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桐島スイは被害者である。


解答 
―桐島スイによる模範回答―


「…なるほど、そういう事だったんですね」

流石のスイでもここ最近自分に対しやけに皆が接触してきていることを不思議に思っていたところはあったようで、ようやくそれに対し納得できたらしい。
一応筋の通った説明に頷くもまだ骸を見る目は冷たい。

「スイ、これは」
「分かっていますよ。私の事を考えてくれたということでしょう。けれど聞いてくれれば答えたのにどうしてそう回りくどいことをするんですか、全く」

返せる言葉がございませんとばかりに項垂れる皆。基、主犯格である骸は今は床に正座することになり形勢逆転といったところだろうか。

こんなはずでは無かった。
もっと穏便に終える予定であったのに。
確かにスイの言うとおり、本人に、或いはマーモンに聞けば満足のいく答えは受け取ることが出来ただろう。が、どうせならば彼女の実力を測りつつ皆に慣れてもらえればと言った思惑だってあった。

部屋の真ん中に設置されているのは骸の創り出したホログラム。
ほぼ下着姿であるその彼女の姿には皆がマジックで書き加え落書きされている状態になっている。これを本人が見れば不快に思うのは当然だった。
しかしながらそこに書かれているのは書き手が違えどXの文字のみ。顔、首から順番に皆が思い思いの色合いで書かれたそれは誰が見ても何かを探した結果だということが分かるだろう。宝の地図といえば聞こえはいいものの素材はホログラムとはいえ彼女の身体ではあったが。

「それで、」

じっくりと数秒、スイはそれを見続けていた。
やがて小さく息を吐くと骸の方を見返す。その瞳は、表情は先ほどとは比べようもなく穏やかで、それでいて昏い。

「…お探しのものは見つかりましたか?」
「スイ、それは」

それは、自分の考えを否定しないのか。
そう返そうとした骸の行動を止めたのは突然の彼女の行動であった。
しゅるり、と衣擦れの音が聞こえ、パサリと落とされるスイの衣服。クロームがお揃いがいいと駄々をこねた白いルームウェアの上が何気なくクロームの膝の上に置かれ骸の前にはスイの白い肌がおもむろに曝け出される。

「っ!」

黒のキャミソールはあまりにも薄く、スイのなだらかで女性らしい丸みを帯びた曲線を隠しきれずにいる。突然のことに動揺したのは骸だけではない。
犬が後ろで凝視しているのに気付き千種に目で制すと聡い彼は頷き目を手で覆わせた。

「スイ、っ何を」
「……え、だって見るのでしょう」

フランの驚いた声に対し何を今更とばかりに不思議そうな顔をしながらスイは床へと座る骸へ見せつけるようにしゃがみ込む。

好いた女がこうも薄着で無防備に近付いてきているというのに何も思わぬ男などいるものか。

ギャラリーがあまりにも多いことだけが、そしてクロームとフランの自分を射殺さんとばかりにギラギラとした視線が向けられていたが構いやしなかった。
しかしながらスイはいつものように骸に対し拒絶する様子も見当たらない。それどころかその白く細い指で骸の手を掴み、己の胸へと触れさせた。
ふにゃりと柔らかい感触。触れたことのない彼女の、感覚。その手の先に少し悪意を込めてずらせば胸が露になるだろう。谷間が骸の劣情を煽っていた。

「……」

ごくりと生唾を飲んだ音は彼女に聞こえただろうか。
彼女のこの行動に恐らく骸を誘うような意味合いなどは含まれていないことは分かっているが、しかし何故。

手のひらに全ての神経が持っていかれそうであったがこの行動に何らかの意図があるに違いないと己を諌めスイの顔を見る。
「よく見てください」そう淡々と呟く彼女はあくまでも、いつもと変わらぬ表情だった。静かにそのまま下げられるキャミソール。白い下着から見える2つの膨らみ。
しかし次に骸の目が捉えたのはそれだけではなかった。

「!これは」

思わず己の意思で触れる彼女の胸…否、恐らく心臓のちょうど上に位置するところの皮膚。そこにうっすらと残る傷跡を骸の手がなぞったのに対しスイは静かに首を横に振る。

「あまり私も覚えていないんです。お師匠様に忘れるように言われ、催眠術で忘却をお願いしています」

そして、嗤う。それは決してマーモンのサイキック能力により忘却の淵に追いやった一部の記憶達を憂いる表情ではなかった。

彼女にかける言葉を失い、視線を落とし再度その傷跡を呆然としながら骸は見遣る。
そこにあるのは手術痕であった。
クロームが風呂場で見つけられなかったのも仕方のないことであろう。何と薄い、何と小さな傷跡。
だがしかしそれでいて、この傷跡こそ彼女が彼女たる所以のものであることに気付かざるを得なかった。
彼女は周りの動揺を気にも留めることはなく、続ける。

