後片付けを終え、私がよく使っていた部屋へと行くと何もかもが変わらずに置いてあった。私が追加で買ったものも、全部。
まるで私の部屋だ。そもそもここは恭弥の家だというのにそれらが片付けられることもなく当たり前のように置いてあって、…だからこそ違和感を感じずにはいられない。
「……」
目の前にあるキャリーに。
どうしてこれがここにあると言うのだろう。私の記憶が正しければ前回、この世界にやって来た時に確かに私の手で持ってきたものであるには違いない。だけど元の世界に戻った時、”でざいなーずるーむ”にあったのも、これまた確かな記憶だ。
手ぶらでやって来た今回、このキャリーがこの部屋にあるのだって、おかしいのだ。
横にいる恭弥をチラリと見ると彼も私を見ているところだった。何も言わずに顎でそれを指し示す。…どうやら開けてみろと言いたいらしい。
見覚えのあるそれに手を伸ばす。
恐る恐る開いてみれば私が元の世界でよく着ている私服やらが詰め込まれていて、あれば便利なものばかりがそこにはあった。…再度、押切ゆうと転じた私にぴったりのサイズであるかは別として、だけど。
「ゆう」と恭弥の声が降ってくる。
「この世界で他の男と面識あるの」
「え」
私の聞き違えでなければとんでもない質問が飛んできた訳で思わず思考がストップした。ついでにキャリーの中を漁る手も。意図が読めない。その質問に込められた意味が、読み解けない。
振り向いてどういうことなのかと問う前に早く答えなよとばかりにいつの間にやら取り出されていたらしいトンファーがジャキリと私の背後で音を鳴らした。
他の、男。
覚えがない、とは答えさせないつもりの確信めいた質問。うーんうーんと頭を捻ってみても恭弥の聞きたいであろう答えが思いつかない。誰のことを言っているのだろうか。この時期であれば恐らく粗方、ツナ達と知り合ってはいるだろう。多分、きっと。仲良くしているかどうかと聞かれればそれは肯定できないけれど。だけど何で今、その話を。
「…クラスメイトとは当然、話したことあるよ。だけどまだ今回は誰とも話し、」
答えながら言葉が止まった。声が止まった。
いや、話した。会話らしい会話かと聞かれればとても微妙なところだったけど、M・Mとの思い出で、こっちに来てからは恭弥の事で頭がいっぱいになっていてすっかり頭の隅へと置き去りにしてしまっていたけど話してた。そうだった。彼の求める答えが、見つかった。
六道骸。
それと、城島犬。
この流れで男と面識があるかどうかを聞いたということは恐らくこのキャリーに関係があるのだろう。恭弥はこういったところでは無駄を嫌う人間である事をよく、知ってる。
ということは城島犬ではない。彼はこの件に関係ないだろう。
そうとなると、骸。彼だ。
『迎えにあがりますよ、ゆう』
”でざいなーずるーむ”に置いていた筈のこの荷物を持ち運べるとしたら彼しか有り得ない。
恭弥と彼がすでに接触している、のだったらそれはそれで大変な事になりそうだけどこの質問をしているということはまだ骸とは対面していない…ということだろうか。
私の言葉が止まった事に恭弥はやっぱりと声を漏らした。それよりも私はキャリーをどうやって受け取ったのか聞きたかったけどトンファーを頬にグイグイと押し付けながら答えを促す恭弥はきっと教えてはくれないだろう。名前を言えと言っているに違いない。けれど、それは、出来ない。
「…確かに1人、いるけどまだ恭弥に教えられる人じゃないの」
原作に関わる事を話す、ということは間接的ではあるけれど原作に触れることになる。それは私が自分に課したルールではあったけど、破る事は出来なかった。
決して、恭弥に対し隠し事は無しにしたいと思った事は嘘ではない。
だけど物事には順序というものがある。私がこの時点で何も知らない恭弥に骸の話をするのは、それをとんでもなくすっ飛ばしていることになるのだ。言える訳がなかった。
目の前にあるこの荷物は十中八九、骸から送られてきたものだろう。
そう考えると骸の頭の良さというのもなかなか恐ろしいものがある。M・Mに携帯を預けた時と同様、私の居場所を知っているも同然だと言葉無く知らせているのだから。…とまあ私の考えが合っているのかどうか、この解釈でいいのかは分からなかったけど、確かなことは一つだけある。
「……ふうん」
