17

「なあ山本」
「どうした?」
「押切さんって、聞いたことある?」
「んー…聞いたことあるような、ないような」
「十代目、この前の女のことですか?」

不服そうな顔をしながら獄寺はパンにかぶりつく。
彼の中では恐らくもう敵認定になってしまっているのだろう。どうしてこうも攻撃的なんだと苦笑しながらも、獄寺の言葉に頷いた。
その言い方からすると獄寺は話しかけたあの時から彼女の名前を知っていたに違いない。

「ずっと休んでたヤツなんですけどね、オレの隣にずっと空いた席があったんですけどそこの女みたいです」
「えっ獄寺くんあそこ物置にしてなかったっけ!?」
「いやー担任がアイツが来るからってオレの荷物全部どかしやがりまして」
「……」
「どうせならもうすぐ新学期始まるんだしそっから来たらいいものを。ばっかじゃねーの」

つまり最初から獄寺は気に入らなかったということか。
いや、そもそも人の机を物置にしておいてそれを元の通りにするよう注意されたのだから彼女は何ら悪くはない。
だが一応ささやかとはいえ理由のある事に多少安心しながら沢田も弁当を開けた。

「…十代目が気になるってことはやっぱりどこかのファミリーのヤツですか?」
「いやいや、そう簡単に何人も居たら困るけどさ」

今のうちにやっておきますか?と副音声が聞こえた気がして慌てて頭を振った。
あまりの違和感に一度その線も考えてみたがそれならば自分の家庭教師が黙っているわけもない。もしかするとただ気がついて泳がせているだけなのかもしれないけれどそれでも何となく…違う気がした。
病弱で休んでいたと聞いていたがそんな様子もなく、何かあるかなとは感じたが結局は家庭の事情なので自分たちには知る方法すらない。

「(…仲良く、やれたらいいんだけどな)」

そう思いながら心地いい日差しに考えも漸く中断する。
ここ最近は驚くほど何もなく、平和な日々を送っていた。

季節は冬と春の境目、二月。
今年は例年よりも肌寒く酷いときは雪も降り積もっているという代わった気候だったが、来月になれば一気に春は近付くだろう。今日は珍しく気候もよく生徒たちが薄手のブラウスを捲り上げて昼休みに外へ出て雪の中キャッチボールをしたり、子供のようにはしゃぎながら雪合戦をしている様子が屋上からでもわかった。

最近はどうも新登場の人間に関して過敏になっているみたいで、非日常に慣れつつあったことに思わず苦笑い。
色んなことがある一年になりそうだ、とまだ何も始まってないというのにそう思う。

「…あ」

いざ気にかけてみると、彼女はよく自分の視界に入った。
見知らぬ学生ならば別に気にも留めなかっただろうが名前を知った以上はやっぱり不思議なことに見てしまう。

屋上から見える、隣の棟への渡り廊下。
別に大して目立つような髪色をしている訳では無いし、特に―こう言っては失礼極まりないが―目を見張る美少女といった風ではない。
どちらかと言うと少し理知的な、年の割には大人びた印象を持つクラスには一人いそうな女子だというのに。

「おーおー、あんなとこで告白ッスかねえ!」

獄寺の冷やかしの言葉にハッとして見ると背の高い男子生徒から何かを受け取っているのが見えた。何を話しているのかは分からないがきっと、獄寺の言う通りのことだろう。つまりはラブレターか何かか。
それを見ながら、モヤモヤすることがないこれは…と少しも焦りはしない自分の気持ちに安心しつつも複雑な気持ちにもなった。
彼女を初めて見たあの時、確かに感じたあのドキドキは一体何だったのだろうか。長年想い続けてきた笹川京子へのそれと、違う、何かだったのだろうか。

ああそうか、もうすぐ新学期で三年生は卒業シーズンなのだ。
となれば今話しかけているのもきっと成長期真っ只中の上級生で一年生である彼女に何かしらを伝えているに違いない。

それにしてもまだ彼女は登校してからまだ日は浅いはずだった。(と、聞いた)
であるというのにもう話しかけられるような要素があったというのだろうか。きっと何らかの魅力があるんだろうなあと考えている間に休憩終わりのチャイムが鳴り、階段から降りるとまたもやタイミング良く押切ゆうと会う。
やっほー、と楽しげに振るその手には先程の紙が見えた。

「さっきの告白は受けたのかよ?復帰早々モテるねぇ」
「連絡先を教えてって言われただけよ」
「へぇ?」
「…気になるの?」
「っ、誰が!」

ふわりと笑う少女。空気が華やかになったと、思った。
彼女はこちらが想像しているよりも肝が据わっているらしい。からかった側の獄寺がカッとなり押切に近付くと、彼女は逆に一歩獄寺に近付き、

「お昼は焼きそばパンかな」

獄寺の口元についている(そうださっきオレが注意しようとしたやつだ!)ソースをハンカチで拭き取るとそのまま何も無かったかのように教室へ向かった。

「…獄寺、くん?」

掴みかかろうとした格好のまま完全に動作が停止した獄寺をひょいと覗き込むと彼らしからぬ赤面に、あ、もしかしてだなんて思ったけれど気がつけば両指に仕込まれている小さな爆弾にサァァと青ざめた。


「…絶対ェ殺す!!」
「まぁまぁ、授業始まっちまうぞ」
「うるせえ止めるな!」
  
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