐとは一体どれほどかかるのだか」
「敵前逃亡なんて私の美学には反するのよ」

 骸さんの容赦のない言葉は、けれど不思議な優しさを秘めていることに気付けないほど愚か者ではない。

「ねえ、ユウ知ってましたか?」
「え、…わっ、」

 グイッと引き寄せられて油断した私は呆気なく彼の腕の中へ。
 とくんとくんと心臓の音が心地いい。耳元に唇を寄せられ、ぞくりと身を強張らせる。

 本当にこの人ときたら私には理解できない。勝手に恨ませておいて、身を張って私を救って、何がしたいのか分かったものじゃない。…ああ、今はもう、分かってしまっているのだけどね。そんな顔されちゃどんなに馬鹿でも分からないフリなんてもう難しいのだ。
 …勘弁してよ、私、今から帰るんだっていうのに。

「…僕はあの頃から君の事が」
「別れ際に言うのって本当狡い」

 最初から最後まで彼のペースだなんて私のキャラじゃない。背伸びをして彼に触れるだけの口付けをするとスルリと腕から抜けだす。ポカンと口を開く骸さんの顔は初めて見た気がして少しだけ清々として、にっこり笑みを浮かべて見返した。

「続きはまた今度ね」
「楽しみにしています」

 例えこの先彼と再び道を違える事があったとしても己の信念を貫き、進むだろう。
 私達は住む世界が非常に近いようで非常に遠いのだ。

 ――今回は貴方の勝ちでいいけどね、骸さん。私はこう見えてもベル直伝の戦闘マニアなのだ。今度こそ貴方を攻略してみますとも。覚悟してらっしゃいな。

「愛していますよ、ユウ」

 分かっていた告白に、後ろは決して振り返らない。
 だけど僅かに視線を感じながら、振り返ることなく手を振った。彼にとって仲間がいるように、私は飼い犬で、そして羊飼いだ。

 歩みながら新たに備わった…というよりは元々本来持っていた力を少しだけ使う。
 骸さんにつけられた首輪を、彼自身から外させはしないわ。だってそうしたらもう会えない気がするじゃない?
 生憎と野良になるつもりさらさらないけれどまたその首輪、つけてもらうから待っていなさいな!

 離別はいつだって物悲しいけれどこれが今生の別れというわけじゃない。
 チリン、と最後の音を鳴らし歩みを進めるほどに解けていく幻覚に少しだけ寂しさを感じるけれど、それは一瞬のことでしかないのだ。

「…私もよ」

 小さく乗せたその声は聞こえなくても構わない。

 何処までも、何処までも。
 その音はいつまでもこの心に刻まれた彼とともにあるのだから。


fin

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