I WANT YOUの季節


「最近仕事が不定的に入ってきやがってなぁ。用事が片付くのが大体朝方で」
「…うん」
「俺の方は毎日名前の出勤姿を見ていたんだぜぇ。殺気立ってたから声もかけられなかったんだけどな」

スクアーロを家へ招き入れ、食事を始める。驚くほど今までと変わらないその様子からして恐らく来なかった数日の事など何とも思っていないのだろう。
名前とは違って。

自分があれだけ悩み、悲しんだ日々など彼はどうも思っていなかったに違いない。それが無性に腹立たしい。
もっともさっきまでの自分であれば抱かなかった感情だ。
スクアーロが今日も来なければまた沈んだ気持ちであったろうに目の前に居ることで安心したのか湧き上がってくるのは苛立ちだった。

例の如く「ご馳走様でした」と全てを平らげ手を合わせた後に何の反応もない名前を見て流石のスクアーロだって様子がおかしいと気が付いたのだろう、食器を下げるためにではなく立ち上がると隣へと座り自分の手を取る。相変わらず冷たい手だった。
いつもの帰り際のように口付ければ大人しくなると思ったか。それで黙るような女だと思ったか。涙がこみ上げてきそうになるのを抑えながらスクアーロを睨みつけるとその灰色の瞳はウッと揺れる。

「その、今日も美味かった」
「……ぶり大根」
「そうか、ぶり大根って言うのか。名前の飯はどれも美味かったがこれは特に美味ェ」

まるで許しを請うように言われればついいつも通りの反応をしてあげなくてはと思ってしまう。これもまた、彼が隣にいた影響だろうか。でもどうして自分ばかりがこうもモヤモヤしなくてはならないのだ。
根底にあるものは悲しさなのか、寂しさだったのか。
とうとう涙の膜が揺れ、ボロリと零れ落ちる。
目の前の男がハッと動揺したのが目に見えてわかったがこればかりは名前もどうしようもなかった。
先ほどまで楽しそうに笑っていた男は何処にも居ない。おろおろとしながら名前の頭を撫でたり自身の服の裾で涙を拭いたりと奮闘していたようだがそれですら他人事に見え、余計に涙は止まらない。

「…来てくれなかったら、捨てるところでした」

何がとは言わない。
しかしそれでも彼は気付くだろう、数日空けていたというのに彼が来ている時と変わらぬ料理の量であることに。
スクアーロがやって来てから名前は冷蔵庫も開けていないのにいつもの酒が食卓に並んでいることに。
箸が、コップが、一人暮らしであるというのに一対並べられているということに。
そのビールが、ほんの少し温くなっていたことに。

「名前」呼ぶその声は幾分か低い。
怒ったのか、呆れたのか、そんな事も考えたけれどそれよりも言いたいことは全部言ってやろうと思っていた。
ふるふると首を横に振り、自分の頬に触れるスクアーロの手に自分の手を重ね、涙の所為でぼやける視界のまま彼を見上げる。

「もう来てくれないのかと思って」

どうして私ばかりがこんな思いをしなくちゃならないのか。

「でも連絡先とか、何も知らないから、何も出来なくて」

どうして私ばかりが待っていなくちゃならないのか。

「勝手に私の中に入り込んでおいて、スクアーロはずるい。どうせまた安心させておいてどこかに行っちゃうんでしょう。どうせ私は聞き分けのいい女じゃないし、期待を持たせるような甘い言葉が欲しい訳じゃないの。会えるかもなんて思いながらご飯作ったり、1人でそれを食べたりするの全然楽しくないし全然美味しくないし。だから、」

何を話していいのか分からなかったというのは勿論のこと、どこまで話せばいいのか、どうしたらいいのか、このままどうなるのかすら分からずグルグルと考えていた結果何とも情けなく本音ばかりがぽろぽろと零れでる。
だけど、それですら全てを言わせてくれなかった。
もっと言いたいことがあった。黙っていた分、もっともっと言いたいことはあった。だのにそれすら許されないのか。
「名前」もう一度、宥めるかのように呼ばれるその声はいつも聞いていたものよりも随分と熱を帯びていることに気付く。

「期待していいのか」
「っ、きゃ」

ガクンと視界がぐるりと揺れる。何がどうなったのか分からないまま、自分の視界には彼の姿があるのは変わり無かったがその後ろには天井が、隣には絨毯が見えている。
押し倒されているのだと気付いたのは漸く、その時になってからだった。女の名前ですらどうなっているのか不思議であったあの銀の艶やかな髪が自分の頬へ、首筋へと垂れ下がりその擽ったさに思わず身を捩ろうとするも目の前の男はそれを良しとしない。

「す、く」

彼の名前を呼ぼうとしたのにその眼差しに、声が喉の奥へと消えていった。
今の今までこんな事態に陥らなかった方が不思議なぐらいであったのだと今更ながら思っていた。そうだ、だって彼の事は何も知らない。そんな人間を家に上げるのは危険であると最初に思っていたのにその危機感に気が付かないふりをしていたのは紛れもない自分である。

鼻と鼻がくっつきそうな距離。

息が、瞬きが、自分の小さな動き全てが彼に見透かされているようなそんな感覚。
スクアーロの瞳に映る自分は何とみっともない感情を出していたことだろう。その怒りに触れたことでこんな状態になっているのだろうか。こうすれば自分が喜び元の機嫌に戻るだろうと思っているのであればそれはお門違いだというのに。

しかしながら、彼はそれ以上の事は何もすることはなかった。
名前の輪郭をなぞる指はいつまでも経ってもそこから動くことはなく、彼の距離もそれ以上遠ざかることもなければ近付くこともなく。

「それは、俺と同じ気持ちだって期待していいんだな」

落とされた言葉に、目はまんまるに見開かれた。

今彼は何と言ったのだ。

それは、まるで…いや、でもだって。
すぐに否定してしまう消極的な自分と、彼の言葉をそのまま受け止め受け入れたくなる自分がせめぎ合う。だけどそれも一瞬の出来事だ。

だってそもそも気持ちなんて、最初から何も聞かされたことないのだから。
自分の事を知ってくれと。付き合ってくれと言われただけで彼の本心なんて何も知らない。それなのに同じ気持ちだなんて言われても困るのだ。これではただ自惚れてしまうだけではないか。
そんな名前の考えなんてお見通しだったのかもしれない。スクアーロはそこでようやくほんの少しだけ微笑み、空気が少しずつ和らいでいく。けれどその目は、真剣そのもので名前は未だ尚、身動き一つ取ることができなかった。

「好きだ」

どうして彼の言葉はそのまますっぽり、聞き入ってしまうのか。

「ずっとずっと、お前が俺を知る前からずっと、俺はお前の事が好きだった」

どうして彼は、名前のほしい言葉をくれるのか。
スクアーロの背に腕を回しきるその前、名前の行動の意図を読み取った彼はこのわだかまりを全て消すべく行動に移す。

音もなく重なるだけの唇。それだけで十分だったのだ。
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