こすぱに!

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「…ずっと考えていたんだけど、リボーン」
「何だ」

 何も考えず過ごしていたこの2日間で風紀委員以外の人達も狙われたらしい。
 まさかのヒバリさんに教えてもらい、並盛中央病院でお兄さんの部屋へと急いでからそんなことをクラスメイトから聞いた。明日は我が身。ヒバリさんが犯人の目星をつけてどこかへ行ったっていうことも、それからこの狙われているのも無差別に誰でもっていう訳じゃなくてフゥ太がつくった並盛中のケンカの強さランキングに沿っていたことも、突然たくさんの情報が入ってくる。4位である草壁さんがたった今やられたってことも目の前で見た。

 そして、狙いが…ケンカを売られている本当の対象がオレだっていうこともリボーンから聞いたものの正直どうしていいのかわからなかったっていうのが本音だった。

 いつの間にかここは平穏な並盛じゃなくなっていた。

 ただごとじゃない、正直言ってこのランキングの上位にランクインする人達が敵わない人がオレがどうも出来る訳がない。それでも事態は、犯人はそんな事なんて知ったこっちゃない。どんどんと皆がやられていくのを見過ごすことは出来ない。
 だからこそ今はこの順番通りならすぐにでも獄寺くんのところへ走らなきゃならないと。分かっているからこそ、今この話を切り出すのは正直躊躇っていた。いつでもこの話は出来るんじゃないかってわかってる。だけど、今だからこそ話しておかなくちゃならないような気がして。意を決し、尻尾が切れて色々なカタチに変化し続けているレオンを抱いたリボーンを見据え口を開く。


「ゆうちゃんのこと」

 土曜日の記憶は早くも消え去ろうとしていた。突然リボーンがゆうちゃんを家に呼んだ時は何事かと思ったけど真面目な彼女はそれを真に受けて、夜、家にやってきた。それから、


『違う世界からやって来ました』

 例えばこれがエイプリルフールだったとしても笑えない話だった。
 オレだって中学生で嘘と本当の区別だって出来る。そんな中、ゆうちゃんがまっすぐオレの目を見て話した内容は、その一言だけじゃ何も判断は出来ない内容で。
 『もういい』とまだ少し続けようとしていた彼女の話を打ち切ったのはリボーン。もう何が何だか分からない状態で、そもそも何を話しにゆうちゃんがやって来たのかも知らなかったし、獄寺くんがどうしてそこまで怒った顔をしていたのかも分からなかった。
 リボーンは、今までにないほど厳しかった。オレにだって向けたことのない言葉。ランボにだってかけないような、まるでゆうちゃんが敵みたいな、部外者に対するような、女には優しいと豪語していたリボーンらしからぬ冷たさが含まれていた。


『あ、じゃあ失礼しますね』

 その視線を受けたのがもしもダメツナなオレだったらきっと耐えられなかっただろう。怖くなって、泣いてたかもしれない。だけどゆうちゃんは違った。ヘラヘラと笑いながらお菓子の袋を渡してきたクラスメイトのあの子の顔は、泣きそうな顔もしていなければこれっぽっちも笑っていなかった。
 諦めの表情だ。
 そうすぐに分かったのはまるでリボーンに出会う前のオレそのものだったからだ。それは誰の目にも明らかだったのに突っ込むこともなくこれ以上かける言葉もなく、『お邪魔しました』と母さんに明るく声をかけながら一人帰っていくのを誰も見送ろうともせず。

 あの後、残されたオレの部屋でゆうちゃんの話は一切出なかった。獄寺くんが何も話さなくなり、山本も強張った笑みを浮かべるだけで。きっとオレがいなかったところで何かがあったんだっていうのはすぐに分かったけどそれが何だったかっていうのを聞いていない。だからこそ何も言えず。


「あの時、嘘をついているようにはオレには見えなかったんだ」

 とても、信じられない話だったけど。それからあのゆうちゃんの表情を見た時に、ふと思い出したことがあった。いつかの、ヒバリさんの件を皆、覚えているだろうか。


『次は怪我しないように気をつけてね』


 誰もあれから言わなかった、あの話。ゆうちゃんが学校にやって来る前、保健室での、ヒバリさんの件。オレが怪我をして保健室でヒバリさんに手当てをしてもらった話をリボーンに話していない。あの時、既にオレ達の中でヒバリさんは恐怖でしかなかったというのにあの人はヒバリさんじゃなかった。根拠はない。でも、見た目は一緒だったけど、違ったんだ。
 積もり積もり、わだかまっていた違和感は誰かに言えばスッキリしたかもしれないけどあの場にいた山本や獄寺くんに言ったところで混乱するに違いないと思って言えなかったことだった。いつもの自信に満ち溢れた、怖いものなんて何もなさそうな風紀委員長の雲雀恭弥という人物じゃなかった、ヒバリさんであってヒバリさんじゃなかったあのひと。不安そうに、怖がっていたあの表情はまるであの時のゆうちゃんにそっくりだったんだ。