恭弥が見る見るうちにとんでもなく不機嫌になったことだ。
少なからず数ヶ月共に過ごしてきたからよく分かる。これは怒ってる。拗ねてるに近いかもしれないけど間違いはない。
が、考えられる理由は…え、もしかして骸の事言わなかったから?いやまさかそんな。恭弥に限ってそれはないだろう。
だけどこの状態でそんな事を聞いて今も尚私の頬に押し付けられたトンファーで滅多打ちにされる訳にはいかない。いつだって命は惜しい。だからといって、やっぱりそれでも言うわけにはいかない。
「もういいよ」
根負けしたのは恭弥の方だった。
スッとトンファーが降ろされホッと胸をなでおろす。
「明日学校は」
「いっ、行くよ。制服もちゃんとあるし」
学校に多分、私の教科書なんかも置きっぱなしだったとおもうけどそれは恭弥が回収してきてくれたらしい。部屋の隅にそれが置いてあることを確認すると明日慌てないようにと全部を鞄に詰め込んだ。よし、これで万端だ。
後は寝るだけ。寝て起きるだけ。お弁当も作らなきゃだけど具材も無いし購買でダッシュするしかない。
後ろで恭弥がジッとそれを見ているのは何となく気付いていたけど敢えて気がつかない振りをしてこのままさっきの話題も是非忘れてくれますようにと願いながら「じゃ、おやすみ!」と逃げるようにベッドへ潜り込んだ。やがて電気を消した恭弥が向こうに行く気配を感じ取る。暗闇。冷たいシーツ。目を閉じると昨夜のことを思い出して心がずうんと、重くなった。
「…M・M」
無意識に零れた名前。今頃、彼女はちゃんと眠れているだろうか。
仲間…だから大丈夫だよね。酷いこと、されてないよね。連絡を取れる手段もなく彼女がただ無事であることを祈るばかりである自分の無力さが情けない。
だからといって私にそんな力があったとして、関わる事は出来ないのだろうけれど。
――ガサリ。
物音がしたのはその時だ。
この部屋に入るためのドアは何故か恭弥が随分前に壊してしまっていて扉はない。
だから向こうの音も正直結構聞こえてきたりする訳でこれはこれでプライバシーも何もないのでは…なんて思春期の男の子の心配をしてしまうお母さん気分にもなってしまうけれど所詮私はただ此処に住み着かせてもらっている身。修理をしないのであればカーテンか何かを買っておかなくちゃ、とは思ってはいるけど今の音は思ったよりも近くで聞こえたような気がして。
「!」
何かが落ちた音だろうかと振り返ろうとする前に後ろから何かが絡みついて身動きがとれない状態になった。視界は真っ暗。だけどこの後ろから聞こえてくるこの音は、この、温もりは。
…まさか。
冷や汗ひとつ。
その拘束からどうにか頭だけでも抜け出そうと奮闘すると不思議そうな顔をした恭弥がそこにいた。「何?」とさも当たり前といったように聞いてくる彼に対しうっかり何でもないと答えそうにもなったけどこれはダメだ。絶対にダメだ。
「いやいや…っ、何で入ってきてるの!」
そりゃ前だってこんな事はあった。それは確かだ。
寝ている間に入り込んできたりしてきたこともあった訳だけど不可抗力だったし、だからこそ私がしっかりと起きているこんな時ぐらい恭弥のこの行動は止めなければならない。
追い出さなければ私の心臓がもたない上に彼の守るべき風紀だって乱れまくりであるのだから。
しっかりと恭弥の方を見て改めてその整った顔を睨めつけた。心を鬼にしなければならない。M・Mの時のように流されるわけにはいかないのだ。
だというのに、
「……だめ?」
あれ、恭弥ってこんな可愛かったっけ。
だめ?だって。…あれ、もしかして眠いのだろうか。
というかこれ…誰だっけ。ホントに恭弥?何だこれ色気とかじゃなくて、庇護浴を非常に煽ってくるようなこの可愛さを含んだ生き物は一体何なんだ。いつの間にこんなスキルを覚えたというのだろうか。
ドキドキ、というよりは何だろう、この捨て犬を見つけてしまったような…断った方が良心の痛む気持ちは。
ハア、と溜息一つ。それから恭弥の腕を引き剥がそうとした手の力も抜いた。
「…仕方ないなあ」
結局やっぱり、流されたのは、私。
断りきれないその雰囲気がM・Mにも見えた。そういう所為にしておこう。
私の是の言葉を聞くや否や抱き込んだその腕の力がほんの少し強くなった気もするけど私は今から意識を飛ばします。絶対に、秒で。死ぬ気で寝る!
こすぱに!
