I LOVE YOUの事情


「…ん、」

明るく照らされた部屋、思わず眩しさに瞼がぴくりと震えゆっくりと持ち上げられていく。
目を開きぼんやりと見えたのはいつもの視界ではなかった。

一人暮らしの、特に広い訳では無い寝室に置いてあるベッドは当然ながら名前しか使ったことはないし先日家の前で倒れていたスクアーロを寝かせたきりでそれ以外に貸した覚えはない。誰かと眠ったことなどない。
だけどこれほどまでに窮屈に壁へと追いやられているのは利用者が一人ではなかったからだ。

「!」

自分を包み込んでいるものは布団だけではなく、額に当たっているのは硬いがそれでも家具のような無機質な感覚ではない。
その正体がスクアーロであると分かるのには少し時間を要した。
いつも羽織っていた重みのある黒のコートは手前にあるソファへとかけられ白いシャツ1枚のみになっている状態で名前の隣でしっかりと目を瞑っている。寝ている最中にボタンが一つ二つ外れてしまったのだろうか、胸元が肌蹴けており女である名前ですら生唾を飲み込んでしまうほどに色気がある。

自分の頭が置いてあるのは枕ではなく彼の腕である。
いわゆる腕枕をされている状態で、今までにない程の近距離でスクアーロの整った顔をまじまじと見つめる事になってしまい反応に困ったほどであった。
ここが自分の家であるという事自体がマイナスではあったがそれでも朝陽を受け絡まることもない銀の髪が輝いているその姿は正直絵になっている。
が、やはりこのままでは自分の心臓によろしくないと慌てて起き上がろうとしたもののベッドについた腕をとられ、再びスクアーロの腕の中へと戻される。

「ぃだっ」

大して高くもない鼻を強打する。
ふわりと鼻腔をくすぐるのはシャンプーの香りなのだろうかそれともシャツの匂いなのかはよくわからなかったがこの堅いものはスクアーロの胸板だろう。
離れようともがけばもがくほどに離されることはない。
視界いっぱいが彼の顔であることよりはマシだったのかもしれないがそれでも恥ずかしいものは恥ずかしい。名前の顔がどんどんと熱を帯び赤くなっていくのを止めることは出来なかった。

「起きたか」

スクアーロもたった今、起きたというところのようだ。「Ciao」元々低いその声は少し掠れ、それが色気を増大させているような気がする。
これが計算でないとすればとんでもない破壊力だ。
聞き取り難かったが呟かれたそれは恐らく挨拶の言葉だろう。こちらも「おはようございます」と返せばここでようやく少し離されたかと思うと今度は前髪を掻き分けられ額へと口付けられた。一連の流れにポカンとする名前の事なんて知る由もなく嬉しそうにニコニコと笑うその様子はいつものスクアーロと変わらず、ほんの少し、そこだけは安堵したところはある。

そうだ昨夜はあの後、共に眠ってしまっていたのだっけ。
グワングワンとする頭に思わず手を遣りながら名前は徐々に蘇ってくる夕べの記憶をゆっくりと噛み締め始めた。先ほどまでの拘束はなかったものの未だ彼は名前を離す様子はてんで見えず、しかし抵抗する気力はすっかりと奪われていた。

『好きだ』

あの後、告白を受け、口付けを受けてから色んな話をした。
随分と前にこの並盛で名前を見て、それが一目惚れであったこと。それから日本に来る度、名前がいないかとこの辺を彷徨いていたこと。
とにかく色々な話がスクアーロから一度に聞くこととなった。

そんなことがあったのであれば最初からそういえばいいのにどうしてこう回りくどいことをしたのか。
ふと気になりそれは一体いつからだと問うてみれば少しだけ悩んだ後、『言っても引かねえか』と確認してから発端が数年前であると答えられた事にも驚いたものだ。


