”彼女”について



 エストラーネオでは二種類の実験が行われていた。一つは僕や犬のような身体能力を飛躍的にあげるための異物を取り入れること。そしてもう一つは千種のように体質、すなわち肉体そのものを用途ごとに特化するよう変えてしまうことだ。これまで沢山の実験が行われ人が死んできた。そして最終段階、自分達の体にまでメスを入れた後、彼らは気付く。

 ”中はそのままに、肉体だけを入れ替えることは出来ないのか”と。

 恐ろしく、しかし行き着く思考は当然でもあった。いつの間にか肉体は尽きる。実験道具は尽きてしまう。他所から拉致してきたとして、その行動も過ぎれば他から迫害され、警戒されてしまう。今からエストラーネオの女全員を身ごもらせたとして実験をできるようになるまで途方もない時間がかかる。彼らにそのような時間は残されていなかった。一刻も早く成功させねばならなかった。
 それから彼らの実験にその日から一つ、目標が加えられた。それこそが空の器(からのうつわ)計画。中身を、精神のみを移行させるのは憑依に似たものではあったが目指すのは時間制限がなく、またその器は人を模した人形。能力をカートリッジのように付け替えする実験が成功したのであれば今度は人間の中身自体を無機物に移行させられることは出来ないかと考えついたのはまさに悪魔の思考。

 だがこれは正直言って不可能に近い。

 僕だって無機物に憑依することは不可能だ。死体に憑依し、動かすことは不可能だ。その内臓は既に機能しておらず血液が、死ぬ気の炎が循環していないからだ。死ぬ気の炎が循環していない身体はいずれ朽ち果てる。それは捻じ曲げることのできぬ原理。それを可能とするのは神の所業だ。
 しかし彼女の肉体は違う。元々人間であったが異なる世界から渡ってきた結果、身体が変質化し、死ぬ気の炎を自分で作ることの出来ない肉体を所持している。動かすには他人から炎を供給しなければならないという条件付きではあるがこれこそが人間であり人間でない肉体。それは工程こそ違ったが紛れもなくエストラーネオの理想に限りなく近い。

 藤咲ゆう。

 彼女は限りなく人間に近しい、しかし人間に到底なれぬ化け物だ。そして僕が見つけ出し生命を吹き込んだ、僕の作品でもある。あの女が運命に逆らえぬように、僕もまたエストラーネオの業に逆らないのを目の当たりにしているようで若干腹立たしいが…。
 得体の知れない黒の炎を真ん中に宿した女。無知で無力で、他者に寄生しなければ長く生きていけない女。僕は彼女の肉体をこの上なく好ましく思い、また激しく憎悪する。

──六道骸による手記



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