「要は押し付けられたんでしょ」
「……まあ」

 要約すればつまるところそういう訳ではあったけどその後一悶着もあった訳で。こればかりは恭弥に話すことも出来ることなく私もあの時の家光さんのように苦く笑いながら頷くしかなかった。




『お帰りください』

 1度私はそれを断り突き返した。彼は受け取ることなく私を黙って見ているだけだった。ツナに似ているとはお世辞にもいいがたい強い意志。私だって全部を読んできた訳だけど別にだからといってあれは彼の物語ではない。裏方ばかりに徹する彼の努力や、ボンゴレを思う気持ちは何となく分かる。だけどそれとこれとは別の話だ。
 正直怒鳴り散らしたい衝動に駆られたけれどそこで我慢ができたのは此処はあくまで私の仮住まいでしかなく、恭弥の家だったということをこの何とも言えない感情になりつつも覚えていられたからだ。

 何で私がそんなものを。
 何で私がそんな事を。

 私個人の意見としては、もう巻き込まれるのは真っ平御免だった。そんなリングの存在を私は知らない。そんなリングの在り方を、私は知らない。風の守護者なんて聞いたこともない。きっと偽物に違いない。きっと、何かの間違いに違いない。
 ここが原作通りの世界であるなら尚更だ。わざわざ知っている世界を変えるなんて私には出来やしない。ましてや私は戦うことも出来ない、ただ普通の人よりも頑丈に出来ているというそれだけな訳で。
 是と頷くのを待っているとはわかっている。だからこそ私達には相容れない大きな壁があるのも確か。これは最早強行突破に近い。
 仕方なしに家光さんを外に追いやり、そのリングを彼の足元に置いて鍵をかけた。ポストは内側に入れられないよう中からガムテープで巻き付け、新聞紙でそこを埋める。

「お、おい!押切さん話を聞いてくれ!」

 突然の行動に家光さんも驚いていたようだけど私の意思は変わらなかった。受け取るつもりは、毛頭ない。押し売り業に彼は向いてはいない。
 暫くドアの前に立っていたようだったけど後は諦めてくれたのかゆっくりと去っていく足音。ドアの覗き窓からそれを確認すると今度は部屋へダッシュして窓を、換気扇も全部閉める。見えないようにカーテンもきっちり閉めることも忘れずに全部やってしまうとようやくそこで一息ついた。

 戦えないけどこれぐらいなら私もできる。
 問題は明日からの学校が若干行きにくくなった事だけど。正直籠城作戦に出るかは本当に悩んだ。カレンダーを見れば大体の記憶で残っているリング戦は1週間ほど。多めに見積もっても10月末。つまりそれまで凌げば私はそのリングを受け取らずに済む。
 食事だって何とか切り詰めれば餓死もしないでいられるだろうし、電気やら何やらを止められない限りは生活用品はある。…大丈夫、死にはしない。生きていける。
 そう判断した私の意志は固い。リボーン達が私をどう評価しているのか知らないけど何となく他の世界に来た何も知らない子どもだと思わないほうがいい。ただ一人暮らししている中学生だと舐めない方がいい。
 こうして静かに家光さんと私の戦いは始まったのだった。

「押切さん、学校はサボりかな」
「あなたの息子と同じですね。将来を考えるなら義務教育期間、しっかり勉強させた方がいいと思いますよ」
「…」

「押切さん、今日は天気がいいみたいだよ」
「とりあえずあなたが並盛を出たら散歩も考えます」

「押切さ「お帰りください」」

 2日、3日、4日。
 毎日飽きもせずに家光さんは一日に数度家の前にやって来てはこうやって話しかけて追い返されていった。力づくだったり、怒鳴って恐喝まがいな事をしないのは結局のところ私に無理矢理受け取らせたところで私がその風の守護者として動く気がなければ意味がないと思っているからだろう。だからこそ余計にそれが恐ろしかった。
 トゥリニセッテはどうなった。属性が増えて何の意味があるのだ。漫画の最後の方で明かされた真実。私はアレがとても印象的で、だからこそ増える意味が分からなくて、怖かった。彼らはその真実をまだ知らない。だからそうやって何もないように、”増えたけど取り敢えず適任者に渡しておこう”なんて考えに至ったのだろう。
 日はゆっくりと、だけど確実に過ぎていく。規則的にかけられるその家光さんの言葉が焦りを帯びていくことに私は逆に安堵していた。

 大丈夫、私は受け取らずに済む。
 私は物語を変えずに、済む。

 その気力だけでここまでやってきた自分も褒め称えたい気にもなっていた。
 自分が異質な存在であることは誰よりも分かっている。この世界にいるべき人間ではないことを誰よりも自覚している。
 だからこそ、…だからこそこの世界のものを受け取る訳にはいかないし、知らないルートに足を踏み入れることを恐れていた。特に原作を知っているのなら尚更だ。

「押切さん、話を聞いてくれ!君が受けてくれなければ」
「嫌なんです」
「…」
「諦めてくれませんか。私の事を知っているなら、聞いているなら何故断るかおわかりでしょう家光さん」

 もう何日経ったっけ。
 身体が異様に重く、熱い。眠気もずっしりときているのは間違いなく最近眠れていない所為だ。それでもこの声に無視をするわけにはいかない。居留守を使う訳にはいかないと思ったのは自分の意思表示はしっかりとしないといけないと思ったから。
 ふらふらとした身体を引きずり、私は今日もその言葉に耳を貸すことなく拒絶の言葉を返す。彼がこうやって毎日足を運ぶということはあのリングの適任者は私だと判断したからなのだろう。それ以外に居ないということは、イレギュラーは私しかいないという訳で。どうしてそのリングを私が使えると思ったのかはわからなかった。あの熱が?あの、ほんの光った輝きがそうだというのだったら私はあの時一瞬でも家光さんからリングを受け取ったことが間違いだったのだ。
 ドン、ドンと激しく叩かれる扉。
 カレンダーを見るともう間もなくこの籠城戦は5日目を迎えていた。つまり、…そろそろ始まるのだろう。私が何も知らなかったら受け取って、何かしら使い方を学んでいたのかもしれない。だけどこの世界の人間でもない私がそんな事を出来るはずもなく、資格もなく。そもそも大前提としてこの身体は私のものであって私ではない。
 このリング戦において炎を使う事はまだないだろうけど、もしも風のリング戦というモノがあり誰かと戦うことになったとして相手が暗殺部隊の誰かだと敵いっこないのだ。

 今日は何だかしつこいな。

 もうここまでくると勧誘と変わらない。こんなに毎日頻繁にきていることに近所の人は何も思わないのだろうか。近所付き合いが希薄すぎるのも困ったものだ。家光さんに同じ返事をしようと扉に手をかけたその時だった。

 ――…ぐにゃり。

 あ、やばい。思った時には時、既に遅し。
 貧血のような違和感。世界が視界が揺れる不快感。この知っているような、知らないような感覚がどれに当てはまるのかわからなかった。”でざいなーずるーむ”への移動の時のようなそれにも近いような気がして、だけどこの場でそれは非常にまずい。こんな所で戻る訳にはいかない。こんなところで移動するわけにはいかない。なのにドアノブにかけた手が離れることもなく。

「押切さん!…押切さん!」

 暗転。私の意識はそこで途絶えたのだった。



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