54

ドアを開ければ目の前に広がる闇に息を飲む。
広がるその暗闇は無音で、何もかもを飲み尽くさんとこちらを覗き見ているようだった。
それでも怖いだとか、これはどこに繋がっているのだろうとか、不思議とそういう気持ちは沸き上がらない程度にはこの色々と慣れてきたのかもしれない。

始めからすべては決まっていた。統一されていた。
何を思っても私の言うとおり、願いどおりにはならない――すべては”でざいなーずるーむ”が決めるものであり、私の意志なんてそこに関わっていない。
それはもうこの世界に来てからずっとそうで、前から分かっていたことなのだから。

「…でも」

こんな暗闇は見たことがなかった。

足を踏み出すとぐにゃりとまた何かが歪んだ感じがして身体がフラついたものの何とか踏ん張ってさらに一歩。

…そう言えば写真と一緒に入っていたメモに場所の指定なんてなかった。
私はここから恭弥の格好をしてどこへと連れていかされるのだろう。恭弥の姿で、何が出来るのだろう。
そんな事を思ってもう一歩。見える範囲全てが暗く、長く冷たく永く終わらない闇かと思っていたけれどそれは一瞬で終えた。突然頬を撫でる生温い風にハッとする。


”でざいなーずるーむ”から出るためにノブをひねったその先、くぐり抜けた闇の先は恭弥と一緒に過ごしてきたあの家の中でも、外でもなかった。
明るかった部屋からの移動のせいでチカチカとしていた目はすぐに違う景色に慣れる。
コツリ、と靴音を鳴らし近付けば辺りがざわついた。

「ヒッ、雲雀どうしてここに…!」
「(…まあ、何て便利な)」

目の前に並ぶ机、椅子は学校にあるものに違いなく、連れてこられたその場所が教室だということはすぐにわかった。
電気はついていないけど月の光が煌々と教室の中を照らしてくれているおかげで手紙を送った人達だろう人間は良く見えている。
そしてそこには怯えた表情を浮かべた男たちが私の登場に驚きの声をあげながら一斉に立ち上がりこちらを睨み付けていた。

のんきにしている場合じゃないんだろうなあと分かってはいるけれど、”でざいなーずるーむ”の利便性に思わず感心した。
私さえ分かっていなかったこの場所へ、あの手紙の差出人のいる場所へつれてきてくれたというのだ。

「…君達が呼んだんでしょ?」

ちらりと教壇の方に視線を送る。時計は夜の九時を差していた。
驚くことにさっきの手紙をもらったあの時間からそんなに時間が経っていない。
今までの移動では時間経過があったみたいだけどこれもきっと”でざいなーずるーむ”の采配なのだろう。

前に立つ男の子たちは三人。彼らが動き出す気配は、まだない。
もちろんだけど私と彼らに面識はない。そして私の知っている主要キャラクターでも、ない。

「(ここは、…)」

ああそうか。そういうことか。
分かってしまったその事実に心なしかほっと息をついた。
窓から見えるこの景色に、黒板に書かれた日直の名前に、…私の今隣にあるこの机に、見覚えがある。ここは間違いなく、私の教室だった。

「…あの手紙は彼女宛だったんだ。来て損したよ」
「来て損!?お前、あの女は…ッ」

恭弥にとって私は何だというのだ。君たちは何を知っているんだ。…知らないクセに。思わずそう言いそうになったけれどグッと思いとどまった。
私は私だけど彼らにとっては恭弥の姿であり、そして恐怖の相手でもある。じゃあ、彼の代わりに答えるのはひとつだけだ。余計なことは、いらない。

「アレは異質で異端な、…ただの厄介者だよ」

客観的に、そうだろうと思う。
私だって私が何者かよく分かっていないけれど、異端者であるには違いない。リボーンの世界に何故か留まることを許された異質な人間で。
この世界にとっては、特に不要の生き物で。

それでも彼は…恭弥はこんな私でもあの場所へと居させてくれた。私の居場所を作ってくれた。そんな彼の、邪魔はさせない。

――これが私の決意。
その為ならば例え私がこの世界から退場させられることになっても、…他の人を傷付けることになっても、躊躇いは、しない。

口元に笑みを浮かべ、彼らに微笑みかけた。…ええと、そうだ、こういう時に使うんだ。

「君たちを咬み殺せば、…”雲雀恭弥”に平穏は訪れるのかな?」

私の口調で話したとしても向こうの人の耳には恭弥が話しているように聞こえるだろう。
それでも敢えて彼の口調を模倣し、そしてそれらが他の人に違和感なく伝わることに改めて自分の異質さが露わになって笑えてきた。

見る限りどうにも不良っぽい人達が三人。私に喧嘩の、戦闘の経験はなし。圧倒的に不利だなんて事、分かりきっている。
もしもここに、私の手元にトンファーがあれば恭弥と対峙したときのように暴力的にでも対処できたのかもしれないけれど、”でざいなーずるーむ”の中に武器らしいものが無かったのだからどうしようもない。

あの部屋は驚くことにこの姿を提供したもののそれだけでどうにかしろと私に試練を与えたのだ。
理不尽にも程がある。

…どうしようもなく中途半端な状態で何も考える暇もなく彼の姿になってしまったものだけどどうしたものだか。
そもそも未だに何故押切ゆうがここへと呼び出されたのか、どうして恭弥じゃなくて私が呼ばれたのか分かっちゃいないんだけど。

「…ヘヘ」

私が笑みを浮かべたのを見て釣られたのか目の前にいる男の子も同じように笑った。
ゾクリとした何かを感じたのと同時にブンッと風をきるような音が耳に届く。

ガコンッ!

嫌な予感がしてその直感を信じて身体をよじり、後ろを振り向くとそれと同時に目の前すれすれで何かが振り下ろされ、鈍い音が床からした。
聞き覚えのない音に驚きながら恐る恐る足元を見ると、

「くそっ!」

後ろにはいつの間にか男の子が一人増えていて悔しげな顔をしながら、…え、ちょっ、えっ、それ、金属バット…?危うく後頭部アレで殴られるところだったのかと思うと恐ろしい。死因が撲殺とか笑えない。
もう一度構えられるその鈍光りするブツに思わず身構えて動きが止まり、それと同時に後ろから蹴りつけられて地面に押さえ込まれた。

まもなく聞こえるバタバタ、と廊下で誰かが走ってくる音。
ガラリと開かれた扉からヒュゥ!と口笛が聞こえ楽しげな声が複数。思っていたよりも人が居たのかと気が付いたのはその時だ。

「…アレ、雲雀じゃん!もう捕まえてんの?」
「女じゃなかった事は残念だけど、楽しもうぜえ雲雀よぉ!」

男達の笑い声を聞きながら話し掛けてきただろう相手を睨みつけた。
…何だか早速大ピンチじゃない?


  
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