Diary

「骸さん」
「何ですか?」

珍しくユキの方から声をかけてきた。
彼女とは何かと長い付き合いになるというのに、これまであまり雑談といった話はしてこなかったのはひとえにユキのコミュニケーション能力の乏しさが問題なのだろう。
骸から声をかければもちろん何かとアクションは返って来るが、彼女から声をかけるというのは本当に用事があるときだけに限ってくるので珍しいと目を細めた。

「…」
「どうしました?」

ドアの傍からそっと顔を出して声をかけてくるユキはすでに逃げ腰。
何かを話したいのか、聞きたいのか。それとも、――いや最後はきっと違うだろう。彼女は恐らく彼女から離別を求める訳がないのだと高を括っている。最早、ユキは自分たちなしでは生きることなんてできないのだから。
ある意味彼女に依存しているのは自分なのかもしれない。

「ユキ、こちらへ」
「…はい」

とことこと歩み寄り、ソファへ座る骸の隣へと座る。先程風呂にでも入ってきたのだろうか。彼女からは仄かに甘い香りがする。
すい、とユキの柔らかい黒髪を一房手にとって己の口唇を押し付けた。
自分たちと同じ整髪料を使っているというのにどうしてユキはこんなにも良い匂いがするのだろうか。

「…あの、」
「ああすいません。良い匂いがしたもので」
「…」
「最近ユキが僕をよく見ている気がしたので声をかけたのですが何かありましたか?」

じいっと彼女のことを見るとやや困惑したような様子で、骸を見返した。
この幼い少女はその様子ひとつで自分を誘惑していることなんて気がつかないのだろう。全く、何て空恐ろしい。
クフフと笑いながらユキの頭を撫でると嬉しそうにはにかんだ。

「骸さんの好きなものが知りたいと思って」
「…僕の、ですか?」
「はい」
「そう、ですねえ」

そういえば先日、犬や千種にも同等の事を聞かれたことを思い出した。この前買ったスケジュール帳のお返しか何かなのだろうか。
そう考えると今頃になってユキ以外の彼らにあれはこの前の買い物でもらった福引券で当てた、それもはずれの品だなんて言い出し難くなってしまった。

「ユキ、僕が欲しいのは」




今日は骸さんとたくさん話してしまった!といっても結局は私から話したことなんてほんの僅かで、骸さんに助けられて何とかといったところだ。もう少し言葉を覚えるために本とか読むべきだろうか。でも骸さんの書斎に行ったら怪しげな本ばっかりだし犬の持ってる本は見事に絵本だし、私に役立ちそうとは思えないしなあ…。
ああ、でも今日は骸さんがいつにも増してすごく優しくて、頭を撫でてくれてすごくうれしかった。ああやって撫でてくれたのは久しぶりな気がする。頑張って話しかけて本当によかった。でも、ちょっと近くて恥ずかしかったのは内緒。骸さんって毎日少しずつ格好良くなっている気がして、あれは本当に反則だ。王子さまみたい。

めも:骸さんの欲しいものはお金で買えないもの。揺るぎのないもの。
好きなものを聞いたのに何故か欲しいものを教えてくれた。それはそれで助かったけど。良く分からなかったけど、忘れないようにメモ。明日になったらちょっと千種に聞いてみよう。
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