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 薬物に元々免疫があったのか、それともユウと相性が良かったのか。服用すれば大半が死ぬはずの薬で死なない子供は楽しそうにスクアーロと刃を交えた。
 スクアーロが改善前の薬を飲んだときは4、5分と経たずして筋肉が弛緩し始めて慌てて全部吐いたというのに吐血が収まらないまま意識も吹っ飛んだことは記憶にある。だというのに一体これはどうなっているのだ。出来るだけあれは連日投与もしてくれるなと説明書きもどこかにあったと記憶している。否、これが改造の結果ということなのだろうか。

 攻撃の手を緩めることなくユウのことを改めて見た。
武器はどうやらベルから譲り受けたナイフ1本で、それだけだというのにスクアーロの剣を交わし続けた。時にそのナイフで反撃して彼の自慢の髪を数本持っていってる辺り、本当に一般人とは思えない。
 かといって自分も同じくしてこの薬を飲むわけにもいかないしある程度の実力は分かった。これが、素質なのだろうか。

「おいガキ。…身体に不調はねえのか」
「少しだけ、熱いです」
「お前、ここで何がしたい」
「私は…」

 初めて困ったような顔を見た。
 飲み始めの時とは違い少し落ち着いた様子で、漸く年相応の表情を浮かべたユウは何かを言いあぐねているようだが、

「出来ることなら強くなりたい、です」
「強くなってどうする」
「分からないですけれど…泣いたりするのはその後にしたいなって思っただけです」

 あと、お腹が空きました。
 それを裏付けるかのように空腹を知らせる音が盛大に鳴る。なるほど、確かにこいつは面白いと唇の端を吊り上げた。

「…ベル」
「はーいじゃあ終わりな。ユウ」
「えっちょっ、」

 自分の言葉を皮切りに、ベルがユウの側まで歩くと薬品を浸した布を口元に押し当てた。抵抗する間もなく閉じるその紅い瞳を、惜しいと思ったのは一瞬だった。

 やがて来る、静寂。

 ぐったりとしたユウは健やかな寝息を立てて眠っている。
 こんな子供の、型にも嵌っていないあのただの暴力的な武力が何故かスクアーロを惹きつけてやまなかった事などと決して誰にも口外しないだろう。けどその前に恐らくはベルも感じたはずだ。

 この子供には何かがあると。
 もっともお気楽で幼いベルにはそれが何だか考える事はないだろうが。

「なっ!おもしれーだろ」
「使えないと思ったらすぐ捨てろ」

 それが答えだとばかりに告げるとすかさず素直じゃねーのって笑うベルが憎らしいと思った。


 その薬の名はMorte frettolosaと言う。いつ、誰がどこでこのような名前をつけたのかは定かではない。製造方法に関しては自分達ヴァリアーの幹部の誰であっても不明であり、昔から支給され死線を超える度に皆で使用し気が付けば減った分だけまた新たに何処からか調達されているとスクアーロは聞いていた。
 とはいってもXANXUSがボスに就任してから方向性を変えた彼達が使用することはめっきり減り、加えて長い眠りについてからは誰もこの薬を使用することはなかったので何もかもが闇の中という訳だ。

「これはな、ユウ」

 持ち帰ってきたものの、あのベルが面倒を見るわけが無かった。ペットか何かと思ってでもいるのだろうか。気に入って持ち帰り、可愛がるだけが面倒ではないというのに。戦いだけは教えるから、とスクアーロに全部押し付けて天真爛漫な彼の王子はさっさと長期任務に行ってしまって残されたユウはよろしくお願いしますと一礼。

 任務のために日本へ出向いたことぐらいあったが対象の日本人は全員大人で、子供なんて見ることもなかったのでこの貧相なユウが幾つなのか、そもそも性別すら判断し難かったが、大方、ベルと同じぐらいかそれより下と推察した。
 成長期も声変わりもまだの様子で、短い黒髪は耳の下でざっくりと切られていてベルの黒髪バージョンとでもいったところだろうか。

