I TAKE YOUの衝動


平々凡々、並がいい。
その素晴らしい校歌が似合う中学校の卒業生であるつもりだった。卑下することもなく自分の事を客観的に評価すれば何ひとつ飛び抜けて出来るような特技もなく、残してきたものは平凡な成績、平凡な容姿。
それでも何の不満もなく、楽しく生きてきたつもりで、もちろんこれからもそうなるべきだと名前は信じて止まなかった。

だってそうだ。
まさか校歌を思い出したきっかけとなる中学校の同窓会の帰り道、自分の家のドア前で誰かが倒れているだなんて思ってもみない。こんな経験は生まれてこの方はしたこともない。
久しぶりの友人との再会に程々に酒を呷っていたがそれすら全て吹っ飛んでしまうほどの驚き。これがまたその辺の道路だったというだけであったらもしかすると救急車を呼んではい終わりと出来たのかもしれない。

「もしもーし」

だけどどうしてこういう時に限ってこの人は家の扉を塞ぐように、どっしりと腰を下ろしたままピクリとも動かないのだ。もしかすると酔っぱらいなのかもしれない。
そうだ、駅は遠いけれど近くには飲み屋もある。
もしかするとご近所さんが家を間違えただけなのかもしれない。まだ名前もここへ越して来て間もなかったから分からないだけで。
そんな一縷の望みと共に声をかけるが銀の髪の人間はまったく動くこともなく、名前が手を触れたと同時に力なく向こう側へと倒れていくがそれでも起き上がる気配は全くといっていいほど、なかった。

「…もしかして、これやばい状況?」

残念ながらアルコールは自分の中から飛んでいったもののこのままこの人を乗せ病院へ出向けば飲酒運転になってしまう。携帯の充電だってさっき運悪く切れてしまったところでどうすることもできず。
外国の人であるということ、それから女かと見まごうほどの長い髪のその人間が男であることぐらいしか今の自分では判断のしようがなかった。
どうしよう。
迷ったのは一瞬である。大騒ぎするよりもまずはと、すぐに頭を切り替え鞄から鍵を出しドアを開くと後ろから男の両脇に手を突っ込み家の中へと引き込んでいく。普段から力仕事をしている訳でもなかったがこれは火事場の馬鹿力とでも言うものなのだろうか。

渾身の力で引きずり、靴を脱がせ、それから最近買い換えたばかりの新しいベッドに男を寝かせ。掛け布団をかけて一応そこから呼吸をしているのを再度確認し。

「…ふう」

私はよくやった。人助けだもん、仕方ないよね。
ある意味自己満足に等しい感情は決して不快ではなかった。真っ黒な服を着ているし、少し怖そうな人のようにも見えるけれど、それでも家の前で行き倒れている人を放っておくよりはマシなはずだ。感謝される事はあっても怒られたりすることはないはずだ。
うん、うんと満足げに頷いた名前もまた、少し酔っていたからこそ通常では考えられない行動をとったに違いなかった。やり遂げた達成感に酔い痴れ、ソファへと横になるとそのまま堅くしっかり目を瞑り、

「おい」

気が付けば朝だった。
誰かに揺り動かされるその感覚でぼんやりと目を開く。いつのまに自分は眠ってしまっていたのだろう。ああ、そういえば昨日は同窓会に行ったものの初恋の男の子が結婚するって聞いてちょっとだけ暴飲暴食してしまったんだったっけ。
自分の意志ではないその動きは昨夜たらふく飲んだ名前にとって気持ち悪さを促すものでしか無く。

「………誰?」

目をぱちり。
それから、思い出すまで数十秒。だけど、ああそうだった。彼の名前を私は知らない。
自分の事を見下ろしていたのは銀の髪をさらりと流した男だった。困惑した様子は両者共に。だけどその空気を変えたのは銀の方。
穏やかな表情を浮かべた後、名前の手を握りこう言います。

「俺と付き合ってくれ」

  

彼はS・スクアーロと名乗った。

「スペルビさん?スクアーロさん?」
「どっちでもいいがさん付けは要らねえ。お前は俺の恩人だからな」

年を聞けば名前よりも上で、だけどそう最初に言われてしまえば大人しく後者を選ぶ。
スクアーロ。名前に外国の知人も居ない為、ほんの少し片言になってしまったもののそれでも呼ばれた彼は「おう」と心なしか嬉しそうに応えた。

「で、だ。俺と付き合ってくれ」

見ず知らずの男性を家に上げてしまった事は確かに不用意だった。不用心すぎた。だけど家の前で野垂れ死なれるよりは幾分かマシな結果となったと思っていたのにまさかこんなにも強引かつ大胆な人間だとは誰も思うまい。

あれから数日が経過し、本来であれば目が覚めたあの時点、何なら元気になったスクアーロと共に食事を与え家から出ていった時に縁など切れてしまっているはずだというのにそうはさせてくれなかったのがこの銀の髪の男だった。
毎日毎日、彼が来る。やって来る。そして伝えてくる。
その都度「お断りします」その言葉も何度、返したことだろう。だのにそうか、と一言で終わらせてしまうのだ。聞いているようで聞いちゃいない。そう名前は感じ取り、でも決して名前の嫌なことはしてこないというのが一番厄介なところだった。

「お前は俺の事を知らねえという。じゃあ俺の事を知ってくれ」

とうとう最終段階、その言葉に頷かされてしまったのが昨日のことだった。
何だか流されているような気がするものの筋は通っていないような気もしないでもない。彼はきっと詐欺師に向いているに違いなかった。

気が付けば仕事が終わる時間も聞き出されていて、帰ってきてしばらくするとコンコンとドアを叩く音。
これはもう持久戦になってしまうかもしれないと一度だけ文句を言ってやろうと意気込みドアを開けたというのにブンブンと尻尾を振り嬉しそうににこにこと笑みを浮かべ「よう」と挨拶してくる姿に全てが消えてしまう。文句が全て、喉の奥に消えていく。

「…何だかなあ」
「何か言ったか?」
「いーえ、何でもないですよ」

背だって名前よりも随分大きい。
モデルなのかもしれないと思える長身、相変わらず全身黒い服。パッと見れば寧ろ怖い人のようにも見えるというのにどうも小動物を思わせるような言動に何とも言えず結局また今日も家にあげてしまう自分が一番駄目なんだけどなあと。もちろん、分かってはいるつもりなのだけど。
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