十代目が盛大に転んだ。
オレの視界から突然消えて慌てふためいたらそこにはひどく流血している十代目の姿。石につまづいて転んだにしてはあまりにも傷はひどい。
嗚呼、オレがもう少し何秒か早くそこにある障害物に気がついていれば。オレはゴミか！

「十代目ご無事ですか！」
「いってて」

サッと十代目に肩を貸して保健室に向かう。
優しく強い、ボンゴレの十代目である沢田さんは少し心配になりそうなぐらい軽くて華奢だった。もちろん、いざという時はとんでもない力を発揮することもオレは当然知っている。守らなくては。オレが十代目にかかる火の粉全てを払い除けなければ。
決意新たに十代目と共に歩んでいると屋上からは『委員長万歳！』なんて訳の分からない野郎の熱い声が聞こえてきて、元々気が長いように出来ていないオレは十代目にバレねーように手元にあるダイナマイトをぶん投げた。

「ったく」

大体朝から考えて、今日は厄日だったと思う。
朝から姉貴が弁当を作りに来てオレの腹は最高にロックだったし犬のアレも踏んづけたし、携帯の電池も学校に来て早々切れたし、挙句にこれだ。

「何してるの」

いやそんなまさかとか思っている暇はなかった。
保健室に置いてあるベッド二床のうちの一つのカーテンが閉まっていたから誰か寝てんだろうなと思っていた程度だったのに。

そこから現れたのは今一番、出来る事なら今後とも会いたくない、不機嫌そうな顔のヒバリだった。
十代目のために必要そうな薬を手にしたオレは今日一番の不幸ごとに叫んだ。

「おまっ、おまっ」
「派手にすりむいたね」

十代目が恐怖に引きつってるのがわかる。ここはオレが十代目をお守りしなくては！

―――そう思って十代目の前に立ったっていうのに結局あのヒバリに言い負かされ、その白い手が十代目の怪我の処置をしているのを見ているだけだった。

情けない。

惨めな気分に晒されながら、オレはヒバリの言うとおり消毒薬と、絆創膏と、それと包帯をヒバリに手渡しするというどうでもいい役割を与えられた。
…こいつは確かにオレよりも十分強いしどっちかっつうと怪我をさせる方のイメージはあるけど治療も出来たんだなと若干失礼なとを思いながらその綺麗な顔をまじまじと見た。

恐怖に怯えた十代目の顔も、綺麗に結ばれた包帯に感謝の言葉を述べ、そしてオレ達はさっさと気が変わらないうちに去ろうと…していたというのに。

「ありがとうございますヒバリさん！」

閉じたはずの保健室の扉が開いたと思うといきなりオレの腕を奴は掴んで、そしてまた重々しく閉じたのだ！オレはあの時のヒバリの形相を一生忘れねえと思う。般若の顔してたぞアレ！




「君は僕が誰に見える？」

―――オレは今正直言って混乱している。
オレ達を少し安心させたところを狙う魂胆かと思ったのにそうでもなく。いやよくよく考えればあのヒバリがそんな器用なこと出来るわけもなければ面倒臭そうなことをするタイプではなかったのだが。何だこの流暢に話すこいつは。オレの知っているヒバリじゃねえ。

顔を青くさせながらこいつは何で自分のことを聞いてきてんだとオレはその質問の意味を理解するのに少し時間をかける。さっきのヒバリらしからぬ様子といいもしかしなくても記憶喪失か！？
そしてオレは何でこいつにこんな縋られるような目で見られてるんだ！お嫁にいけない、とかめそめそしてて気持ち悪い事この上ない。誰だ、こいつは。何を言ってんだ、こいつは！

「雲雀じゃないんだ、僕」
「はあ？」
「だってほら設定とか全然違うでしょ。声とか見た目とか、色々とさ」
「設定って…ぐぇぇ」

設定だとか何か良くわかんねーけど明らかに動揺しているこいつはヒバリじゃねえと言われた方が確かにマシだったし納得出来た。

―――と言ったって、声だって、見た目だってそもそもヒバリであるから何も違わないことは無かった。
オレが奴の名前を改めて告げると突然胸ぐらを掴んで前後に激しく揺らす目の前のヒバリ…いや、ヒバリもどきは思ったより力強く、早くもオレの視界がグワングワンと回り始めている。

なのに、「そうだ、これは夢だ。さー早く目覚めないと」なんて、訳の分からないことを言って嬉しそうにいそいそとベッドに入り込むヒバリの姿はオレも寝ぼけてるんじゃねーかって思い始めてきた。そうだこれはきっと悪夢だ。オレは今、自分の家のベッドでうなされているに違いない。

「僕の名前はゆう。いつ覚める夢かわからないけれど、もしどうにもならなかったらよろしく」

夢だ夢に違いないとブツブツ言い始めたと思ったらそのまま静かに眠ったコイツを見て、オレは激しい頭痛を覚えた。ああこれは夢じゃねえ。

ヒバリの顔をして笑みを浮かべたゆうという人間は、ヒバリの顔だというのに何故か別人だという本人の言葉を裏付けるかのように安らかに笑み。

こすぱに！
（こんな自己紹介、一生お目にかかんねーぞ！てか起きろお前！）
あーやべオレも寝たい。

←　　→