 宛がう部屋も今は無く、仕方ないからスクアーロと同室にしろとぞんざいな様子で面々が決めてかかり「何が楽しくて男と同室だあ゛!」と暴れかかったが結局それも宥められて同室という有様。
 八つ当たりとばかりにユウの寝床はソファにしたが早くも罪悪感がスクアーロを襲っているという有様であった。

 取り敢えず暫くの担当は嫌々ながら引き受けたものの、それでもこの癖のない黒い髪の毛と礼儀正しさだけは認めてやろうとは思っている。

「こいつは俺達ヴァリアーが支給される薬だ」
「はい」
「どんなモンかは分かるだろうが…俺達がいない所では飲まねえこと」
「分かりました」
「以上だあ」

 まだヴァリアーに入隊を許可した訳でもないが、一時であっても自分達と関わりを持った以上格下に見られては困る。どうせその辺で野垂れ死になったり、自分達ヴァリアーの情報を入手しようと誘拐されて荷物になるぐらいならそれを飲んでとっとと死ねといったところも正直なところあった。
 かといって簡単に無くしたり落としたりされても困るものではあったのでいつぞやに買った小さな小箱に入れてユウの首に提げた。

 華奢な首に似つかわしくない大きなものをぶら下げながらはにかんで礼を言うユウを見て、もう少し何か凝ったものでもくれてやったほうがよかったかと思ってしまう程度には、気に入っていた。

「屋敷内は自由に行動して良い。ただし外出は禁止、必需品があれば誰かに言え」
「はい!」
「他になにか質問は」
「えっと、」

 おずおずと声を上げるユウは本当に昨日のあいつと同一人物なのだろうかと思ってしまうぐらい大人しい。
 本人曰く元々は日本人特有の黒い目だったそうだがあの薬の影響なのか瞳が赤くなってしまったようだ。朝、鏡を見たユウが驚いていたようだがそれもすぐ見慣れてしまったらしい。こういった容姿は案外本人より周りの人間のほうが目につくものである。それが少しだけ自分達のボスであるXANXUSを僅かながらでも彷彿とさせているのは皆も思っていることだろう。

「ここの、ボスさんにご挨拶をと思うのですが」
「…何で分かる」
「え、」
「ここが、ボスのいる組織だと」
「…」
「それに、お前は大体分かってんだろ?ここがどういうところかなんてよぉ」

 所々で、鋭い。
 ベルも戦いのことになると天性の才能を見せるがこの子供も年齢の割りに頭の回転が良いのだろう。それは生き抜くために必要な力で、自分達に最低限備わらなくてはならない力である。殺気を込めて聞いてみると少し言い澱む様子が見れたが、スクアーロの顔を見て答えた。

「ベルさんは私と出会ったところがマフィアの屋敷だと知っていましたし、じゃあベルさんの所属しているのも恐らくマフィアのところで。
でもあそこより服装とかも紋章とかもしっかり統一してますし…」

 大きい組織の、それもここの人たちはその中でも殺人やらをメインに動いている少数精鋭のところじゃないかなと、安易に思ったんですが。段々言葉尻が消えていくが反対にスクアーロには笑みが浮かぶ。

 頭のいいところも、スクアーロはなかなか気に入っている。
 ベルもたまにはいいものを拾ってきやがると最年少のあの生意気な子供を褒めてやる気にもなる。不安そうに見上げるその赤目を撫でてやるとユウは少しだけ照れて俯いた。

「正解だぁ」
「!」
「だが今は不在でな」

 しかし新参者であるユウに教えるには色々とまだ早いがそ、れ以上に教えてやろうと思える程度には気に入っていた。組織図だけ軽く説明をし、ボスは自分達のやらかしてしまった重大なミスの所為で後数年本部で働くことにってしまったので自分達のみで今は活動していることを伝えた。
 あながち間違いだらけでもないし、これならほかの奴らも合わせやすいだろうという考えがあってのことだ。
 ユウも納得したようで、ありがとうございますと深々とお辞儀をした。

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