『お前が幸せになればそれでいいと思ってた』

仕事帰り、職場の連中と酒を限界まで飲み続け酔ったスクアーロが歩んだのが無意識にも名前の家であったというわけだ。

それからは名前の知っている通り、まるでそこが初めて会ったかのようにスクアーロは振る舞った。
本当は夕食後も長居はしたかったが名前の生活を邪魔するわけもいかず自分の決めた時間帯できっちり線を引く事にした。
仕事は確かに忙しく会えない日々もあったがそれでも名前の姿を一目見れただけで頑張れると思えたし、それが謀らずとも名前の内にある恋心を揺らがせることが出来たのだから万々歳であると嬉しそうに報告してくるものだから最後の件に関してだけは手を伸ばし罰だとばかりにその頬を引っ張った。痛ェなんて言う顔も声も、こころなしか綻んでいることだって恨めしい。


「朝、起きればお前が目の前にいるって幸せだな」

そうやって、嬉しそうにぎゅうぎゅうと今度は名前の胸元へ顔を寄せられてしまえば全く怒ることなんてできない訳で。
突然大きな子どもが出来てしまった気分でもある。こういう形で彼に触れられたことは昨夜が初めてだったので分からなかったがどうやら自分は何だかんだで彼の事を深く受け入れていたらしい。
今までと様子が違ったとしても、突然甘えてこられたって可愛いものだと思えてしまうのだからやっぱり重症なのだ。

「で、だな」楽しげに、しかしながらそこにほんの少し不安がかった表情が映っているのはどうしてだろうと名前は思わずにはいられない。名前を抱きしめながら、言葉無く離すまいとしているというのに、ここまでしておきながらどうしてまだそんな表情をするのだろうと。昨夜はあれほど強引に近かったというのに、自信満々であったというのに。

「お前の気持ちも、聞きてえんだ」
「……こんな事しておいて後から聞くってどうなんですか」

ただ何事もなく2人寄り添って眠っていたわけではなかった。
鏡もない今確認することは出来なかったが恐らく自分の胸元も首元にも彼がつけた所有の証が赤々と残っているにちがいないというのに。かろうじて衣服は着せられていたが自分もシャツのボタンは開けっぱなしになっているしみっともないといえばみっともない格好をしていた。
夜の彼と朝の彼は随分と積極性も何もかも違うのかもしれない。
じろりと睨めつけながら聞いてみれば名前の声音に怒りが感じ取れなかったのだろうかほんの少しだけスクアーロが困ったように眉を下げながら頬をポリポリと掻く。

「まあそれは、…なあ?」

大方、ただただ自分の気持ちを聞きたいだけだろう。
分かっている。それに昨日からそんな素振りをしていたのだ。俺と同じ気持ちか、と問うてきたというのに、聞きたがっていたというのに言わなかった自分だって悪いには違いないのだ。
ふう、と少しだけ息を吐き、それでも昨日までよりかは随分と気軽に、気楽に居られるのは、気張らずに気持ちであれ肌蹴た格好であれ隠そうとする気持ちが随分と薄れているのはやはり一度身体の関係を持った所為だろうか。
スクアーロの頬に手をすり寄せ、何事かと小首を傾げるその動作すら愛おしい。にこりと微笑み名前は彼の望む言葉を告げる。

すき。

たったそれだけ、小さな声と共にその目の前にある唇へと小さく噛み付けば目を細められそれを受け入れられた。
ごろりと視界が彼の胸元から、天井へ。主導権はあっという間に名前からスクアーロへ。再度覆いかぶさる彼の身体は起きたところであるというのに随分と元気であるらしい。さらりと流れた銀糸は自分の肩へ、胸へと当たりそれがとても擽ったい。


「――俺は愛してる」

触れられる手は、身体をなぞる指は優しく、だけど性急に。
にこにこ無邪気で楽しげに笑んでいた彼は急に何処か遠くへいってしまったようだけど、こんな肉食獣のように情欲の色を灯す彼も悪くない。
そう思いながら名前は心地よさに身を委ねたのであった。

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