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『――で、何か分かったかあ?』
『人の事を叩き起こしておいて何かもう少しいう事はないのかい?』

 ふああ、とわざとらしく欠伸をするという細かい真似をしながら当然のように一言も二言も余計な事が返って来る電話の向こうの相手に対し若干青筋を立てそうになったがここで怒っても仕方ないことはよくわかっていたもので「悪かったなぁ」と思ってもない一言を付け足した。
 何しろ依頼したのは紛れもないスクアーロ自身だからだ。ここでもしスクアーロが怒り話が無かったことになってしまえば困るのもまた自分であり相手は痛くも痒くも無いことは十二分に、分かっていた。

『ま、いいけどね。後でちゃんと報酬は払ってもらうし。何よりオッサ・インプレッショーネは僕も興味のある分野だしね』

 電話の相手はマーモンだった。
 やはりこういった情報は専門分野の知識を有する者に聞いたほうが早いと踏んだのだが彼もどうやら今はどこぞで任務中らしい。それでもスクアーロの要望通りに調べものをし、返事をくれる程度には多少昔よりは彼も柔らかくなったというところだろうか。
 …その報酬がAランク級任務2回分であるという金額設定も昔に比べればマシになったと思いたい。

 任務中らしいマーモンがスクアーロが思っていたよりも格段に早く返事を寄越せたのはやはり匣兵器やリングに対して他の人間よりも早く目をつけ研究を行っていたからだろうか。
 それにリングはリングでも、特に自己属性である霧の最高峰とも言われるヘルリングに関してはマーモンも気にはなっていたのだろうと推測した。あわよくば手に入れたいと思っているに違いない。もちろん、自分で使用するのではなくビジネスとして、だ。

『ヘルリングは調べれば調べるほどどれも曰く付きで面倒なんだけどね、最近は世に何故かその模造品がよく出回っているらしいんだ』
『模造品が?』

 聞いた事も無い話題だ。そもそもリングというものには他の人間よりは疎いスクアーロである。出来ることなら自分の実力で事を成し遂げたいと思っている彼にとってたかがリング一つで躍起になる人間のことなんて理解できるとも思えなかった。
とはいえ、では何故自分のリングを持つのかといわれれば実力は無くともリングを持つ人間に負けることを事のほか厭ったためだ。
 かといって雨の最高峰リングがあるといわれたところで今はこの手につけてあるヴァリアーリングだけで十分なのだが。

 これは僕の想像だけどね。

 そう前置きしてマーモンが一意見を述べるのは珍しいことで、スクアーロは黙って電話口に集中する。まだ呪いが解けきらず少しずつ年を取る彼の声は昔よりは随分と低くなったがまだ幼いものであるには変わりなく、だがしかし子供の声で話す内容とは到底思えないそれだった。

『本物のヘルリングを目にした人間なんて早々居る訳がないんだ。僕だって本物を知らないからこれがそうです、と紹介されれば物によれば信じるかもしれない。それに、…木の葉を隠すなら森の中って言うだろ?』
『…つまりその中に本物も含まれてる可能性もなきにしもあらずってことか』
『因みに何ヶ月か前に模造品のヘルリングと知らずに争奪戦があったみたいだね。ヘルリングを手に入れようと各国の主要人物が雇った人間達やらイタリアンマフィアまで巻き込んで、それに金がわんさか動いたっていう噂さ。ボンゴレの傘下にあるマフィアも複数巻き込まれて壊滅したって知ってたかい?』

 直近の話に思わず眉根を寄せる。この任務を受ける前は違う任務で駆け回っていた所為もあり、そしてボンゴレに直接被害が被らない限りはヴァリアーは動くことがない為にそういった情報も回ってこない。
 シャルレの持っているリングが気になりマーモンへと声をかけたつもりだったがいつの間にか少しきな臭い話へと変わっていた。

 そういえばシャルレが指輪を手に入れたのも最近と言っていなかっただろうか。
 やはり彼女が言っていた通り、シャルレの中指に嵌っていたあの奇妙なリングは模造品だったのだろうか。
 流石にあの彼女が何かを企んでいるようには見えなかったが、それも全て演技だとしたら? 全てが仕組まれていたとしたら? 寂しげな表情に、気付かずのうちに騙されていたとしたら? 
 スクアーロの脳裏には今日の依頼人のあの表情が焼きついて離れなかった。あの男は何故彼女をああも必死に見ていたのだろうか。彼女ではない、彼女の、力を行使した時に湧き出たインディゴの炎を、だ。

 …考えすぎか。

「―――どうしました?スクアーロさん」

 突然頭を振ったスクアーロに対し不思議そうな顔をしたシャルレがこちらを見ていた。
 昨夜のマーモンとのやり取りを思い出している間にいつの間にか顔に出ていたらしい。

「…いや、何でもねぇ」

 まさかそんな訳はない。
 そうスクアーロは思いこんで、それでも目の前の女が術により隠しているであろう手をちらりと見たが今は何も見えることはない。隠す必要というものは果たしてあるのだろうかとも思ったが今、ここで聞くべきものではない。

 嫌な予感もしたがそれは頭の中から振り払うことにした。
 そうだ、こんな大口を開けてケーキを幸せそうに頬張るこの女が何か出来る訳ないのだと。


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