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「…情けねぇ」

 依頼人から聞いたことは全て本当なのか否か。
 何故彼女は自分を頼らなかったのか。

 そうやって彼女の事を責めた自身が、一番情けない。結局泣かせてしまってまでいるなんて最低だ。浴室からシャワー音が聞こえ始めるとスクアーロはようやく力を抜き、そして今までの自分の行動を悔いた。
 彼女が何かあったのだろうと踏みその理由を言えないといったその訳を考えなかった浅はかさ。少しでも彼女と付き合えば、彼女の事を少しでも考えれば何かもう少し気付くものがなかったのか。結局知ることになったのは他人からの口で、そしてシャルレは1ヶ月、この苦しみを外部に気取られることなく生活してきたというのにその間自分は一体何をして、彼女の何を見てきたのだ。

 あの時感じた決意はシャルレにとって大事だろう映像で見せられた人質になっているクラリッサファミリーの同士の為。彼らを守ろうと何があっても口をつぐみ静かに依頼を遂行させるべく動き、尚且つ関係のない自分をこの諍いに巻き込まないよう”ユーリア”として未だ何も知らなかったスクアーロに対し自分に対し気に入らないことをして任務から下ろさせようと、避けさせようとしていたことなんて今となればよく分かる。
 守られようとしたのはシャルレのファミリーの人間だけではない。何も知らない時分からスクアーロまでも守ろうと、関わらないようにとしていたのだ。

「…依頼人に、聞いたんですね」

 シャワーからあがったシャルレは今まで見たどの彼女よりも弱々しく、そして諦めたような疲れた笑みを浮かべていた。
 これが演技も何も無い、本当の彼女なのだと分かると今までただ浮かれてきた自分は何をしてきたのかと己の無力さに苛立つばかりだ。

「お前からも聞きてえんだ、シャルレ」

 ちらりとテーブルの上に置いてある電子時計を見てシャルレは数秒、黙りこくった。
 恐らく残りの休憩時間の心配でもしているのだろう。まだ、時間は十二分にある。
 彼女はやがて一つ、息をついて「分かりました」と小さく応え重い口を開く。

● ● ●

「このリングが本物か否か、という話については私達のファミリーの技術では調べられなかったのでそれだけは確実なお話は出来ません」

 そう最初に告げられ、話されたのはこれまでの数ヶ月の話だ。

 シャルレの所属するクラリッサファミリーは規模は小さくも術士のみで構成された情報を主として取り扱う組織で、1度他のマフィアに依頼されればそのファミリーと契約をしクラリッサファミリー全員でその任務に臨むというやや特殊な体制を敷いていた。
 その理由としては所属したクラリッサファミリー内による”CDI”という、ファミリーに所属している者でしか知ることのできない情報共有システムが関係してあるらしく、そしてそれがどんな内容であるかは外部には漏らされることもなかったがその情報共有の速さと彼らの扱う情報の正確さは何ひとつとして非もなく、お陰で依頼達成率は脅威のパーセンテージを叩き出していた。

 当然そういう噂は流れ出る。
 とうとう悪意のある大手マフィアがクラリッサファミリーの1人を誘拐し、薬という薬を、そして自白薬を飲ませその”CDI”の正体を暴いたところ、たまたまその時に流れていた情報がマフィア界を騒然とさせた。
 その内容こそが、オッサ・インプレッショーネ。
 つまるところ長い間行方不明となっていたヘルリングの在り処だった。

「で、私達は彼らにとって人質に。そして彼らも私達にとって人質になりましたというお話なんですよ」
「…逃げ出せねーのか」
「幸い、うちの本部は他のマフィアに庇護されたようです。残りは私達なんですけど…まあ、私がソレ、持っていることが何故だかバレているようで」

 そして、シャルレは人質がいる中で何もかもが仕組まれていた任務にあたっていたという訳だった。
 初めは彼女も知らせられていなかったらしい。ただ3人体制でこの身代わり任務を与えられこの地へやってきたものの、本部が庇護され、”CDI”でクラリッサファミリーのボスが術士に対しそれら全てを話しこちらの3人もどうにか逃げられないかと今も探っているというわけだった。
 しかし相手はボンゴレの傘下。下手につつけば上が顔を出すと踏み、そして情報を扱うファミリーの最大の難点である縦も横も繋がりがないというこの絶望的な現状を打開すべく裏で彼らは動き、そしてその策が見当たらず今日に至る。

