誤魔化す

「手合わせをしようか小狐丸」
「…ぬしさまと私が、ですか?」
「ああそうだ」

 それは唐突な誘いであり常々感情の変化に富んでいる訳でもない小狐丸でもポカンとせずにはいられなかった。

 そもそも審神者という者に求められていることは霊力的なものであり、刀剣男士達を顕現させることのある力であり、そして政府の下名に対し何も疑問を持つことなく是と頷く精神であった。
 自分が此処の本丸に顕現し早数ヶ月、近侍となって同等の日数が流れておりずっとこの変わった審神者を見てきた訳であるが正直彼女にそういったものが全く見られることはない。

 毎日朝餉の前に皆の意向を聞き本日向かう先を決め、内番も好きなように男士達へ任せ、彼女がすることといえばそれを報告書に書いて提出─これも実際見たことはないのだが─ぐらいである。
 しかし向かう先の選択肢は審神者である架月が決めるのであるが少し贅沢すぎではないかと思われるほどの見事な刀装で必ず古株である太刀を3振り、そして残りは中堅と新参者である者で埋め、場所といえば寧ろ敵の方を虐めに行っているのではないかと思えるほど然程重要視されていない辺鄙な場所であったりする。

 つまり、……彼らは一切、その身に傷を受けることなく帰ってくるのだ。
 稀にほんの少し擦り傷が出来たぐらいだろうか。刀装を傷つけてすまないと謝る男士も現れるぐらいで、小狐丸もその姿を何度か見たことがある。かまわないよと彼女がにこやかに笑っていることも、だ。

 しかし自分達は刀である。
 用途は様々ではあるが主だった事であれば人を斬る為に出来ている。それが持ち主の腹なのか、敵方なのかはさておいて、だ。あまりにもの過保護っぷりのこの生活が異常なのか、他の審神者たちも同じ事をしているのかどうかも外をまだ知らぬ小狐丸には判断できなかったがそれでも誰も彼女の選択に文句を出した者は未だかつて、見たことがない。


「ここは下克上ですよ、小狐丸さん」
「…下克上、とな」
「ええ。文句があれば力ずくで、ってことです」

 しばらく持っていた疑問に対し答えてくれたのは大和守安定であった。確か彼も随分と古参だっただろう。皆と同じぐらい経験を積まねばねえ、という架月の指示によりよく同じ隊に組み込まれていた所為か彼は気さくに答えてくれた。
 一体どういうことなのか。再度疑問を投げかけようとしたその時、丁度稽古場のところから大倶利伽羅がムスッとした顔でやって来て自分たちとすれ違う。
 「負けたみたいですね」彼の姿が廊下の向こうへと消えてもひそひそとする声。確か彼は本日の朝餉の際にも不満げにしていたのを思い出す。

 つまり、と小狐丸は納得した。文句が出なかったわけではないのだ。
 やはり大倶利伽羅のように他の場所に行きたいと、前に進みたいと思う者がいるのに是と言わせないのは勝てないからだ。下克上だというのは恐らくそういうこと。
 誰に、なんて聞くのは野暮だろう。小狐丸はその人間を誰よりも知っているのだから。


「お、良いところに来たね」

 ひょっこりと顔を出したのは想像通りの人間だった。大和守はそのまま「じゃあね」とひらひら手を振り、去っていきその場には自分と彼女の2人となる。
 手招きを受けそれに抗うこともなく小狐丸も稽古場へと足を運んだ。誰かと手合わせをした痕跡がまだ残っていた。壁に立てかけられていた木刀が1本物の見事に折れ、もう使い物にならないようになっている。しかしこれはきっと彼女が握っていたものではないのだろうと小狐丸は判断した。


「ぬしさまは強いのですね」
「どうだろうねえ」

 他の審神者を知らないが、確かに彼女は異質なのだろう。
 普段から異国の格好をしていたのは知っていたがそれは確かに剣を携え動き回るのに丁度いい。
 以前は剣士だったのだろうか。何故そんな彼女がこんなところで、刀を振るう方ではなく彼らに力を与える審神者をしているのか。それに答えてくれるのは恐らく彼女だけだったのだろうが今はまだ聞けずにいた。
 侍と言えぬのはやはりその細身の剣が彼女にはとても似合っていたからである。


 ――…そして冒頭の会話に戻るのだった。
 珍しくも自分の審神者は興奮していた。先程の手合わせが激しかったのだろうか。それとも何かを思い出すことがあったのだろうか。今までみたこともないほど彼女は色めいていて、思わずゴクリと喉を鳴らす。
 おいでと言われれば抗うことが出来ないのは審神者と、それに喚ばれた刀剣という関係だという訳だけではない。この彼女に惹かれているのは、他の男士達とはまた違った理由であるというのはまだ彼女に伝える事も出来やせず。


「ぬしさま」

 ふわりと抱きつくとその身体は自分を拒絶することはなかった。
 いつもそうだ、彼女は決して自分を無碍に扱うことはなかった。何よりも彼女は自分を優先してくれていた。だからこその行動であるとは自覚もある。
 「どうした?」小首を傾げる彼女の傍はどうしてこうも温かい。


「私はそれより、毛艶を整えていただきたいです」
「ん、そうか。じゃあそうしよう」

 ぽんぽんと背中をあやすように撫ぜられるその手が愛おしい。
 まだ彼女には言えない。

 木刀ならまだしも、クセのようにその腰に携える剣に触れるのが嫌だと言ったらどうするのだろう。その剣がもしも人型をとり自分を見なくなることが怖いと告げればどんな反応をするのだろう。
 嫉妬、ではない。否、それも含まれていただろうがそれより占めていたのは恐れであった。
 しかしそれを言ったところで何も変わるまい。そんな心中悟らせるまいと擦り寄り、彼女の小さな手を取り歩き出す。
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