「…他の人達には隠し通せると思ったんです、このまま一生。だけど、そろそろ限界じゃないかなって。だからこそ自分でこれをどうにかする為に、私は此処に来たんです」

訳の分からなさそうな表情を浮かべているクロームやフランに何と説明すればいいというのだ。大体の想像はついていた。大体の覚悟はしていた。だがしかし、これはあまりにも――…。

彼女の傷跡は、弄られた証。

桐島スイは何らかの実験を、何らかの投薬をされているという考えは前々から持っていた。
そうでなければ不可思議で説明のつかぬ事ばかりであったのだ。ヒトとしての限度を超えた質量の霧属性の炎、純度。コントロールの出来ない炎、――そして、霧の属性を有する人間から異常に好かれるその体質を。

最たる例は自分だ。
彼女を手に入れたいと、思うまでならそれでいい。それは人間誰しも持ち得る感情ではあると骸だって思ってはいる。
だがそれだけでは終わらなかった。
スイと話す度、近付く度、食したいと…色欲ではなく、その彼女の肉を、全てが美味しそうだと内側の何かが己に対して訴えてくるのだ。恐らくそれを口にしたことはないがクロームもフランも同じような事を覚えていることだろう。そして、あの雲雀恭弥ですら。

『あの子、……とっても美味しそうだね。僕ですらグラッときたよ』

雲雀より送られてきた情報は惨憺たるものであった。
かつて壊滅したマフィアの一つにエストラ―ネオファミリーという組織があった。それは間違いなく骸が幼少期に所属していたところではあったが人体実験を行っているファミリーというのは殊更珍しいことではなく、そういったファミリーの数だけ多種多様の、残酷で非人道的な人体実験は数多く行われているのは事実であった。

その一つが、…恐らくスイの所属していたところだったのだろう。
そうとなれば説明がつく。
彼女の異様な体質は作られたものであると。
そして今まで表に彼女の存在が出てこなかったのはマーモンによって護られ、またヴァリアーという大きな隠れ蓑があったからであると。

『僕の予想が当たっているのであればスイの身体の何処かに恐らくそれはある』
『見つけて、…僕達のように嵌められたものでなく摘出可能なものであるのであれば取り外しなさい』

これがクローム達全員に命じたことの全てだ。
だが、これでは何も手は出せないではないか。スイの体内に嵌め込まれているどころか、すでに循環器を弄られ、その名の通り”巡っている”のだから。
彼女の所属していたファミリーは既に壊滅状態にあるという情報も、同様にして雲雀より送られていた。つまり最近スイを探し出そうとしている人間達は恐らくその残党ということで間違いはないだろう。それだけの価値が、スイにはあるのだ。

スイに恐らくきっと、そういった事情があるという事は薄々ながら骸も理解っていたつもりだった。
だからこそクロームには感知の能力の修練をするよう伝えた。その探索の糸に引っかからぬように。
だからこそフランには創造の修練をするように命じた。自身の力で逃げられるように。

しかし、これは…これでは意味が無いではないか。
スイの感知の能力は徐々に上がってきているかもしれない。しかし自身が所属していたファミリーの者であればスイのその感知能力に引っかからぬようトラップを仕掛けることも容易い訳で。彼女は一生、逃げなければならないのだ。そのファミリーから。その、宿命から。

「…スイ」
「私は生きているだけで十分です。皆も、黙っていてごめんなさい」

強い意志が言葉の端々から感じ取れた。
恐らく今から言葉を噛み砕き、彼女たち全員に説明をするだろう。骸がいち早く気づいたこの事実を、何一つ漏らすことのないよう伝えるために。
この凛とした表情、堂々とした態度に誰が此処へ来た時の彼女と同一人物であろうと思えるだろうか。
彼女は知らぬ間に術士であると共に、一介の戦士となっていたのだ。それでいて何と儚さを持ち合わせていることなのだろう。

「強くなるために来ましたから。…お師匠様のために、それから、」

スイは力強く笑みを浮かべ、骸の手を握りしめた。その手は柔らかく、少し震えている。彼らに気付かせるまいと気丈に振る舞っていることはすぐに把握したが骸に出来る事はただその小さな手を自分の手で包み込むぐらいで、


「私はいずれ、皆と肩を並べる術士になりたいから」

その言葉に誰も、何も返す事はできなかったのである。

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