「…泣き叫び許しを乞い、ヘルリングを渡せばいいって言う話じゃないみたいですよ。明日のパーティで私を殺しに掛かるでしょう。スクアーロさん、貴方はそれを見届ける役を言い渡されていると思いますが」
『では交渉は決裂ということでよろしいですか?スクアーロ様。…ええもちろん僕達はだからといって貴方様を恨んだりは致しません。明日、我々はシャルレを殺します。そしてヘルリングをボンゴレへと届け出る。ただそれだけですから当初からの予定に何も変わりはございませんし』
「”ユーリア”なんて女がそもそも居ないことだって知ってますよ。…ホント、馬鹿みたいですよね。1ヶ月も前から死ぬ運命だと分かりつつ依頼人の好みの格好させられて。明日には私もパーティの最中、ボンゴレの傘下マフィア達に見られながら死ぬ。それが本当の、私の設定」
『あの女もなかなか強情でしてね。こちらに媚びも売らずただ毎日を適当に生きているようでして。それでも貴方にご執心といったところは分かっていたんですよ。だから本当はあの女が貴方に命乞いをしていれば…まあどうせ殺すのですが、それでも僕の描いた悲劇は完璧だったんですがねえ』
「…あ、別に同情とか不要ですよスクアーロさん。一応私だってマフィアの人間。死ぬときゃ死ぬ。あなたは明日、依頼人の護衛でしょう。今日で私の護衛は終了のはず。…お疲れ様でした、色々とね」
『では、明日。楽しい劇の場でお会いしましょう。ああ、一応今日も最後、彼女の命を狙うように依頼してありますのでこれでスクアーロ様が今から行って助ければますます貴方様を信頼し股でも開くかもしれませんねえ。アッハッハ……おっと失礼。彼女と最期に良い思い出を!』

 最初から仕組まれていたのだ。
 シャルレを狙う刺客をスクアーロが倒すことにより彼女と近付くことを。やがて、信頼することを。そして、もしも自身の死に恐怖し人質を見捨て逃げたとしても今度はスクアーロという新たに現れた人質が彼女を逃すことの無いようにと。

 檻は一つではなくなっていた。
 気がつけば、二重に囲われ、そしてスクアーロ自身も使われていた。依頼人に対し殺気はもはや隠すこともできなかったが彼を殺してしまっては元も子もない。もう全ては始まってしまっている。男の死のみでは何も解決できないところまで進んでいて、そして何より人質がいるのだ。
 己の愛した女が、生命を賭けてでも守りたいと思っている大事な人質が。

 そんな事まで知られているとは露知らず、あまり語ることのなかったシャルレはいつものように笑ってみせた。

「大丈夫です、私は逃げません。多分クラリッサの人達も来てくれるかもしれませんし何かしら、やってみせますよ。…生きることは諦めてませんし、抗ってみますから、一応覚えておいてくれます?」

 それでも限りなく可能性は低いには違いない。それはスクアーロでも分かった。
 返事をしないスクアーロに対しシャルレは黙ったままこちらへと近付き頬に触れ、その柔らかい唇を這わす。

 触れるだけの、短い口付けだった。
 彼女の唇は、少しだけ、震えていた。

「さようなら。あなたのこと、好きでした」


 突然の言葉に驚いたその時には彼女の姿は消えていた。
 術を行使し、姿をくらまし屋敷へと戻っていくのだとすぐに分かる。感知の能力を持たない自分にはどうしようもないのは分かっていたがシャルレの名前を大きく呼びながら扉を開き廊下を見渡す。彼女はいない。そんなに早い足ではないが見えるわけがなかった。

 ――ダンッ!

 ギリリと唇を噛みしめ、廊下の壁を強く殴りつけた。今から屋敷へ戻ったとしてももうスクアーロに出来ることなんて何一つないのだ。大人しく自分の腕に抱かれここまでやって来たのも、最期の別れを告げるため。

「…シャルレ…っ」

 どこまでも己の無力さを嘆くしかなく部屋へと戻り項垂れた。
 どうすれば、良かった。どうしてやれば、良かった。くしゃりと己の髪をかきあげるが答えなんて出てくるわけもなく、…

 ―――やがて鳴り響くコンコン、と鳴る扉にハッとした。

 この場所を知っているのは誰も居なかったはずだ。
 まさか、もしかして。駆け寄り扉を大きく開け放ち、

「……お前は、」


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