疑わしきXX



 とある女の居場所を告げられ、そこへ向かうよう伝えられたのはリングを賭けた勝負の最終日と定められた当日である。
 普段のディーノであればその意図を汲み相手の求めている動きを読めただろうが今回に関しては何故、が尽きないことばかりであった。分からないことを放置したまま動くのは性にあわない。なのでディーノは彼女と対峙しながらも思考を止めなかった。

『あのう、家主は今学校にいるはずだと思うんですけど…』

 何故、このタイミングなのか。
 ―――ディーノはボンゴレの人間ではない。立場的に言えば同盟であり、また今回に関して言うのであれば中立に近しいところにいるが、しかし、それはそれとして彼にはすべきことが山のようにあった。
 その最たる例とも言えるのがスクアーロのことだろう。先日の雨の守護者同士の戦いの末、勝者である山本による救助の手を跳ね除け自ら鮫の放たれた海水の中へ身を投じた彼をヴァリアー側及びボンゴレ側に勘付かれることなく救い出すのは至難の業であった。何とか空腹の鮫から引き剥がした時には手術を免れない事態にまで陥り、彼はいつ命を落としてもおかしくないような緊迫した状況だったのだ。
 中立として既に干渉しすぎているとは自覚しつつも、しかしかつての同期を、また、大きな目で見ればボンゴレの一員である彼を見過ごす訳にもいかず、ようやく落ち着いたと思っていたところなのに。

『ああ、恭弥にはこれから会いに行くつもりなんだが』
『?』
『お前に話がある。…藤咲、少し時間をくれないか』


 何故、この女なのか。
 向かった先は並盛中学から徒歩数分圏内のとあるアパートだ。もちろんこのヴァリアーとのリング戦において初期の段階からある程度の情報を入手しているつもりであった。参加している沢田綱吉及び守護者に選別された人間のことは大概把握しているつもりであったし、向かった先が自身が今回教える―と名目上になってはいるが―相手である雲雀恭弥の仮の住まいであることも理解はしていたのだ。ただ彼に同居している人間がいたなんて情報はまったく知らされてもいなかったことではあったのだが。

 藤咲ゆう。
 それがこの女の名前であるらしい。リボーンに教わったのはそれだけで、また、彼もほとんどそれ以外知ることはなかった。特に必要であると判断していなかったからである。また、調べたところで怪しむような情報が出てくるとは思えなかったからである。
 何故なら彼女は一般人だからだ。
 前々からヴァリアーの一員であったとは到底思えない、雲雀恭弥の同居人。男女の関係かそうでないかなどという野暮なことは少なからず想っているような節はあの表情豊かでない少年から汲み取れたので敢えて調べることはなかった。その上で、ディーノは判断する。――その戦闘力、その思考力、おおよそ一般人であると。

 ヴァリアーとして突然現れた藤咲のことは正直誰もが予想外であった。知っているような素振りを見せた人間はこちら側にいなかったと記憶している。強いて言うなら情報としてリボーンはもちろん知っていたかもしれないがディーノに悟られるほどあの家庭教師は甘くはない。
 とにかく、藤咲ゆうがそこで登場することはそれぐらい考えもつかないことだった。また、当の本人すらそうであったのだろうなと推測されたのは彼女の話をすべて聞いてからである。

『…どうぞお入りください』

 いきなり訪問したディーノに驚いた様子を見せたものの特に警戒することなく家の中へと招いた藤咲の全ての動作をディーノはつぶさに観察した。
 その人柄は、その性格はすべて所作に出る。
 藤咲にとってディーノは見知らぬ男である。にも関わらず自分に用事があると分かれば安易にそのテリトリーに招き入れるし、平気で背中を向ける。それは何かあっても回避できる能力を持っているという自信か、或いはディーノが何もしないと信頼しているのか――それをディーノは判断することができなかった。何しろ会話をするのは今日が初めてなのだ、後者は有り得ないと分かりつつ、かと言って前者であると言いきれるような様子もない。
 本当に普通の、その辺にいる女と相違ないと言いきれなかったのは彼女が話した内容が内容だったからだろう。

 ヴァリアーで行われた、彼女に対する行為。

 あまり思い出したくもないのであろう、目を伏せ、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めたその内容は驚くことばかりだった。突然現れたスクアーロに拉致されたことも、彼女に対し実験を行われたことも。聞くに絶えない実験内容ではあったが、ディーノはそれよりも引っかかることがあった。―――何故、彼女を生かしていたのかということだ。
 否、他意はない。本当に藤咲がヴァリアーと無関係であるのなら無事に帰ってきたことを喜ぶべきであったのだが、忘れることなかれ、彼らはヴァリアーだ。己の目的の為には手段を問わぬ異端の存在である。もし藤咲がヴァリアーにとって不要の人間であれば容赦なく切り捨てていたことだろう。ボンゴレにとって重要な人物でもなし、それこそ誰かと間違えて拉致されたなどということ―万が一にもありえないが―があればイタリアの地で殺されていたって何ら不思議ではないのだ。
 しかし彼女は生きている。
 それも、どうやら本人曰く気に入られた上に、今回のリング戦で全員が渡日するのに合わせてまた連れられてきたと。それがどういう意味なのか藤咲自身はおそらく理解していない。それこそが一番の奇跡で、ボンゴレ側にとって警戒すべきことであることに気が付いていないのである。
 彼らに必要とされた時点で、一般人とかけ離れているのだ。

「あ、お茶とコーヒーどっちがいいですか?」

 真面目な話が終わると飲み物を勧めてきた彼女は一体何者なのだろう。にこにこと微笑みながらこちらを見遣る藤咲に返事をしながらディーノは彼女の行動も気にかけることにしたのであった。

 それがかつての家庭教師の思惑通りであるとも気付かずに。
 それが己の教え子の想い人であることも忘れ。

 いずれその疑いの眼差しが違う温度へと変化することとなるのだが、これこそが誰もが予想外の話である。



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