……無理だ、眠れない。
後ろから聞こえてくる健やかな寝息がとても、恨めしい。
まるで私の部屋だ。そもそもここは恭弥の家だというのにそれらが片付けられることもなく当たり前のように置いてあって、…だからこそ違和感を感じずにはいられない。
「……」
目の前にあるキャリーに。
どうしてこれがここにあると言うのだろう。私の記憶が正しければ前回、この世界にやって来た時に確かに私の手で持ってきたものであるには違いない。だけど元の世界に戻った時、”でざいなーずるーむ”にあったのも、これまた確かな記憶だ。
手ぶらでやって来た今回、このキャリーがこの部屋にあるのだって、おかしいのだ。
横にいる恭弥をチラリと見ると彼も私を見ているところだった。何も言わずに顎でそれを指し示す。…どうやら開けてみろと言いたいらしい。
見覚えのあるそれに手を伸ばす。
恐る恐る開いてみれば私が元の世界でよく着ている私服やらが詰め込まれていて、あれば便利なものばかりがそこにはあった。…再度、押切ゆうと転じた私にぴったりのサイズであるかは別として、だけど。
「ゆう」と恭弥の声が降ってくる。
「この世界で他の男と面識あるの」
「え」
私の聞き違えでなければとんでもない質問が飛んできた訳で思わず思考がストップした。ついでにキャリーの中を漁る手も。意図が読めない。その質問に込められた意味が、読み解けない。
振り向いてどういうことなのかと問う前に早く答えなよとばかりにいつの間にやら取り出されていたらしいトンファーがジャキリと私の背後で音を鳴らした。
他の、男。
覚えがない、とは答えさせないつもりの確信めいた質問。うーんうーんと頭を捻ってみても恭弥の聞きたいであろう答えが思いつかない。誰のことを言っているのだろうか。この時期であれば恐らく粗方、ツナ達と知り合ってはいるだろう。多分、きっと。仲良くしているかどうかと聞かれればそれは肯定できないけれど。だけど何で今、その話を。
「…クラスメイトとは当然、話したことあるよ。だけどまだ今回は誰とも話し、」
答えながら言葉が止まった。声が止まった。
いや、話した。会話らしい会話かと聞かれればとても微妙なところだったけど、M・Mとの思い出で、こっちに来てからは恭弥の事で頭がいっぱいになっていてすっかり頭の隅へと置き去りにしてしまっていたけど話してた。そうだった。彼の求める答えが、見つかった。
六道骸。
それと、城島犬。
この流れで男と面識があるかどうかを聞いたということは恐らくこのキャリーに関係があるのだろう。恭弥はこういったところでは無駄を嫌う人間である事をよく、知ってる。
ということは城島犬ではない。彼はこの件に関係ないだろう。
そうとなると、骸。彼だ。
『迎えにあがりますよ、ゆう』
”でざいなーずるーむ”に置いていた筈のこの荷物を持ち運べるとしたら彼しか有り得ない。
恭弥と彼がすでに接触している、のだったらそれはそれで大変な事になりそうだけどこの質問をしているということはまだ骸とは対面していない…ということだろうか。
私の言葉が止まった事に恭弥はやっぱりと声を漏らした。それよりも私はキャリーをどうやって受け取ったのか聞きたかったけどトンファーを頬にグイグイと押し付けながら答えを促す恭弥はきっと教えてはくれないだろう。名前を言えと言っているに違いない。けれど、それは、出来ない。
「…確かに1人、いるけどまだ恭弥に教えられる人じゃないの」
原作に関わる事を話す、ということは間接的ではあるけれど原作に触れることになる。それは私が自分に課したルールではあったけど、破る事は出来なかった。
決して、恭弥に対し隠し事は無しにしたいと思った事は嘘ではない。
だけど物事には順序というものがある。私がこの時点で何も知らない恭弥に骸の話をするのは、それをとんでもなくすっ飛ばしていることになるのだ。言える訳がなかった。
目の前にあるこの荷物は十中八九、骸から送られてきたものだろう。
そう考えると骸の頭の良さというのもなかなか恐ろしいものがある。M・Mに携帯を預けた時と同様、私の居場所を知っているも同然だと言葉無く知らせているのだから。…とまあ私の考えが合っているのかどうか、この解釈でいいのかは分からなかったけど、確かなことは一つだけある。
「……ふうん」
恭弥が見る見るうちにとんでもなく不機嫌になったことだ。
少なからず数ヶ月共に過ごしてきたからよく分かる。これは怒ってる。拗ねてるに近いかもしれないけど間違いはない。