「本物だったら殴られるだろうからもうそんな態度取らない方がいいよ」

 本物のヒバリさんじゃないとあの人自身否定していたじゃないか。
 大分前の事だったからすっかり忘れていたしそんな馬鹿げたことがあるわけないと笑われるのが分かっていたから言うわけにはいかなかったけれど、オレはあのヒバリさんが他の誰でもなくあの子だったんじゃないかと。
 ヒバリさんの声だったのに、優しい雰囲気。
 あれは、ゆうちゃんだったんじゃないかと、今更ながら、思うところがある。

 …それに、ゆうちゃんは、普通の人のようで普通の人じゃない。気付かない振りなんてもう出来ない。ただのクラスメイト、ただの獄寺くんと仲のいい、勉強も運動もできるあの押切ゆうちゃんという人間を忘れていたっていう事実。
 ランボがゆうちゃんの名前を呼んだあの時までオレだってすっかり忘れていた。いつかのくれた塩味の飴を見てもピンとこなくて、いつかのゆうちゃんがオレにかけてくれた言葉だって忘れていて。


『背負い込んだってどうしようもなくてさ。でもオレにしかできないことは、いつか来るだろうから、それだけは逃げ出さずにいようって。そう思ったら最近の悩みがすっごく馬鹿らしく思えてさ』
『……誰かに教わったのか?』
『…え』

「……オレはそう信じてるから」

 でも、もう遅い。
 せっかく少し仲良くなれたと思ったけど突然あんな風に扱われたらゆうちゃんだって嫌な気がしただろう。あんな表情を浮かべるような子じゃないんだ。毎日山本や獄寺くんみたいに一緒に居た訳じゃないけどそれぐらいオレだって分かる。
 だけど謝って許してくれるような雰囲気でもないし、何よりリボーンがそのつもりじゃないことだってオレでも分かる。

 だから何だっていう話じゃない。オレの中での嫌な予感が膨れ上がったのは、そのケンカのランキングに押切さんという名前が出たからだ。男の名前だ、もちろんゆうちゃんには関係ない。だというのに不安が抜けない。
 「だろうな」暫くしてリボーンから返ってきた言葉は意外で、オレは一切の思考を放棄して目の前の赤ん坊を見た。言いたいことが沢山出来たからだ。だってあの時は、

 ゆうちゃんを泣かせたのはお前だったじゃないか。


「なら…っ!」
「それだけでお前は信じられんのか?」

 それはこの前の土曜日、ゆうちゃんが話してくれた違う世界からやって来たっていう話のことだろう。オレだって分かっちゃいない。
 でも大きくそのまま素直にうんと頷けたのはあの時のゆうちゃんが嘘をついているようにはやっぱり見えなかったからだった。その自信はある。前にも言ったように、それを上手く説明することはできないけど。何となくで決めるのは良くないって分かってるけどオレはそう信じてる。

 言いたいことはそれだけだった。
 これを言ってどうにかしようともそもそも思ってない。ただ言いたかった。オレが思っていることを、どうしてもこのオレの家庭教師だっていうリボーンに聞いてほしかった。
 「そうか」とリボーンがオレの言葉に対してそれ以上何も言うことはなくなったのを確認するとオレももう一度ランキングの用紙を見て走り出した。

 獄寺くんの元へ。これ以上、誰も傷つくことのないように。



「ええっ、早退したー!?」

 てっきり学校へ来ているものだと思って病院から教室へダッシュしたっていうのに獄寺くんは早退してしまったらしい。ハル達に捕まっていたあの時間で入れ違いになってしまった。すれ違いにならなかったってことは何処か寄り道をしているのだろうか。…いや、もしかするとこの事態に何か気付いたのかもしれない。一体獄寺くんは何処にいったんだ。
 居そうな場所を探しながら何処かで公衆電話を探して獄寺くんの携帯に掛けなきゃ。獄寺くんが危ない。


「こら沢田!!来てそうそう帰るなー!」

 先生の怒声を後ろで聞きながら人数が全然いない教室を一瞬だけ見た。誰が何処の席に座っているか分かっていないけど山本はいるらしい。それに少しだけ安心しながら外へと走り始めていたけどもう一つの事実に気付いてさっきオレが思った嫌な予感がどうか外れますようにと心の底から願った。

 獄寺くんの横の席、押切ゆうちゃんもそこにはいなかった。
 これが何かに繋がりませんようにと。

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