07

「っひ!」

誰だっけ、このうるさいの。
保健室の扉を開けようとしたそのとき、勝手に開いて中から出てきたその人間を見てあの問題児クラスの爆弾人間だったかな、と思いだしていた。
そして不思議なできごとはやっぱりこの人間関係だったのか、と半ば納得しながら黙って見返す。
いつもは警戒心丸出しで自分のボスだか何だか良く分からない沢田綱吉を守るかのように威嚇しながら雲雀から距離をとるくせに、今日に限ってトンファーを突きつけても怯える様子はなく、かといってダイナマイトを出してくる様子もなく。
それどころか疑いの眼差しをこちらに向けている。不愉快なことばかりだ。

「お前は…本物か」
「ふうん」

その言い方にピンときて口元に笑みを浮かべた。
ビンゴだ、この男は”知っている”。

獄寺がちらりと視線を動かしたその先には人の姿が見当たらず、一つのベッドだけカーテンがかかっていた。
…なるほど、そこに。

「そこに、偽者がいるんだね」

それはカーテンの向こうの偽者に言ったのか、獄寺に向けたものなのか自分でも分からなかった。
そうと分かれば目の前の男はもう不要だ。話し終わると同時に獄寺を吹っ飛ばしてカーテンを開ける。おい、と肩をつかまれるが気にしない。

さあご対面だ。

偽者を見つけて、咬み殺す。ただシンプルで、一方的なだけのその予定だったがしかしそこで雲雀が見たものは、

「…え?」

ベッドはもぬけの殻だった。
呆けた声を出した獄寺に対して溜息をつく。今さきほどまでの彼の様子であればきっと知っていたに違いないのに、居なくなったコレに関しては何も知らないんだ。
それでもカーテンレールの内側には確かに雲雀の学ランがハンガーで吊るされており本物の持ち主の出迎えを待っていたかのように揺れていたので、つい先ほどまでここにいたのは間違いないのだろう。
それに、人影だって、見えたはずなのに。

ひょいとベッドの向こう側を覗いても誰もいない。まるで幽霊か何かの類だろうか。
もちろん非科学的なものは嫌いし信じてもいないけれど。

「ゆうって言ったな…何者だあいつ」
「ふぅん?」

仕方がないと帰ろうとしていた矢先の、聞き捨てならない独り言だった。
知っていることなら洗いざらい吐いてもらおう。

逃げる獄寺の腕を掴み、自分なりに精一杯の笑顔を作りながら雲雀は声をかけた。

「ちょっと、いいかな」

獄寺隼人、人生最大の不幸ごと。






「…へぇ?」
「いやオレだって信じたくねーけど!」

「それで、」ひとまず学ランを返してもらった事によりほんの少しだけ溜飲が下がった雲雀は応接室のソファに頬杖をつきながら目の前の獄寺を見た。
今すぐ逃げ出したい気分でいっぱいの彼はきっと嘘を言っていないと何となく分かる。狐につままれたような、そんな気分だ。

「もう一度確認するけど、本当に僕そっくりだったんだね?」
「つーか今もあれはお前が頭をぶつけて可笑しくなっただけじブッ」

手元にあった文鎮を投げつけ、ハァと溜息。
これは、この出来事に対しどう落とし前をつけるべきか。不思議と苛立ちはなく、ただただこの狐につままれたような事件を自分なりにどう納得すべきかという話だ。

「僕の偽者の名前はゆうって言うんだね」
「そう言ってた。その後は何度も言うように夢だ夢に違いないとかほざきながら寝て、あとはオレも部屋から出ようとしたとこブッ」」

今度は草壁の筆箱が勢い良く飛んでいった。
恨みを買うようなことは…確かにたくさんやってきた訳だがこれはその報復になりえるのか、どうか。恨みというよりはただの嫌がらせに近い。
それに、相手のことがよく分からない場合は次に何かをされるまで対処のしようがない。

「じゃあ君はもういいよ」

ついでに遊んでもらおうかとトンファーを持って立ち上がったというのに残念ながら脱兎のごとく走り去る彼はもう部屋に居らず。
ギシリとスプリングを軋ませて天井を仰ぎ見た。

少しの間だけ自分以外のところに渡った学ランを見たって何の解決もしないのだけれど。

「…」

香水か何かだろうか。
不思議と不快ではない甘い匂いが微かに香った気がした。



「…ゆう、ね」

  
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