が、考えられる理由は…え、もしかして骸の事言わなかったから?いやまさかそんな。恭弥に限ってそれはないだろう。
だけどこの状態でそんな事を聞いて今も尚私の頬に押し付けられたトンファーで滅多打ちにされる訳にはいかない。いつだって命は惜しい。だからといって、やっぱりそれでも言うわけにはいかない。
「もういいよ」
根負けしたのは恭弥の方だった。
スッとトンファーが降ろされホッと胸をなでおろす。
「明日学校は」
「いっ、行くよ。制服もちゃんとあるし」
学校に多分、私の教科書なんかも置きっぱなしだったとおもうけどそれは恭弥が回収してきてくれたらしい。部屋の隅にそれが置いてあることを確認すると明日慌てないようにと全部を鞄に詰め込んだ。よし、これで万端だ。
後は寝るだけ。寝て起きるだけ。お弁当も作らなきゃだけど具材も無いし購買でダッシュするしかない。
後ろで恭弥がジッとそれを見ているのは何となく気付いていたけど敢えて気がつかない振りをしてこのままさっきの話題も是非忘れてくれますようにと願いながら「じゃ、おやすみ!」と逃げるようにベッドへ潜り込んだ。やがて電気を消した恭弥が向こうに行く気配を感じ取る。暗闇。冷たいシーツ。目を閉じると昨夜のことを思い出して心がずうんと、重くなった。
「…M・M」
無意識に零れた名前。今頃、彼女はちゃんと眠れているだろうか。
仲間…だから大丈夫だよね。酷いこと、されてないよね。連絡を取れる手段もなく彼女がただ無事であることを祈るばかりである自分の無力さが情けない。
だからといって私にそんな力があったとして、関わる事は出来ないのだろうけれど。
――ガサリ。
物音がしたのはその時だ。
この部屋に入るためのドアは何故か恭弥が随分前に壊してしまっていて扉はない。
だから向こうの音も正直結構聞こえてきたりする訳でこれはこれでプライバシーも何もないのでは…なんて思春期の男の子の心配をしてしまうお母さん気分にもなってしまうけれど所詮私はただ此処に住み着かせてもらっている身。修理をしないのであればカーテンか何かを買っておかなくちゃ、とは思ってはいるけど今の音は思ったよりも近くで聞こえたような気がして。
「!」
何かが落ちた音だろうかと振り返ろうとする前に後ろから何かが絡みついて身動きがとれない状態になった。視界は真っ暗。だけどこの後ろから聞こえてくるこの音は、この、温もりは。
…まさか。
冷や汗ひとつ。
その拘束からどうにか頭だけでも抜け出そうと奮闘すると不思議そうな顔をした恭弥がそこにいた。「何?」とさも当たり前といったように聞いてくる彼に対しうっかり何でもないと答えそうにもなったけどこれはダメだ。絶対にダメだ。
「いやいや…っ、何で入ってきてるの!」
そりゃ前だってこんな事はあった。それは確かだ。
寝ている間に入り込んできたりしてきたこともあった訳だけど不可抗力だったし、だからこそ私がしっかりと起きているこんな時ぐらい恭弥のこの行動は止めなければならない。
追い出さなければ私の心臓がもたない上に彼の守るべき風紀だって乱れまくりであるのだから。
しっかりと恭弥の方を見て改めてその整った顔を睨めつけた。心を鬼にしなければならない。M・Mの時のように流されるわけにはいかないのだ。
だというのに、
「……だめ?」
あれ、恭弥ってこんな可愛かったっけ。
だめ?だって。…あれ、もしかして眠いのだろうか。
というかこれ…誰だっけ。ホントに恭弥?何だこれ色気とかじゃなくて、庇護浴を非常に煽ってくるようなこの可愛さを含んだ生き物は一体何なんだ。いつの間にこんなスキルを覚えたというのだろうか。
ドキドキ、というよりは何だろう、この捨て犬を見つけてしまったような…断った方が良心の痛む気持ちは。
ハア、と溜息一つ。それから恭弥の腕を引き剥がそうとした手の力も抜いた。
「…仕方ないなあ」
結局やっぱり、流されたのは、私。
断りきれないその雰囲気がM・Mにも見えた。そういう所為にしておこう。
私の是の言葉を聞くや否や抱き込んだその腕の力がほんの少し強くなった気もするけど私は今から意識を飛ばします。絶対に、秒で。死ぬ気で寝る!
こすぱに!
……無理だ、眠れない。
後ろから聞こえてくる健やかな寝息がとても、恨めしい。
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