いびつの結晶化



 正直言って、最近のオレの周りはめちゃくちゃだった。
 十代目と共に生活し始めてからオレを恐れることもねえクラスメイトが現れたり、隣町の黒曜からはやべえ刺客がやって来たり。オレはマフィアの世界に居た側だしあんまり気にしたことはなかったが、これまで一般人として暮らしてきた十代目からすれば驚きの連日だったように思われる。日本は治安が良く、銃なんてモンだって見たこともなければあの方の性格だとその拳は決して振るわれることはなく、そうなりゃ血を見ることだってなかっただろう。
 それでも、あのお方は適応されてこられた。
 つまり、沢田綱吉という人物はやっぱりそういうお方なのだ。と、オレは思わずにはいられない。誇らしい反面、ボンゴレの次期ボスとして選ばれることがなかったらこのままこんな血塗られた世界を知らずに過ごせたんじゃねえかと、

「おはようございます、十代目!」
「おはよう、獄寺くん。怪我の具合はどう?」

 …お優しいこの方は、この世界を知らなかった方が良かったんじゃねえかとも、少しは思わないでもない。今更すぎる話だ。どうしようもない、今更何も変えることもない話なわけだが。
 優しく投げられた気遣いの言葉に大丈夫です、問題ありませんと元気に返事をし、自分の胸を大きく叩く。瞬間、身体に衝撃が走り顔を歪めそうになったがそれは気合いで誤魔化しておいた。バレたかどうかは、定かじゃねえ。

 一昨日、オレはこの並盛中学でデカい戦闘をした。
 リングを賭けたタイマンでオレは敗北。命を賭けてでも十代目に勝利を捧げると誓っていたのに、オレは生きて、そして負けた。嵐のハーフボンゴレリングは向こうの手に落ち、もうここからは負けられねえ戦いに入っている。そんな状況で無駄にピリピリしているのは何故か負けたはずのオレだけで、十代目や山本なんかはいつもと大して変わりないように見えて、どうしようもなく複雑な気持ちの真っ只中だった。
 今日は正直合わせる顔がないと思っていたが、休んでしまえば今夜顔を出す時の方がやるせなくなる。重い足取りで教室へ向かう最中に出会ったのが十代目で良かったと心の底から感謝した。

(……他の連中は、何にも気付かねえんだな)

 詳しいことは分かっていないが、本来、並中は目も当てられないほどボロボロの建造物に変わっているはずだった。最初は運動場、次に屋上、そして昨夜は図書室及び廊下。改造したり、戦闘の影響で窓ガラスは割れまくり、その破片が辺りに飛び散り、図書室の本は燃え、備品は消し炭になった。
 オレはダイナマイトを使っていたし奴の得物はナイフとワイヤーだったからもっと色んなところに被害が及んでいることだろう。今のところ守護者候補同士の戦いの場所は統一されてないが、今後もそうやって色んなところに配置されていくのであれば最後の戦いが来る頃には廃墟になったっておかしくねえレベルで破壊や改造されていくに違いねえ。それを、今はチェルベッロが幻覚で何事も無かったかのように見えるよう補っているらしい。昨日の勝負の当人であるオレですら気付かないし、こればかりは感心する。
 教室に入ったってそれは変わらなかった。ここは戦闘に使われてなかったから元々被害はなかったんだろうが、もしそうであったとして誰も気付かないんだろう。

「…ん?」

 違和感に気付いたのは授業中だった。
 昼間の並中はウンザリするぐらい平和で、授業は暇。携帯を弄って充電が切れたら寝るか帰るかぐらいの気持ちでいたその時、ふと、隣の机が視線に入り、それに目が釘付けになる。
 そこは現在誰も座ってはいないが確かにクラスの人間の席だった。

 ……押切、ゆう。

 口に出すと苦々しい記憶しか蘇ってこない、不思議な名前。
 いかにも優等生といった女で、あとは見た目にそぐわず運動神経も良かった奴だ。ついでにオレに何一つビビることもなく対等に接してきた変な奴でもある。元々身体が弱くて休みがちだったがとうとう休学扱いになってしまったらしく、今は席だけがある状態になっている。
 それだけならば、まあよくある話だと納得だってできた。だが、その前日。オレ達はアイツと奇妙なやり取りをしているせいで、わだかまりが残ったままになっている。
 オレとアイツはあくまでもクラスメイトで、それだけだった、はずだった。
 女子の中ではまあ気軽に話せる仲の方だったと思う。それだけだ。別にどうもねえし、ボンゴレの人間でもない。戦えるわけでもないし、なんならリボーンさんからは悪い意味で目を付けられている。現状敵じゃねえが味方でもない、そんな立場の女だ。最後に会ったのはアイツが休学扱いになる直前で、その時は少なくとも元気そうに見えたが。
 そんなゆうの席は今は教室の一番隅っこにある。
 今となってはオレの荷物置きにもなりつつあるその机がいつもと違うような気がして、ふと覗き込む。机の中は今までと変わらず空っぽでこのクラスの連中でなければ誰の席か分からないだろう。
 なのに、だ。
 違和感は確信に変わり、手を伸ばす。アイツは到底落書きをするような人間には見えなかったし、確かに昨日までは何の変哲もないオレ達が使っているような机だったはずなのに、触れた手のひらにザラリとした感触。

(彫られてる…?いや、でもこんな事する奴なんてクラスには居ねえはずだ)

 薄く傷付けられた机。小さなものであればただ誰かがカバンにでも付けていただろうキーホルダーやら何やらが擦れたりしたのかもしれないと予想したのだがソレは机のド真ん中に在った。さらに面積はそう小さくはない。軽く削ったように描かれているせいで目につきにくかったが、ソレが文字だと分かったのはひとえにオレが日本語以外の言語も理解できたから、に尽きる。

「どうしたんだ、獄寺」
「いや…何もねえ」

 声を掛けてきた山本にもロクな返事ができないほど、オレは動揺していたらしい。それでいて、こいつや十代目に報告して事を大きくしないようにしなければと考える程度に冷静だった。
 ザラリとした感触とざわりとした感覚。俺はこれをどう対処していいのかわからず、ただ黙って過ごすことを決める。リボーンさんだけには特にバレないようにと気を張らないとと意気込みながら。…そこまで考えた理由はオレにも未だわからず。
 ソレは切り傷だった。鋭い何かで掘られたような。…ナイフのような。そして、その言葉の羅列にオレは嫌になるほど見覚えがあった。

「……お前、今どこに居るんだよ」

 描かれていたのは昨日、オレが戦った奴の名前。ゆうが彫ったとは到底思えず、そうなるとこれは当の本人の可能性が高い。毎日机をじっくり見ていたわけでもないし自信はないが恐らくやるなら昨夜。並中内での試合だってのはわかってただろうからその下調べにたまたまこの教室を覗いた可能性だってある。
 けど、ゆうの机に名前を刻んだのはどうしても単なる偶然とは思えなかった。そう断言できるような根拠はないはずなのに、何故かそれだけは確信していて。

 マーキング。……執着の証。

 少なくともそう見えたのだった。まだオレの知らないことが沢山潜んでいそうで、知らず知らずのうちに身体をぶるりと震わせる。



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