求める

 蹴り飛ばし、切り裂き、柄を埋める程までに深く突き立てる。それら一連の行動を何十回したことだろう。何度同じように倒したとしても、相手はいつの間にか霧のように消え失せ、そしてまたいつの間にか新たな敵として架月の前に現れ続けていた。体力は元の持ち主よりもあったのだが如何せんこれではキリがない上に己の本体である破妖刀が少しずつではあったが錆びていくのが分かっている。
 不思議なことに破妖刀というものはどれだけ魔性を喰らい尽くしたとしても、その身に血脂を被ろうとも肉を斬ろうとも錆びることはなかった。その点やはり時間遡行軍という輩は魔性とは違っていたというべきなのか、はたまた一度折れた自分を再生した上でこの世界に投げ捨てた気紛れの妖主の力の所為だったのか最早今となっては分かりはしまい。

 諦めるのであれば、この世での生をやめたいのであれば簡単なことだったのだ。自分が握っている破妖刀を手放してしまえばいい。相手に折られてしまえばこの世界に彼は居ないのだから次はない。
 だというのに彼らを見ると湧き上がるこの感情は。決して彼らを許すまいと燃え上がるこの感情は。


 ――…自分が作られた際の記憶が蘇ってしまうではないか。

 架月、否、破妖刀名であれば月蒼夜。かつて一人の無名の鍛冶屋が己の街を襲われたことを大層憤り、全ての恨みつらみを込めて作り出されたのが自分だ。そして世に産み落とされた時、初めに見たのは燃え上がる炎だった。
 まさに今、架月の内側ではその炎が燃え滾っていたのである。殺せと自身の内側から湧く声。傷付けた者を返せと怨嗟の声。取り憑かれていると言っても過言ではない程に、架月は怒りの目を持ち、彼らを睨み、屠っていた。理由なんて聞かずとも分かる。三日月宗近。あの美しく気高い彼を傷付けたその罪は幾ら斬り屠っても許しがたい。

 護れなかった。
 守ることができなかった。

 その自分の不甲斐なさはまさに時間遡行軍へと向いている。これでは元の主と同じではないかと笑ってしまうのだが、ここに来てまさか元の所有者、つまり架月が破妖刀として旅をしていた相棒の気持ちを理解するなどと誰が思っただろうか。しかしここがもう限界なのだろう。最早疲労困憊、気力だけで動いてきた架月であっても手に力が入らないところまでやってきている。彼が無事であるかと祈る事も忘れ、剣を力のままに振り続けた己の、何と惨めな最期のことか。

 目の前にいた最後の一体を渾身の力で屠るともう己の身体を支える力すら無くなっていたことにようやく気付き、分かった頃には既にその場で倒れこんでいた。


「……」

 山は異常なほど静かだった。どれぐらいの頻度で時間遡行軍が現れるのかは知らなかったがそれでも間違いなくそのあたりを徘徊し、自分や他に誰かが居た場合斬りかかっていく。そういう仕組みの生き物であるということはわかっていたが、もう今は見つからぬよう隠れる力も抗う力も残ってはいない。
 こういう状況とは言え、寝転がったのはいつぶりなのだろう。上を見上げれば満天の星空に細い月が一つ浮かんでいる。まるで三日月の瞳のようだった。そう思えば不思議と心が穏やかになるのはやはりこの世界、唯一の知り合いだったからなのだろう。否、恐らく自分ではあまり理解出来ていないところでは彼と共に居る場こそを拠り所にしていたのかもしれない。しかし気付いたところで散りゆく生命は変わることもない。


「腹は減らないか、架月」

 ああ、しかしどうしてその声をまた聞く事になるのだ。これは幻聴なのだろうか。全てが億劫になっていたが声を聞いただけで少し身体が軽くなったような感覚に襲われる。瞼をゆっくりと開くとそこには見慣れた男が、暫く離れていた男がしゃがみ込み此方を覗き込んでいるではないか。
 こちらに手を伸ばし頬に触れている指先はひんやりと冷え切っており火照った身体には気持ちが良い。そういえば初めて三日月と会った時もこんな状態であったことを思い出しながらぎこちなく笑みを浮かべるとゆっくりと三日月は架月の身体を起こし抱き上げる。


「三日月、怪我は」
「ああ、審神者に世話になってな。今日はお前を迎えに来た」

 あの時の怪我はどうなったのだろうか。全て治したのであれば流石審神者と言ったところなのだろうが残念ながら架月はその審神者という人間を見たこともなければ想像もつかない。そういった治癒の力があるのであれば、良い。自分は三日月を守ることも治すこともできなかったのだから。自分では役に立つことはできなかったのだから。
 なのに彼は不思議なことを言う。依頼をこなせなかった者など捨て置けばいいのに。そもそも彼が此処にやって来たのも変な話なのだ。三日月を助けた審神者は彼を探す為にこの厚樫山に他の刀剣男士達を向かわせたというのに、目的を成した今此処に何があるというのか。

 …足手まといは、真っ平御免だった。


「…私は行けないよ」
「小狐丸に言われたからか?なに、あいつもちゃんと連れてきているさ」

 そういう事だけでは、ないのに。矛盾しているとは自覚もあったが、たかだか数日会っていなかっただけだというのに自分がこれほどまで安堵するとは思ってもみなかった。そうだ、彼に看取られるのであれば悪くはない。これが例の妖主の悪戯による幻覚ではないことを祈るばかりである。
 頬を撫ぜる三日月の指先。自分の身体を抱き上げゆっくりと歩き始めたがもう架月に抵抗する術は残されていなかった。


「お前は俺のぼでぃーがーどだろう」
「でも、」
「”お前は俺と在ればいい”…忘れたか、架月」

 優しげな口調の割にそれは断ることを良しとしない強さがある。ああ、何だ。架月は苦しげな咳を漏らしながら苦く笑わずにはいられない。離れて悔いたのは自分だけではなかったのかと。てっきり約束を反故し、彼を審神者の元へと追いやった自分を恨んでいた訳ではなかったのかと。

 だって彼の目はあまりにも真っ直ぐ自分を見ているから。
 だって彼の目はあまりにも優しく自分を見ているから。

 それ以上架月は話すことはなかった。ただ大人しく抱かれたまま三日月の胸の方へと寄りかかると自身を掴む腕に込められた力がほんの少し強くなったような気がする。


「――また会えてよかった」

 だけど今は、非常に眠い。彼の傍は何と心地よく、安堵できることか。「俺もだ」と彼からも言葉が紡がれたのを聞きながら、三日月を連れていってくれた白髪の男がやれやれと溜息をつくのを聞きながら、架月は目を瞑る。きっと目を覚ました時は彼が連れていかれたと同様、審神者の居場所なのだろうけれど彼が居るのであれば何も怖くはないのだ。そう、思いながら。

 ―此処が最果て― SCENE:三日月
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